「優希。もうすぐ試験じゃないの?」 「うーん、そうみたいね。」 あまり必死にならなくとも、彼女なら出来ることはわかっている。 しかし、まったく何もせず、血なまぐさい事件の現場ばかり行くのはちょっとと思う快斗。 「試験最終日まで、事件を忘れて学業にだけ専念しない?」 「なんで?」 理由がわからないと快斗をじっと見る優希に最終兵器を見せた。 その瞬間、彼女は目の色を変えたのは言わずもわかるだろう。 試験のご褒美 携帯の着信音がなる。またいつものように事件の呼び出しだろうと思っていた欄と園子。しかし、確かにその通りであったが、珍しく要請を断っている優希に疑問を感じた。 「何があったの?」 「さぁ?」 普段ならば、目の色を変えて速攻早退をする優希であるが、今回は断っている。別に授業なんて聞かなくてもいいやという感覚の優希であるのにも関わらずだ。ちょっと失礼かもしれないが、それが優希だ。 「断るなんて、珍しいわね。」 「だって、もうすぐ試験なんだもの。」 優希らしからぬその怪盗に首をかしげる二人。一緒にいられる時間が増えるのはいいのだが、何かおかしい。 その時ふっと優希が席を立った。 「どうしたの?」 「次の授業、彼よね。」 「ああ、そう言えば白馬先生だったわね。」 「次だけはさぼるわ。」 後のことよろしくねと教室を出て行く優希をとめることはしない二人。いない方が安全だとわかっているからだ。 案の定、チャイムがなり、かなりご機嫌で教室に現れた白馬。しかし、目的の人物はおらず、落胆した顔を見て笑いを堪える二人がいた。 その頃、第二保健室で一人悠々と昼寝を楽しむ優希。側にはもちろん快斗がいる。 授業の担当教師を知り、美和子に頼んで連れて来てもらおうかと思ったぐらいだ。なので、彼女から来てくれて手間が省けたというところ。 「それにしても、白馬も相変わらずみたいだなぁ。」 何気に、彼は元クラスメイトだったりする。こちらとしては不本意だが。 「また会ったら怪盗呼ばわりされるのかな。」 それもまた面白いと思いながら笑っていると、ばれかけてるの?と優希の突込みが入った。 てっきり寝ているものだと思ったのにしまったなぁと思う快斗。 「別に証拠は一切ない。だけど、言いがかりつけてくるだけだからどうにでもなるよ。」 「・・・そう。」 「心配してくれてるの?」 「そうね。貴方がいなくなったら家事は誰がするのよ。」 「・・・そうですね。」 悲しいかな、どうも自分は恋人候補にはあがらない。反対に使い勝手のよい家政夫あたりだと認識されてそうだ。 だが、いつかかならず恋人の座を手に入れると新たに意気込むが、そうなれる日はまだまだ先だろう。 気がつけば、あっという間に試験期間に突入した。 ここ数日真面目に出席し、試験も受ける優希の姿に、何人もの教師がうれし泣きをしたことか。 毎回、単位や出席でなんとか上にあげようと努力する教師陣のことだ。今回は何の問題もなく追われると大喜びだった。 そんなこと、優希は知った事じゃないが、先日見せられたモノの為、今日まで我慢してきたのだ。 そして、とうとう最後の試験が終わった。 二人が最近できた店に買い物へ寄って行こうと誘う前に教室を出て行く優希。 あまりにもはやい行動に、いったい何があったのだろうと首をかしげる。 最近のおかしな行動から、やはり何かあるわねと目を光らせる園子だが、結局わからず。 そして、全ての噂の的である優希はというと、第二保健室にいる快斗に会いに来ていた。 「お疲れ様。」 笑顔で迎え入れ、はいっとご褒美であるそれを手渡した。 「やった。」 目を輝かせてそれを受け取り、読み始めようとする優希を止めて、美和子に断って先に帰る支度をしはじめた。 「何でよ。」 「時間忘れる優希のために、家に帰ろうと思ってね。」 夕食までの時間があれば、読みきれるでしょと言えば、ゆっくり読めるのなら何でもいいやと快斗に従った。 家に帰ると、ソファに腰掛けて読み始めた。 そう、ご褒美は一冊の本。だからといって馬鹿にしてはいけない。 いろいろ問題になり、出版された直後に発売禁止になり、手に入らない品だ。 父に頼んでも問題はなかったのだが、今日まで忘れていた。だが、目の前にあるのならこれを逃す手はない。 そして、取り付けられた約束。 学校の授業もよっぽどな理由がない限り休まず、試験もクリアすること。(一部の授業は出なくてもよい) 補習などでせっかくの夏休みを教師陣や警察、特にあの厄介なクラスメイトに取られるなんてまっぴらごめんだ。ということで、今回本を使って大人しくさせたのだった。 これで、夏休みはゆっくり過ごせるし、お出かけする時間も作れるだろう。 そして何より・・・。 鳴り響く、自宅の電話の呼び出し音。 優希はすでに本の世界で取る気配はない。 昼食の支度をしていた快斗は火を消して受話器を取った。相手は誰かわかっていたので、どうかしましたかと言う。 『聞いたよ。夏休みは補習なくなったみたいだね。』 「はい。優希が大人しくしていてくれましたので。」 『そうかそうか。なら、今年は遊びに行っても、邪魔はなさそうだね。』 実は、この親馬鹿代表な男、優作があの本を用意したのだ。そして、今度夏休みに行く予定であるが、補習や事件でとられては適わない。 なので、事前に予定を消して、空けるために動いていたのだ。もちろん、来る日にちの期間中は電話してこないようにと警察に圧力をかけているのは優希には秘密である。 『優希は今本の世界かい?』 「そうですね。」 『そうか。じゃあ、今は変わってといっても来てくれないんだろうね。』 残念だと言いながら笑っているこの男は全てわかっていて快斗に確認するように言っていた。だから、この人は快斗にとって苦手である。 「昼食の用意が途中ですので、そろそろ・・・。」 『そうだね。悪かったね。では、また連絡するよ。』 そう言って切られた電話。だが、次の連絡は本当にあるのだろうかと考えて、ないのだろうという考えにいきつく。 また、娘を驚かせるという名目で、連絡もなしにこの家に来るのだろうから。 「ま、いっか。」 どうせ、この家は彼等の持ち物なのだ。自分がどうこういう問題でもない。 今は本に夢中のお姫様の為においしい昼食を用意しようか。 「誰からだったの?」 一応、電話が鳴っていたのに気付いていたのだろう。相変わらず目線は本に向かっているが、興味があるのだろう。もしかしたら、警察関係者からの呼び出しではないのかと。 「優希のお父さんからだよ。」 「そう。ならどうでもいいわね。」 どうでもいい扱いされているのを知れば、きっと泣くだろうが、間違いなく嘘泣きだろう。 本当に、化かしあいをしているような親子だなと思う快斗だった。 「もう少ししたら昼食できるからね。」 「・・・後少しで区切りがいいところになるわ。」 「わかりました、お姫様。」 馬鹿な事言ってないでといわんばかりに睨みつける優希に、怖い怖いと言いながらも口もとはにやけている。 後少しで区切りがいいところということはつまり、その時に昼食を食べようと誘われたようなものだ。 これは急がないといけないと、快斗は急いで昼食の用意を再開したのだった。 快斗にとってその日誤算だったのは、同じく出ていた新刊、つまり二冊目に手を出した優希によって、ほとんど相手にされなかったことであった。 一冊目のことはわかっていたから覚悟していたが、こうなるとさすがに凹む快斗だった。 それにも気付かず読み老けていた優希は、読破してかなり満足していたらしい。 そして、やっとどんよりと暗いオーラを背負っている快斗に気付き、まさか快斗もとうとう風邪を引いたのか?!と志保を呼び出す事態に発展した。 そして、その後どうなったかは、彼等のみが知る。 |