「あら・・・これは・・・。」 占いの最中、見つけてしまった水晶に映る不審な影。 しばらく考えた後、背後で待機している者を呼び、すぐに着替えた。 「何か起こりそうね・・・。」 事前に防ぐ事も、彼女を守ることに繋がる。 最初はあの男が興味を持った相手として疎ましかったけれど、彼女ならば話は別だ。 「さて・・・はやめに準備をしておこうかしら。」 立ち上がり、部屋を去る彼女の姿はすうっと消えた。 魔女の秘め事 今日も、何事も起こることなく平和な朝が訪れた。 もうすぐ新学期ということで、夏休みの莫大な宿題で明け暮れる学生も多い時期だが、生憎この少女には関係のないことだった。 なぜなら、初日に大半終わらせ、8月に入る頃には全て片付けてしまったからだ。 だからこそ、海行ったり遊んだりする時間があったりするのだが・・・。 「優希、お茶が入ったよ。」 本の世界にいる優希に声をかけ、テーブルにおいしそうな匂いが漂う皿に盛ったクッキーを置いた。 「こらこら。」 視線を本のままで、カップを取って中身を飲む少女に、本を取り上げた。 「お茶飲む時は本は横にね。」 「むぅ・・・。」 威嚇する猫のように、本を返せと手を伸ばす優希に、手の甲にキスをして、はぐらかしてみる。 すぐに手を引っ込めて、馬鹿と言う少女もまた可愛いなぁと思いながら、お茶を楽しむ快斗だった。 そんな少々甘いような雰囲気をかもし出す家の中とは違い、玄関はとてつもなく異様な光景というか、ブリザードで荒れまくっている。 玄関に立つ二つの影を追い詰める、それはもう恐ろしい形相のお隣さんが立っていたのだ。 「貴方達、死にたいの?」 「い、いえ、決してそのようなことは・・・。」 「せやで姉ちゃん、落ち着こうやっ!」 少し前に徹底的に排除したつもりだったが、まだまだ甘かったようだ。 「ふふふ・・・。」 それは、死神の笑みのようだった。 とまぁ、そんなことがあったとしても、家の中の二人は知らないまま。快斗は気付いてても知らないふり。 「・・・ここね。」 光を傷つけようとする闇が存在する場所。 突如現れた美少女に通行人が歩く足を止める中、そんな視線は気にせずビルの中へと入っていく。 カツカツカツ・・・ 静まりかえり、少女の歩く足跡しか聞こえない。 「・・・いるわね。」 だけど、確実に目的の人物はこの中にいる。だから、足を止めることなく少女は階段を上る。 その時だった。はっと脳裏に見える光景、そして自分が崇拝するモノからの予言の声が響く。 「どういうこと?!」 周囲に見つかるということなど気にせず、駆け上る。そして、開いたその扉。 そこには確かにターゲットはいた。だが、意識はなかった。何かの薬品によって眠らされているようだった。 「誰・・・?」 背後に感じる気配。 「・・・まさか、この場所にお客さんが紛れ込むなんて・・・。」 相手が一歩前に出て、影で見えなかった姿が露になる。 そこには、自分とたいして変わらぬ年頃の少女が立っていた。 「貴方も、その男に用事だったのかしら?・・・正当なる紅魔女一族後継の小泉紅子さん。」 それは、ゾクリとするくったくない子どもの笑みではなかった。闇を知る、死神のような笑み。 「何故って顔ね。でも、わかっているはずでしょ?」 貴方の大好きなあの魔物が貴方に予言を残したでしょう?と紅子が持つ情報を全て持っているようだった。 「別に、私は裏で馬鹿やってる組織やその男のように工藤優希に何かしようというわけではないわよ?」 工藤優希という単語に、さらに警戒を強める紅子。 「あ、ちゃんとご挨拶しておかないといけないわね。でも、すぐに私と貴方は『工藤優希』と共に会うからその時でもいいわね。」 「ちょっと待ちなさい。」 また今度ゆっくり会いましょうと立ち去ろうとした少女を引き止める紅子。 「話があるのは別にいいけど。・・・まず、場所移動しましょうよ。」 いつまでもここにいたら、警察が来ちゃいますよ?と技とらしく笑顔を作って言う少女に、紅子はおとなしくついて行った。 眠ったままの男の首から下げられたメモの一言をもう一度横目で見て、ここは大丈夫と立ち去る。 『光に手を出す愚かなモノへ制裁を』 適当にあった喫茶店に入る二人。 注文は適当に紅茶を頼んで相手が話し始めるのを待つ紅子。 「それで、貴方は『太陽』でいいのよね。」 「ちゃんと、わかってるんだね。」 すごいやと見せる笑顔は子どもそのもの。 「では、『月』はどこにいるのかしら?」 「大丈夫。別に工藤家の子女に手を出そうと思ってるわけじゃないから。」 「・・・。」 持ってこられた紅茶に御礼を言って、一口飲む少女。 「私は私の仕事をしただけ。・・・貴方と同じ、光側の人間としてね。」 「・・・どういうこと?」 「いつでも闇は光を飲み込む機会を伺っているってことよ。」 そろそろ、いろいろなことが動きはじめるわよと忠告する少女の声は、最早その年齢の子どもとは違っていた。 「今はまだ黙っていてくれるかしら?」 ちゃんと自己紹介をしに行くまでは。まだ、会うには早すぎるから。 「・・・わかったわ。」 予言されたことを今すぐにでも伝えたいが、少女が望むのなら後でもいいだろう。 「ただし、そちらが手を出したら・・・。」 「大丈夫よ。私は恩を仇で返すような人間じゃないから。」 近々、またお会いしましょうねと言い、ご馳走様と聞こえるか否かの声で立ち上がって店から出て行った。 残された紅子は少しだけ冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。 「いったい、何が始まろうとしているのかしら・・・?」 彼等が動き出したということは、嘘をついていないとするのなら、本当に『闇』が動き出したことになる。 少し眼を瞑って考え、紅子も立ち上がった。 会計を済ませ、店を出ると先程の男に関するニュースが耳に届く。何者かの通報を受け、やってきた警察によって、証拠とともに眠ったままの男を逮捕したという情報。 そして、明らかになる殺人計画。計画の中に某探偵の名があがっていたのは伏せられていた。 「・・・まずはうるさい白い罪人に会いに行きましょうか。」 振り返らずすたすたと歩き去る紅子。 その後姿をじっと見つめる二つの影があった。 「あれが『魔女様』だね。」 「どうやら、『私達』のとと気付いちゃったみたい。」 「すごいね。」 楽しくなりそうだねとクスクス笑う影。 「もうすぐ、私も行動開始だね。」 「自己紹介からはじめないとね。」 すーっと二つの影は人ごみに紛れていたことすら誰も気付かない。 「こんにちは。」 工藤邸のチャイムを鳴らしてやってきた客を迎える優希。何気に、まだ快斗の恋人と思っていたりするのは知られてない。 「げっ、何しに来たんだよ。」 「会いに来るのに理由が必要なのかしら?」 「お前が来ると余計なことが起こるだろ。帰れ!」 「快斗さん!せっかく来て下さったのに、そんな言い方はよくないですよ。」 「でも・・・。」 「なぁ〜。」 優希と時に反撃され、おとなしくなった快斗に苦笑する紅子。 「別にいいのよ。ただ、少しだけ伝えることがあっただけだから。」 あまり、機嫌を損ねるのはよろしくないだろう。後でいろいろうるさいだろうから。 「新学期・・・新たな風が吹き、災いと共に救いもまた現れるわ。」 「またお前の好きな予言かよ。」 「忠告を聞くか否かは貴方達次第よ。・・・でも、出来れば知っておいて欲しいわ。」 貴方達には傷ついてほしくないから。 今はまだ、全てを知らないし、知っていることを話すこともできないけれど。 「お互い、降りかかる災いは決して隠しては駄目よ。いつも、見ているモノがあるのだから。」 じゃあ、せっかくの休みに邪魔をして悪かったわねと、紅子は去ろうとする。 「わざわざ、ありがとうございました。」 優希の笑顔に、悪くはないわねと思いながら立ち去った。 「優希。笑顔振り撒いちゃ駄目でしょ。」 「何がですか。」 そんな言い争いが聞こえた気がした。 「・・・ま、平和が一番なのよね。」 平和過ぎて全てが暇で息が詰まりそうになるのもよくないのかもしれないけれど。 問題の新学期は少しずつ近づいていく。
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