「とてもおいしいお菓子ね。」 「黒羽さんが作ったものなんです。」 「あら。とても器用な人なのね。」 「あれは無駄に起用なのよ。肝心な事には不器用だけどね。」 紅子が優希をちらりと見て、なんとなくわかった里杏は苦笑した。 まったくわかってない優希は首をかしげている。 「それにしても、いったい何がどうなんってるんですか?」 数分前には緊迫した空気で対峙していたはずの転入生とお茶とお菓子を食べているなんて・・・。 なんだか変な光景だよなぁと思う優希だった。 闇からの招待状 名を名乗り、手を差し出される。それにどう対応すべきなのかと手と少女の顔を交互に見ながら警戒する優希。今日出会ったばかりだが、はじめて見た少女の裏のない笑顔。それがまたどこか怖いと思えた。 だが、『ディアーナ』という名前が優希の脳裏を支配していた。 なぜなら、情報屋・・・闇夜を彷徨う亡者を導く月光という道しるべを与える女神。何度も、犯罪組織を追う中で聞かれる有名な情報屋だったからだ。 世界のあらゆる情報を持つとも言われている、姿も単独なのか複数なのかも全て謎のベールに包まれている相手。それが、自分と年端の変わらぬこの少女なのだろうか。 『闇』を『知っている』者にとっては疑いたくなるのが事実だ。 「そんな警戒しないでよ。」 悲しくなっちゃうじゃないと、いきなり様子が変貌した少女こと里杏に拍子抜けする優希。なんだか、どこかで見たことあるような光景。この言動・・・誰だろうと考えた末に行きついた憎い狸。 「・・・クソ親父・・・。」 「あ、もしかして優作さんから聞いてました?」 おかしいな、まだ言ってないって言ってたはずなのにとあたふたする里杏に、やはり狸属性かと思っても優希は悪くないはず。 「父さんと貴方はいったいどんな関係なんですか?」 「あれ?聞いてないの??」 あらら?と本気でとぼけてるのかわかってないのか先程までの緊迫した空気ぶち壊しの現在。 「あ、とりあえず、ナイトバロン閣下の下で動いてます、情報屋のディアーナこと里杏と申します。」 改めてよろしくお願いしますと満面の笑みで好意だけの態度で差し出される手。 つい、その手に自分の手を重ねていた。 そして、ぶんぶんと思い切り振り回されたのはちょっと痛かったのは内緒だ。 何故だろう。この人何だろう。もしかして狸の知り合いでも危ない人に入る部類なのだろうか。でもこのテンションは間違いなく母親や園子そのものだ。 「えっと、あの・・・本当、どちら様?」 何故父親と?かなり(とくに裏で)有名な情報屋がいきなり現れて何の用? 疑問があれこれ出てくる。 「あ、それは・・・。」 その時、すうっと第三者がその場所に突如現れた。 「あ、魔女さん。」 どうやら、『魔女』まで知っているようだ。 「こんなところで立ち話もあれだし、彼女が体調崩しても駄目だから、建物内に入りましょう。」 紅子の提案?で何故か工藤邸に場所を移動したのだった。 そして、冒頭へと戻る。 出された紅茶の残りを飲み干し、カチャっとテーブルの上に置いたのを合図のように、空気が変わった里杏。 「今回、優希様と同じ高校へ転入する事になった経緯は聞いておられますか?」 「いえ、何も・・・。」 「そうですか。では、はじめから説明させていただきますね。」 里杏はいつの間にか持っていた小さめの鞄の中から一通の白い封筒を取り出した。 それをすっとテーブルの上に置き、向かいに座る優希の方へ滑らす。 「中には写真と現状の報告書が入っています。」 そう言われ、とりあえず優希は封筒を開け、中を確認した。そこには、優希と快斗ともう一人、知らない子どもの三枚の写真が入っていた。 そして、一枚の折りたたまれた白い紙。その中には、裏で動く組織の数、動きなどの詳細が簡潔に書かれていた。 その中に、写真の三名の暗殺を指定する組織がある事にも気づいた。 自分は確かに邪魔だが、どうして快斗もなのかと考え、答えにいきつく。邪魔なのか、手に入れたいのだろう。快斗ではなく怪盗キッドを。 「その写真は実際裏で出回っているものです。」 そしてと里杏は続ける。 「日々、日常の中で他を巻き込まず、誰にも気付かれぬようにと、暗殺計画が動いています。」 探偵なんてものをしていたら、狙われることなんて日常茶飯事だし、何よりあの両親の子どもとして狙われることに慣れていた。 しかし、こういった犯罪組織が動くとは思ってもみなかった。 確かに、いくつか犯罪組織の末端を捉えたり、一つ二つ程ぶっ潰したりしたけれども。 何気にその件で思い切り目をつけられているのだが、あまり実感していないのは、毎回取り逃がした雑魚や関係者が仕返しとして来るだろうと思われていたが、何も音沙汰なしだったからでもある。 ちなみに、それこそ里杏や優作、警察関係者達が動いていたのだが優希は一切知らされていない。 「そんなこんなで、いつまでも影として見守るには限界がありまして、お側にと近づく事にしました。」 「見守るって・・・?まさか、いつも見てたわけ?」 「はい。あ、大丈夫ですよ。着替えや入浴中覗きをするわけではありませんし、気配は感じないようにしっかり消していますから。」 何だか、聴いてはいけないことを聴いているような感じがするのはきっと気のせいではないだろう。 「そもそも、私達が行動をはじめたのは、『闇からの招待状』が届いたからです。」 「闇からの招待状?何かが接触してきたんですか?」 「まぁ、そんなとこです。つい数日前、ある二つの組織が完全に手を組みました。そして、邪魔なものの排除及び、写真の三人の人物を確保・・・つまり、殺すか仲間へと引き込むか、という命令を下しました。」 だからこそ、常に近くにいれられるように友人というポジションに付かざる得ない状況になったのだと言う。 常に離れた場所で見守るには距離が開きすぎるのだ。 「・・・でも、貴方はそれでいいの?」 たとえ自分の父親の配下として動く者だとしても、『正体不明』で身を隠してきた情報屋なのだ。 表舞台にも裏舞台にも情報を出し、同時に隠すような気まぐれで有名な情報屋。 たかだか自分のこと一つで招待をばらすような危険をおかさなくてもいいのではというのが優希の意見だ。 別に警察に売るつもりはないが、危険が付きまとうのは事実だ。 「警察だって、犯罪に関わったということで、貴方を探さないという保障はないわよ。」 「わかってます。でも、日本警察ぐらいなら逃げ切る自信はありますから、そこはご安心下さい。」 決して、警察と探偵との間柄を邪魔するようなことはしませんと言われ、反対に優希が困ってしまった。 「度々警察関係者として侵入しているのでへまはしません。優希様とは別の意味で顔パスですので入るのは簡単です。」 「はぁ?!」 どこぞの怪盗と同じような発言をする少女に頭を抱える優希。そして、これで本当にいいのかと日本警察を心配してしまう。 「えっと、じゃあ・・・。」 「黒羽さんがここへ住まう前、警察内部で事件解決の為に根気をつめて倒れられた際も、お側にいました。」 そして、倒れる前日に夕食とお茶を渡しましたが、結局手をつけられることはありませんでしたねと言われ、あれが貴方?!とさらに可笑しな声をあげてしまった。 何だろう。どうして自分の周囲にはまともの人間はいないのだろう。周囲の人間からすれば貴方自身がまともの一般人ではないので無理ですと答えるだろうが。これでもまともな常識人だと思っている。 「じゃあ、あれが警察での『貴方の顔』なのね?」 「はい。一応、三十路手前の独身のお兄さんの設定です。」 「・・・確か、さらに前も証拠探しで出ていた時に傘をくれた方よね?」 「はい。風邪を引かれてはいけませんから。」 「・・・最近いなかったのは?」 「転入準備と、何より黒羽さんが来られたことで生活習慣が安定しはじめたからです。」 「・・・わかったわ。もういいわ。」 すくっと立ち上がり、部屋を出る。そして、鳴り始めた電話のボタンを押す音。 相手が取るまで耳に響くコール音。ガチャっととられ、『どちら様?』と英語で言われた際、ぷちっと優希が切れた。 「何やってるのよ、父さん!」 『おや?優希かい?どうし・・・。』 「どうしたもこうしたもないわよ!まったく何も聴いてないわよ!黒羽さんの時もそうだけど、何裏でちょろちょろやってるのよ!」 人を虫みたいに言わないでくれと笑いながら言う優作に、ふざけないで答えてと厳しく言う。 明らかに連絡がくるのがわかっていて、楽しんでいる感じだ。やはりこの狸は気に喰わない。 『ああ、接触したかい?ということは、話も聞いた後かな?』 「ええ、しっかり聞きましたとも。警察関係者になって常に見張ってたことも、どこぞの馬鹿な組織が動きだしたことも。父さんが裏で犯罪まがいなことをしていることもね!」 何考えてるのと、文句をひたすら言う。しかし、相手はそれの上を行く狸だ。あははと笑う声だけが耳に届く。それを聞いて、いつか完全犯罪やってもいいかしら?と思う優希。 一応、理性がそれを押し止めたが、いつか本当にやってしまいそうな勢いである。 『だが、心配なのは事実だよ。優希の場合、無理をしすぎる事があるからね。』 自分の命より他人の命を優先にするから、親としては心配なんだよと、いつになく真面目なことを言う父親に、少し黙る優希。 『それに、あのターゲットに三人。ばらばらでいるよりは一緒にいる方がいいと思ってね。』 三人とも、私の手の内にいる人物だからねという発言で、気付く。 どことなく、似ていたではないか。あの幼い子どもと今日家にいる転入生と。 「まさかっ。」 『そう。あの子が三人目のターゲットだよ。それに、宮野志保さんも、今回気をつけてもらおうと思ってね。』 優希は知っているだろうと言われて、『知ってる』と答える。 『組織が一つ潰れたのは事実。そして、それと同じくしてもう一つ潰れた。だから、残党もほぼ捕らえたから安心だった。しかし・・・。』 「幹部クラスの数名が見つからないのよね。」 『ああ。その中に志保君が恐れる人物も含まれている。そして・・・。』 「今度の敵の中にいるということね。」 考えたくもないが、そう考えるのが自然だ。 『そうだ。だから、あの子にはお前たちの補佐として動いてもらおうと思ってね。』 知ればきっと、助けようとして犠牲にする娘に対する、心配性な親心。 『まだ、何も始まっていない。だからこそ、何一つ終わってもいない。全てこれからだ。』 近いうちにまたそっちへ行くからと言われ、電話を切られようとした。 「ねぇ・・・。」 『何だい?』 「この前、わざわざ家に来た理由は何?」 こんなことになっているのなら、いくらお気楽夫婦であっても、先日の海へ行くぞという来訪目的にも何かあると思っても仕方ない。 これだけ警戒をしているのなら、無防備に出かけようなんて言わないだろう。だから、ひっかかったのだ。 「あれかい?・・・そうだね、墓参りをちょっとしたかったからかな。」 誰のとは言わずともわかった。 「じゃあな。」 いつもなら決して自分から切る事のない電話。珍しく切られた電話に、何だか嫌な違和感を感じる。 「優希様。今日は一度帰らせていただきます。続きはまた明日、黒羽さんがいる時に。」 ではっと、玄関の扉を開ける里杏。その外の光がその日は何故か眩しかった。 紅子も魔術というもので姿を消した後、タイミングがいいのかだからこそ彼女達が帰ったのかわからないが帰宅した快斗。 そして、知る事になったのは次の日の朝のことだった。 ある建物が一件、燃え上がったというニュースが入った。 そこは、昨日優希が電話した両親がいるはずの別荘だった。
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