どうやったら、名前で呼んでもらえるのだろうか 「何かないかなぁ。」 そんなことを考える快斗は、ぼんやりしながら、窓の外を眺めているのだった ちなみに、悩んでいることは、昨日の出来事が関係している そんな快斗の様子に、不信がる優希 「どうしたんだろう?」 絶対、そんな柄じゃないとこの数日でしっかりと把握したからである 昨日はかなり不機嫌というか企むというか、あの笑顔には絶対裏が含まれているものがあるとわかるものだったのだが、今日は今日で、かなりぼけーっとしている 保健室の秘め事−貴方の呼び名 連休の二日目。 昨日と同じように、起きてくればいい香りがして、食欲がそそられる。 顔を洗って、着替えを済ませ、席について朝食を食べる。 そして、昨日と同じように読書に入ろうとした。ただそれだけだった。 ふと、視界に入ったのは、向かい側に座っている快斗の姿。 はぁっとそういえば今日何回もみたため息をついている。しかも、昨日のようなあの笑顔や勢いなど一切ないようなほど萎れている(?)ように見える。 どうしたのだろうと首をかしげてしばらく観察していたら、それなりに敏感らしく視線に気づいて視線を合わせたら、いつものようににこっと笑みを見せる。 だが、絶対にそれは無理やり作っているものだとばればれである。 どこかで内側を見せないようにしている快斗だ。そんなことは出会って数日でわかっている。 なのに、これだけ表情がばればれとなると、本当にどうしたのだろうかと反対に心配になってくる。 しかし、気にしたところで、彼が素直に答えることはないということもわかっているので、何も言わずに本の文字へと視界を変えた。 それから二時間。そろそろ読み終わるなぁと言う時だった。 本来ならば周りは一切見えないが、少し種がわかってしまったので最後まで一応読むが、少しどうでもいいと思っていたからかもしれない。 ちらりとこちらを見ては、ため息を吐いて下を向く快斗の気配。 やはりおかしくて、気になって本に集中できない。 パタン。本を閉じて、それをテーブルの上に置く。 「黒羽先生。休みとはいえ、やらなくてはならないことがあるんじゃないんですか?」 「あるといえばあるけど・・・。」 本をテーブルの上に置いた事に気付いて、もう読まないのかと聞かれても、原因の相手にははいとしか答えようがなく、適当に流しておく。 「それで、悩み事か何かあるんですか?」 先ほどからずっと不自然で鬱陶しいんですけどといえば、鬱陶しいという言葉でショックを受ける快斗。 「ちょっと、固まらないで下さいよ。」 どうして固まったのか意味がわかってない優希は、困り果てる。 このまま明日も過ごす事になるのかと思うと、嫌になる。 だから、すっきりさせたいと思ったのだ。 「あ、ごめん。・・・でも、別に悩みも何もないよ?」 「本当ですか?」 じーっと見られて、言うべきか、言わないべきか少し悩む快斗。 「出会って短期間のそれも年下の女には話せませんね。」 「いや、そんなことないよ!」 「じゃぁ、話して下さいますね?」 本当にいいのだろうかと思いながら、快斗は優希に決死の思いで言ってみた。 昨日からずっと思っていたこと。 自分は名前で呼んでもらえないのかということ。 「昨日来た二人。」 「陣平さんと研二さんですか?」 「そう。」 あの二人がどうしたのだろうと首をかしげながらも続きを待つ優希。 もしかして、知らないところでまたあの二人が何かしたのだろうか?と考えて、少し慌てる。 だが、昨日初めてあの場所であっただけだということで、ほっと一安心だった。 一応、彼等は前科があったりするのだ。それに関しては、うるさい二人に矛先が向いていたのでよいのだ。 うるさかったので、その時は大変二人に感謝した優希だったりする。 だが、快斗は関係がないので慌てたのだ。 ちなみに、犯罪一歩手前だと探偵も刑事もわかっているのに気にしてなかったり・・・。 「どうして、あの二人は名前で呼んでいるんだい?」 とりあえず、呼んで欲しいよりも、どうして呼んでいるのかを聞く快斗。 「そうですね・・・。結構前からの知り合いで、あんな感じのノリの人で、呼ばされたってところでしょうか。」 呼び名に拘らないので、別に放ってあるのですがと言うと、快斗が内心にやりと微笑む。 「じゃぁ、俺の事も、名前で呼んでもらうってことは可能なんだね?」 それはもう、さっきや昨日とは違った意味で清々しい笑顔。 見せられた方はかなり悪質に見えて、近づきたくないと思う。(そう思うのは優希だけ) 「って、今なんて?」 ずっと考えていたりして、快斗の言葉を聞いていなかった優希は聞き返す。 「だから、俺の名前。姓名じゃなくて、名前で呼んでくれない?」 「・・・いきなり、どうしてですか?」 「だってね、あの白バカやうるさい黒い奴と同じ扱いは嫌だなぁって。」 「・・・考えておきます。」 「ええ、考えないでよ。」 優希はしっかりと、白バカとうるさい黒い奴の意味を理解していた。 「それに、父さんは名前だし、同じ姓名だと、わからなくなるでしょ?」 「それもそうですけど。」 そう言えばそうだったなぁと思い出した優希。 「それに、あの二人のこと姓名で呼ぶでしょ?せっかく同じ屋根の下なのに、勿体無いし。」 「何がですか?」 勿体無いようなこと何もありませんけどと言い返しても、俺の問題なのと意味がわからないことを言って来る快斗にはぁっとため息をつく。 確かに、あの二人と同じ扱いは嫌だろう。優希自身も嫌だ。 だから、快斗の言っていることがわからなくはないのだ。実際、それをだしにお願いしている快斗なのだが。 「あ、それはそうと、今日のお茶のお菓子の用意しないとっ!」 ずっと考えて忘れてたと、突然ばたばたとキッチンへと向かうのだった。 まだ、返事はしていない。いらないのだろうか?首をかしげながら身体を動かして覗いてみると、何かをオーブンへ入れている。 下準備はすでに出来ていたらしい。 「あ、お昼何にするー?」 「あっさりしたパスタ。」 「りょーかい。」 途中で話は途切れて、快斗は優希ご希望のパスタ作りにかかるのだった。 ちなみに、麺も手作り。 「・・・何者?」 料理屋お菓子はプロ級。麺まで作るなんて、普通に保険医なんてしなくても、店でやっていけるのではという疑問はもちろんあったが、口には出さなかった。 昼食を食べて、現在優希は呼ばれて現場へ出ている。 「はぁ・・・。」 ため息をつく快斗。そういえば、結局返事を貰うのを忘れていたことに、後になって気づいた。 「くそーーーー。」 なんで、忘れてたんだーー?!とうがーっと鳴り倒す快斗は、はたから見ればかなり怪しい。 だが、その行動は突然ぴたりと止まり、はぁっとため息をついたのちにソファに深く座り、誰もいない園場所ではっきりと言葉を話す。 「何の用だ。」 『あら、ご挨拶ね。』 突然、聞こえる女の声。室内には誰もいないのに、声だけが響く。 『連休明けに、会いに行くわ。昼休みでいいかしら?』 「・・・。」 『朝は彼女に構う為に忙しいんでしょ?』 くすくすと馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。 『だから、わざわざ昼休みにしてあげるんじゃない。ま、昼も彼女に構うのでいっぱいなのかもしれないけれど。』 こっちは、普段は授業をしないといけないのだから、そこは我慢して頂戴と言われ、譲歩して、明日の昼のチャイムが鳴る前と言った。 『それで、いつまで黙っているつもりなのかしら?』 「・・・ばれるまでだ。」 『ま、いいわ。せいぜい頑張って頂戴。ふられたら、慰めてあげるわよ。』 「余計なお世話だ。」 それ以降、女の声は室内に響く事は無かった。 「とりあえず、片付けて夕食の用意だな。」 暴れてすっかり忘れたが、レモンパイを乗せたお皿やお茶を飲む為に出したカップ持って、キッチンへと向かう。 残りのレモンパイは、夕食後のデザートにしようと思って、よけておく。 だって、せっかく作ったのに、おいしいと言ってくれたのに、ほとんど食べることなく呼ばれてしまったからだ。 「さて。夕食は何にしようかな。」 例のあれは無理なので、野菜を使った何かいいものは無いかなぁと、過去に作ったもののレシピをいろいろ思い出して、選ぶ快斗だった。 「今日はすまなかったね。」 「いえ。」 先ほどまでうるさかったものは、いつの間にか消えていた。だが、優希は気にしない。 だから、影でうるさい二人の捕獲をしている方々の努力を知らない。 「高木、送っていってやれ。」 「いや、いいですよ。」 「大丈夫だよ、優希ちゃん。」 どうしようと思っていた優希。だが、ここはその言葉に甘えようかなと思うのだった。 前に断ったら、その後に事件に巻き込まれたこともあり、どうして送っていかなかったのかー?!と他の刑事に責められた挙句、愛しい奥さんことある意味最強な美和子によってさんざん怒られてしまったと聞いたからだ。 さすがにそれはかわいそうに思えたので、好意には甘えることにしている。 好意でも、その対象となる相手にもよる。 「じゃぁ、鍵とってくるから、下で待っててくれる?」 「はい。」 そこでいったん別れて、下で待つこと数分。 高木が車を入り口までまわして来てくれて、それに乗り込んだ。 「いつも本当にごめんね。」 「いえ。・・・それで、怪我は本当にもう、大丈夫なんですか?」 「大丈夫だよ。美和子さんも心配のしすぎなんだよ。」 と、苦笑している。いい人なのだが、ちょっと弱いかもしれない。 「それで、美和子さんに、いじめられてませんか?」 「え?あ、そんなことはないよ。」 慌てて言う渉。彼にとってはいじめられている範囲には入らないものなのかもしれない。 何にせよ、ちょっと哀れに見えるが、その分幸せオーラが最近多いので、大丈夫だろう。 「ありがとうございます。」 いろいろ話していたら、もう家の前についた。 しっかりと、昨日同様にどうしてわかるのかと思う具合に玄関から出てくる快斗をちらりと見て、渉にお礼を言う。 またねと言って走り去ったんを見送って、玄関へと足を進める。 「おかえり、優希。」 「ただいま、快斗さん。」 そう言って、中に入った。 だが、その言葉に快斗は驚いて少し固まっていた。 すぐにうれしくなって、ドアを閉めて優希を追いかける。 「ありがとう。でも、『さん』はつけなくてもいいんだけど。」 「黒羽さんに戻しますか?」 「いえ、『さん』ついていても構いません。」 戻るのはごめんだったので、速攻で言う。 「年上の、それも先生を呼び捨てになんてできません。学校では、姓名で呼ばせてもらいますから。」 だけど、少しだけ距離が縮まったようで、今はこれでもいいかと思う快斗だった。 その日の夕食をしっかり食べて、次の日も似たような感じで一日を過ごし、連休は終わり、再び学校が始まる。 そして、ちょっとした波乱の幕開けとなるのだった。 そんなこと、二人は知る由もない。 |