「優希、何か聞いていた?」 その問いにただ優希は首を振ることしか出来なかった。 確かに昨日優作が企んでいることの一部を知った。だが、それだけなのだ。 それはすでに快斗にも伝えてある。 それが、今朝になって、ニュースで報道されたことで驚くしかない。 「とりあえず、おじさん達に繋がっているはずの転入生捕まえるしかないか。」 そんな話をしていた。 そこへ、一本の電話が鳴り響いた。 こんな時に電話なんて誰だと思いながら、珍しく優希が受話器を取った。 「やぁ。やはり学校ある日はちゃんと起きてるね。もう、ニュースは見たいかい?」 そんな陽気な声が聞こえてきた。 学園祭準備 作戦会議と称して第二保健室に集まった優希達。といっても、事情を知る関係者のみなので幼馴染はいない。 「ほらほら、落ち着こうよ、ね?」 出された水を一気に飲み干す優希。このいらいらをどこへぶつければいいのか。私の心配して不安になった12分37秒を返せとわけのわからないことをぶつぶつ言う優希を見て、ただ快斗達は苦笑するしかなかった。 「本当にすいませんでした。昨日、今日のことをちゃんと伝えるのを忘れてまして・・・。」 「月城さんはいいの。問題はあの狸よ、狸!人が驚くのを見て聞いて笑う狸がいけないのよ!」 やっぱり狸を心配するなんて必要のないことで無駄な行為だと改めてわかったわと言う優希。そこまで言わなくてもと思うが、事実だと思えてしまうので何も言えない。 「でも、確かにドキっとしたのは事実だね。・・・親父のこともあるから。」 死なないと想っていても、現実ではあっけなく死んでしまうのが人間だ。 昨日話を聞いて、今朝のニュースを見たとき、父が死んだあの日を思い出した。突然の出来事で、結局流す涙はなかったけれども。 また、同じ事が繰り返されてしまうのかと思った。それも、優作は怪盗キッドの関係者だ。だから、優希がすでに狙われていて少し目を放した隙に動かない人形のように、死んでしまうなんてことが起こるのではないかと怖かった。 だからこそ、あの時の電話でほっとした。自分が戻ってきたと思えた。 まぁ、優希はかなり切れて話しも途中で電話をきってしまったけれども。 その後再び電話がかかってきて、自分がしっかりと話を聞いておいたが、本当に良かった、まだ生きているんだと実感できた。 そんな自分の思考にふけていると、はっと周囲の人間が大丈夫かという目でみているのに気付いた。 さすがに慌てて大丈夫だよと顔を作った。本当に、何てことないことだったから。 「でも、当初の予言よりは予定が早まっているのは事実だわ。気をつけないと。」 「最近、裏の動きが見えなくなってきているものね。パソコンで調べる回線も難しいわ。」 紅子と志保の言うとおり、相手も慎重に行動を選んでいることはわかっている。だからこそ、気付かなかったということもある。気をつけておかなければいけなかったのにと責め、なんだか落ち着けない自分の心を無理やりに静める。 この気持ちは何だろうか。何だか胸騒ぎがしてしょうがない。気付けなければ取り返しの付かない事になりかねないような、何かが気になってしょうがない。 「どうしたの、優希?」 「あ、何でもないです。」 無理に笑顔を作ればばれるとわかっていても、つい作ってしまう。悪い癖、だと以前志保に言われた事がある。確かにそうかもしれないと優希は自覚している。でも、つい作ってしまうのだ。 だから、さっきの快斗の作られた笑顔にも気付いたのだろう。きっと。 「あと、優希様に話しておかなければいけないことが・・・。」 と、里杏が何かを話し始めようとしたとき、里杏の携帯が着信を知らせる音を鳴らした。 「あ、すいません。」 カチッと開け、確認する。メールだったようだ。その内容を素早く見て、どこかに電話をかけるようだった。 「もしもし?・・・そう、動いたのね。」 ゾクリとする何かを感じる内が見えない顔。やはり彼女は闇に足を踏み入れた住人だと再認識した。 何かを話し、里杏は会話をきった。そして、優希の方を見て、再び状況が変わったことを伝えた。 「ですが、今はまだこちらが動く時ではありません。ですので、まずは・・・。」 そろそろ来るという事を予測していたのだろうか。コンコンっとノックする音が部屋に響いた。 それと同時に紅子は姿を消し、里杏もまた『学生』の顔に戻った。 入ってきたのは園子と蘭。学園祭準備するのに、主役が抜けてどうするのとお怒りのようだった。 「あら?月城さんもいたのね?」 どうりで姿が見えないと思ったわと納得する園子に里杏は複雑な笑みを浮かべ、嘘を言ってのけたのだ。 「ちょっと、頭痛がひどくなったから、工藤さんに保健室まで連れて来てもらったの。ごめんなさいね。」 「あ、いいのよ。しんどい時は休まないとね。どっかの誰かさんみたいに倒れてから休むんじゃ遅いしね。」 「ちょっと、別に私は・・・。」 「でも、最近は倒れる以前の問題よね。だいたいここにいるし。」 蘭に言われ、確かに保健室へ足を運ぶのが多いのは認めるので何も言い返せない。 それにしても、よく嘘が出てくるなと思いながら、やはり狸と一緒にいたらそうなるんだろうかと考えている優希もかなりの狸なのだが。・・・あれが狸なら優希は狐の方がいいだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。 「で、決まったわよ!姫役が優希で王子役が蘭。で、急で悪いのだけど月城さんは二人を導く魔女役よ。」 不可解な事件が起き、国を守る為それに立ち向かう姫が襲われた時、助けるのは王子とお供の魔女で、王子にかけられた呪いを解くのは姫だとわかった魔女が二人を導いていくというラブストーリーらしい。 一人何役も勝手にやりながら語ってくれた園子を蘭が止める。 それにしても、よくそんな話が思いつくものだと思いながら、苦笑する。結局は自分も甘いなと思いながら、出る気でいる自分。事態は少しずつ変化しながら悪化していってもおかしくないのに。 教室に戻れば、速攻渡された台本に目を通す。 何でも、衣装は被服部の連中が用意するらしい。しかも、かなり張り切っている。これはもう止まりそうにないなと思う。 まだ慣れない転入生をメインに巻き込んで騒ぐクラスメイト達。このクラスだから、良かったのかもしれないとしみじみ考える。 もう少ししたら、この時間さえ失ってしまいそうなのに、まだ大丈夫だと何故か思える。 「優希!一度、台本持ったまま全員通しをやるわよ!」 行くわよ、配置についてと、すでに監督状態の園子が支持を出す。それに自然と動くクラスメイト達。 こうして、二時間ほどかけて、一通り通してみていろいろ手を加えたり変更したりしながら過ごした。 また明日やるわよと言われたので、いつものようにわかったと返事を返す。 まだ、残っていろいろ演出を考えるつもりらしい園子を、悪いが置いて先に帰る。蘭も残っているから、今日は里杏と二人だけだ。 しばらく歩き、人がいなくなったところで足を止める優希と里杏。 「やはり、優希様も気付いておられましたか。」 「当たり前よ。・・・わかりやすいもの。わざとよね、先生?」 振り返れば、そこには思ったとおりの人物が立っていた。 「さすがですねー、ミス工藤。」 悪びれた風もなく、笑顔で近づく新任の英語教師に警戒心を露にする優希。 「オー。可愛い顔が台無しデース。駄目デスヨ?」 スマイルですよと言われても、笑顔を返せるはずがない。人のあとを学校からずっとつけてきた怪しい教師など、信じるのがどこにいるというのだ。しかも、学校に就任してから、ずっと感じる視線の主でもあるのだ。 気付いているからこそ、怪しく思っていたのに、敵意がまったくないからこそ判断しかねるのも事実だった。 「まぁ、今日は挨拶をしに来ただけなのデース。」 改めて、よろしくねと差し出される手。何か、最近こんなことあったようなと考えている間に、こちらは手を出してないのに勝手に攫んで握手の形になっていた。 「・・・あの、どちら様・・・というより、何者ですか?」 その瞬間、表情が消えた。やっぱり、この展開ってどっかであったようなと思いながら、相手の出方を伺う。 「はっきりとは明かせませんガ、貴方の味方なのは確かデスヨ、クールガール。」 すっと渡された紙には電話番号がかかれていた。 「何かあったらそこに電話して下さいネ。・・・隣にいる彼女とは別の位置で『彼等』を追い詰める者ですから。」 それだけ言って、踵を返して一度も振り返らずに去っていった。 いったい、何だったのだろうと、もう一度手元に残った紙切れを見る。そして、隣の里杏を見る。 「彼女も、私のような仕事人、情報屋という裏で動くのではなく、表で正々堂々と動く優作様と繋がっている方です。」 「・・・やっぱり原因は狸か。」 「・・・。」 ぐしゃっと紙を握り締める優希の姿を見て苦笑するしかない。本当、優作は娘の優希に多くを語らずに遊んでいるなと思いながら、家に帰るように促すのだった。 次の日も学園祭で使う小道具や衣装、劇の練習をして何事もなく一日が終わろうとしていた。だが、そう簡単には終わりそうにない予感がした。 「・・・一人のところを狙っているってところかしら?」 今日は、里杏が用事でいない。本当なら快斗と帰宅する予定だったから、里杏も離れたのだろうが、生憎本の発売日であるのに人を待つなんてことを優希がするはずもない。 その重大なことをすっかり身内は忘れていたのだった。 「とりあえず・・・・家に来られても困るから、まこうか。」 すっと、帰り道の方向とは違う角を曲がる。 後ろからついてくる誰かさんに気づかれないようにメールを素早く打ち、送る。 闇の魔の手は相当近くまで来ているのだなと思わざるえない状況に、どうしようかと考えている時だった。 何かがキラッと光る。 つけてきた誰かさんが足に刺さったナイフに驚くと同時に痛みで倒れる。 ガシッと突然何と状況を判断しようとしていた優希の手を強く攫み、引っ張られる。 誰っと相手の姿を見て驚く。どうして彼女がここにいるのかと。 だが、すぐに違うと感じる。 しばらく走ってから、ここなら大丈夫と出会ってから変わらずの『里杏』の顔で言われたが、攫んでいる手を振り解き、まどろっこしいことを抜きにして言う。 「貴方、誰なの?」 その時、相手が少し口元が笑ったような気がした。
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