なあう そう鳴き声をあげる黒い子猫を見てため息をつく優希。 子猫はごろごろと優希に懐いて離れない。 「で、一週間、ここで?」 「ごめんね。」 その日突然、工藤邸に一匹の黒い子猫がやってきたのでした。 小さな居候者 「大人しい子だからいいけど。」 頭を撫でて懐いている子猫に構う優希に、本当になんでも好かれるんだなと思う快斗だった。なぜなら、園子猫は家で散々暴れてくれたのだ。こんなに大人くなんてない。 今日ここへ連れてくる時だって、思い切り引っかかれたところだ。 「男の子、女の子?」 「一応男の子だね。」 だからなのか、余計に優希と楽しそうにしている猫を見るとむかついてしょうがない。が、ここは我慢だと言い聞かせる快斗。少し情けない。 「それで、名前は?」 「『時』と書いて『タイム』だよ。」 「・・・意味あるの?」 「母さんに言ってくれ。」 快斗の言葉に、彼の母親が名付けたのだと知った。 「でも、どうしてそんな名前になったの。別に時っておかしくはないけど。」 「・・・それは、聞かないでくれ。」 理由は確かに知っている。だが、言えない。 母親が里親募集を見て貰ってきたはいいが、一週間旅行で出かけることになって今にいたるのだが、当初快斗は、この猫に『トキ』と名付けていた。だが、あの母親は誕生日の花で『タイム』がいいと言い出したのだ。 誕生日花といっても、本や紹介されている場所で多少違っているが、男の子だからタイムと勝手に言い出したのだ。 それで、自分はトキと名付けようとしたと言えば、じゃぁ、『時』と書いて『タイム』って読めばいいじゃないと言い出した。 『どっちも、時間には変わりないわよ。』と彼女は言ったが、そんな適当でいいのかよと心の中で突っ込んだのはしょうがない。 だが、そのままこの猫は『時』と書いて『タイム』と名付けられてしまったのだった。 ちなみに、その誕生日の日付は5月4日だったりする。だから、言えないのだ。面白がってつけられたが、それには個人的に快斗もいいかもと思ってしまったのだ。 それにしても、どうしてあの母親は自分の気持ちを知ってやがると少しむしゃくしゃしながら、引っかかれながらやっとのことで工藤邸に帰って来たのだった。 「ちょっと、快斗さん。聞いてる?」 「あ、ごめん。」 「大丈夫?」 「大丈夫。ちょっと、悲しい過去を思い出してただけだから。」 そう言うと、辛いのかと、自分よりも辛そうな顔をして言うものだから、苦笑してしまう。 「違うよ。母さんがちょっとね。いじめられたんだよ。」 「なんだ。」 「なんだって・・・。ちょっとは労わってくれないわけ?」 「快斗さんなら大丈夫でしょ。」 きつい一言だなと思っても、心配されているとわかって少し元気になる。これが、不器用な彼女の精一杯の言葉だとわかっているから。 三日程して、やっと快斗にも懐いてくれるようになった。だが、それ以上に優希には懐いていた。 『なぁう。』 構ってといわんばかりにじゃれついてくる猫の時に見せる優希の笑みに、うらやましがる大の大人がいた。 そこで快斗は思い出した。 「あ。」 「どうしたの?」 「よくわからないけど、猫の写真取って送れって。」 「おばさんが?」 「そうそう。本来の飼い主が元気な姿見たいからだったっけな。」 「いいじゃない。ねぇ、時。」 『なぁう。』 うれしそうにごろごろしている猫の写真を取って、メールで送信しておく。これで、母親がその相手に送ってくれていることだろう。 そして、大分愛着のあいてきたこの猫とも、あと数日でしばらくお別れだなとしみじみ思っているところへ、メールがきた。 相手は母親からで、いったい何だと思って開いてみたら・・・。 「何考えてやがる。」 「どうしたの?」 『なぁう。』 こんなになついているのなら、そのまま二人で飼いなさい。その方がその猫ちゃんも安心できるでしょ。とのこと。 「はじめからそのつもりだったのか・・・。」 「嵌められたの?」 「ま、いいけどね。」 猫は不安そうに、またどこか連れて行かれるのかと金色の瞳で優希を見上げる。 「大丈夫。ずっと一緒だよ。」 『なぁう。』 そう言うと、うれしそうに飛びついてきた。 ちょうど、お隣さんもやってきて、何故か突然紅子が現れたりもして、皆で賑やかに午後のお茶会をした。 「あいさつしようね、時。」 『なぁう。』 元気な子猫との生活はこれからはじまったばかり。 だが、快斗の恋路はまだまだ先は長そうで、どうしてかこの猫がライバルに見えてしまうのであった。 そしてまだ、優希の誤解に気付いていないために、紅子とのやり取りをみて、さらに誤解が深まったことに気付いていなかった。 時が工藤邸にやってきて数日後の事。 「へぇ。猫ね。」 「真っ黒黒助か。」 昼間面倒が見れない時はお隣に預けたりしながら、現在も工藤邸に居候中の黒猫を見にやってきた二人。仕事の休憩時間にやってきた。 「可愛い顔してるじゃないか。」 「それにしても、突然だな。」 予定なんてなかっただろと言われて、黙り込む快斗。 「・・・。」 「快斗さんのせいじゃないよ。」 突然の原因は自分が連れてきたからということで、黙り込む快斗。 だが、本来の原因といえば、快斗の母親が引き取って押し付けていったことからはじまる。 「ま、いいんじゃね?」 「優希は何か飼いたかったんだろ。」 「無責任なことしたくないから飼わなかったけどね。」 「ま、犬じゃなくて猫だがな。そっちの兄ちゃんもお隣もいるから、大丈夫だろ。」 「それはそうだけどね。時は時で可愛いからいいの。それに、ちゃんとできるだけ一緒にいるつもりだよ?。」 「そうか。」 普通に答えているが、時も可愛いからいいのと言って見せた優希の笑顔に、二人はやられてそれ以上会話は続かなかった。 そんな感じで、一通り黒猫の紹介をして、新たに増えた居候は認識されるようになっていったのだった。
|