チャイムの音がなる。 こんな朝早くにいったい誰だと思いながら、優希は時計の時間を確認した。 時間はまだ朝の7時。昨日終業式を終え、もう休みなので起きる必要がない。 つまり、まだ寝ていようと布団にもぐる優希。 どうせ、ろくな客でもないだろうというのが彼女の意見。 まさに、彼女にとってはろくな客ではなかった。 「快斗君!ひさしぶり〜。」 「少し見ない間に大きくなったものだね。」 玄関が開く音とともにその聞き覚えのある声を聞き、飛び起きたのは条件反射。 海辺の秘め事 何がどうしてこんなところにいるのだろうか。何度考えても思いつかない。 「ほらほら、そんな顔しちゃ駄目だよ。」 はいっと、アイスティーを差し出す快斗。それを受け取り、水分を補給する優希。 只今彼等はお騒がせな突然訪問のとある夫婦によって拉致られ、彼等が所有する別荘の一つの足を運んでいた。 夏ということで、海だと言って、行きましょうと騒ぐ母に連れられ、数時間車に乗った後、ついた場所。 相変わらず異常なスピードで違反しまくりな暴走車が到着したのは、人気があまりない静かな海に面した屋敷。 殺人事件が起こりそうなシチュエーションだ。そう思ってしまうのは自分があまりにも事件と関わりすぎているからなのかもしれないが。 「なぁう〜。」 ごろごろと優希の腕に絡み付いて擦り寄る時。 有希子に可愛い猫〜と飛びつく勢いで来られ、びっくりして現在優希の側から離れない。 快斗としては優希をとられているような感じで面白くないのだが、猫にまでやきもちやいていたらきりがないと言い聞かせる。 「今日はここで一泊するんだって。」 「え、嘘でしょ?」 「本当。」 「・・・本何も持ってきてないのに。」 しかも、この屋敷には本といった類はほとんどない。一応、屋敷内の管理をするものはいるが、滅多に足を運ばない為に最低限の生活必需品しかなく、本など娯楽といった類のものはおいてないのだ。 埃がかぶるし、痛んでもいけないという理由なのだが。今日も明日も家に帰るまで読めないという事実に、さらに期限が悪くなる優希。 困ったなと思いながら、快斗はそうだと思いつく。 「ちょっと待っててね。」 そう言って、優希の側を離れる。最初は何だろうと思っていたけれど、すぐに思考は時に向かう。 ごろごろ〜っとじゃれる時の頭を撫でながら、ちょんっと鼻を押す。 びっくりしたのか、首を振って、そっぽ向きながらも、うれしいのか尻尾をふわりと動かす。 猫は髭や尻尾を触れられるのを嫌がる。だが、優希が触れても嫌がるそぶりを見せない。 「本当に大人しいね。」 人の言葉わかってるんじゃないの?と時に話しかけてみる。そうすると、みゃーと元気な返事が返ってきた。 そして、もう一回にゃーっと鳴くと、まるで快斗が戻ってきたことを知らせるかのようだった。 「何それ?」 手に持っている紙とペン。いったい何をするのかと思えば、そこに書き込まれた数字や言葉を見て目の色を変える。 「それって・・・。」 「その通り。優希の大好きな暗号ですよ。」 そう言って、作ってきたばかりのそれを手渡した。そして、まだ真っ白の紙には、新たに暗号を考えるためのものだ。 時はご主人様が別のものに興味を持ったのが嫌なのか、講義の声をあげるが、右手で暗号を持ち、左手で相変わらず撫でてくれたりかまってくれる主人に、まぁいいかと思ったのか、じゃれていた。 時が人でなくて本当に良かったとつくづく思う快斗だった。だが、そのうちお隣のお嬢さんが人になれる薬というものを作ってしまいそうで恐ろしいのが心情だ。 何せ、人を子どもの姿へ縮める薬を作ってしまうぐらいなのだから。しかも、あの魔女が手を貸せばさらに厄介なことこの上ない。 なんだか、身内の方が敵が多い気がしてならない快斗だった。 数枚の暗号と、それの解答をしながら、時間は過ぎていった。気がつけばもう日が暮れている。 「ちょっと、夕食の用意をしてくるよ。」 「え、もう?」 まだ暗号が欲しいのか、不満足らしい。 まぁ、楽しめた時間だから、せっかくの玩具を取り上げられた子どもの気分なのだろう。 「また、寝る前に一つあげるからさ。」 夕食用意しないと、有希子さんがおかしなものを作ってもいけないだろうと言えば、引き下がる優希。 やはり、自分の母親のことはよくわかっているのだろう。大人しくなった。 噂では聞いていたが、それほどまでに酷いのかと再認識する快斗だった。 快斗が用意されていた材料で、有希子が調理場に立っているのを、お願いして立ち退いてもらい、おいしい食事にありつけたのだった。 密かに優作も有希子が調理場に経った際にある程度は覚悟していたようだったが、ほっとしている姿を一瞬見せたのをしっかり見ていたりする。 食器などの後片付けを済ませた後、リビングで時とじゃれていた優希に声をかける。 何?と返事を返した優希に上に着るものを一枚渡し、外へ行こうと誘う。 どうしてなのかはわからず首をかしげながらも、優希は快斗の誘いのままについて来てくれた。 時も来ると言わんばかりに飛びついてきたのでもちろん一緒だ。 「どこへ行くつもり?」 「もう少し行ったらわかるよ。」 にっこり笑顔で手を引いてその場所まで案内する快斗。よくわからないままでありながらも、優希はそれについていく。 そして、つれてこられた場所。優希はその光景に見入ってしまった。 海から切り離されたようなその場所の水面が、月の光を浴びてきらきらと光っている。 時も興味を持ったのか、ぴょんと飛び降りて水面を手でぱしっと叩く。 「どうして?」 「さぁ。自然が作り出した芸術作品かな。」 優作はこれを見て、ここの別荘を建てたのだ。有希子も気に入っていたから、夏の夜にまた見に来ようと。 しかし、お互い忙しいためになかなか来る機会もなく、優希を連れてくる機会もなかった。 「今回はね、優作さんが優希にこれを見せたかったんだよ。」 それに知ってる?と耳元で囁く。 「・・・っ嘘。」 だけど、そう言えばそんな話だったかもしれない。 珍しく優作が推理小説の中で登場した非現実の世界。 今見ているこの光景と同じ場所に立つ男と女。ここで結ばれた二人は幸せに暮らした。 しかし、結末では二人とも死んでしまっている。追っ手から逃げられないということで、この場所で身を投げた。 一時期、この場所はどこのことだとかなり問い合わせが殺到したが全て謎のままにされた。 「優希のことが好きです。付き合ってくれませんか?」 優希に向かって差し出される返事を待つ手。小説の中と同じ、かぶる光景。 「・・・馬鹿なこと言わないで下さい。」 ふいっと踵を返す。そして、戻りましょうと言う。 そんな優希の背中を見て、やはりまだ駄目かなぁと少し落胆していたりする。 しかし、優希は自分でもどうしたらいいのかわからない衝動に悩んでいた。 あの時、快斗が知らない人に見えた。普段はただの保険医であったのに。 どうしてかわからない。もやもやとした思いを内に封じ、時を抱き上げて歩き出した。 その後ろから、どう言えば伝わるのだろうかとぶつぶつ言いながら快斗が続いた。 そしてその日は、お互いそれぞれの思いに耽り、なかなか眠れなかった。 だが、お互いそんなことには気付かず、だけど次第に眠りについた。 「今日も晴れたな。」 快斗が用意した朝食を食べ終わり、一息ついている頃。そろそろ帰るかと優作が腰をあげた。 有希子もそろそろ家に帰らないとねと言うところを見ると、どうやらこの後仕事があるようだ。 迎えが来るからということで、快斗に優希を頼むと任された。 素直に引くとは何か企んでると娘に疑われる父親にはなりたくないと、心から思う快斗。 優希が冷たいよと、凹む優作はなんだか惨めに見えた。きっと、今までの行いのせいだろうが。 「またね。無茶したら駄目よ、優希。」 「快斗君、優希の事をよろしく頼むよ。」 そう言って送り出す二人。 「眠いなら寝ててもいいよ。」 「私だけ寝るわけにも・・・。」 「そうやって無理するんだから。休める時にやすんでなさい。」 保険医からの命令ですと言い渡し、無理やり寝るように仕向けた。 すると、反抗するのを諦めたのか、大人しく眠りについた。 「本当、眠り姫みたいだね、優希は。」 あまり起こさないようにと安全運転で時間をかけて家に帰る快斗だった。 家に帰れば、何故かまた小さなお隣さんが家に来ていた。 「何があったの?」 「ちょっと目障りな人達が来ていてね。」 すぐに誰の事をさしているのかわかった快斗は苦笑する。 「手違いでかぶってしまったのよ。」 おかげで今日一日はこの姿のままだと言う。しかし、快斗にしてみれば、そんなものを作り出してしまう貴方の方が恐ろしいやと思いながら、どこぞのお馬鹿さんに邪魔されない休みになって良かったと思うのだった。 「当分来ない?」 「徹底的にしたから当分動かないでしょ。」 「そっか。」 なら、夏休みは平和に過ごせそうだねと暢気なことを言うが、これがこの家での現実。 優希と時はまだ夢の中で、この二人の妖しい話は知らないまま・・・。 |