俺はあの日に誓った。

支えがなければ、簡単に闇に堕ちてしまう世界。

だから、あの人が大切に思い、守りたいと思っていた彼の支えになりたいと思った。

それが、自分の生きる道とまったく逆だったとしても。

あの人との約束を守る為、自分を偽ってでも、助けになりたいと思ったんだ。

 

 

 


夢幻の舞台

 



 

今夜、気障な白く目立つ服で、マジックというパフォーマンスで観客を楽しませる、愉快犯とも言われる世紀の大怪盗の予告日だった。

警視庁に呼ばれていた時も騒がれていたから知っている。何より、予告状を解いたのは彼、工藤新一でもあるので、知っていて当然でもある。

そろそろ家を出るかと立ち上がった新一の背後に、いつの間にか現れたお隣の少女、哀がいた。

「今夜も、行くのね・・・。」

「ああ。悪いな。これだけは譲れねーからな。」

まったくしょうがないと、いつも知らないフリをしてくれる哀。

いつも、自分の体の心配をしてくれている。たまに、本気で危ない事をしようと企んでいる事もあるし、幼馴染と同じぐらい、自分にとって弱い存在でもある。

「無茶だけは、しないでちょうだい。」

「わかってる。」

今夜、自分がどうするかを彼女は知っている。彼女にだけは、話してあるからだ。

そう。探偵として警部の信頼を得ている新一だが、裏では怪盗KID同様に、宝石を盗んだり、こっそりとKIDに有利なように周りを操作したりしている闇の住人達に最近知られるようになった、『黒衣の天使』と呼び名が付いている。

普段黒衣を着て仕事をしているからで、天使のようにその様は美しく、多くの者を魅了し、動きを奪う者だと噂される事から、そう呼ばれるようになったのだ。

本人としては、これがかなり不本意なのだが・・・。

こうして、今日も探偵の顔を消し、黒衣の天使として夜空に舞い降りる。

 

 

 


今夜も、今まで同様に現れるであろう『黒衣の天使』。

「いったい、何者なんだ?」

敵ではないことは確かだ。だが、見方だとは言い切れない。

今まで、自分を狙う迷惑な客の相手をしたり、盗む獲物を先に奪い、女神は微笑まないと書いたカードを添えて返却される。

まるで、自分にこれはパンドラではないと知らせるかのような行為。

女神が微笑まないという言葉は、警察にはきっと理解できないであろうもの。

パンドラの存在を知り、自分の事を知らなければ出てこない言葉。

奴等も決してそんな言葉をつかわない。自分は、今日も女神が微笑む事はなかったと、たまに来る唯一認めた愛しい探偵に言うぐらいだ。

「そろそろ、捕まえて聞き出すかな?」

危険なものは、はやめに対処して、それによっては排除しなければいけない。

まわりに、あのような物騒なことを持ち帰りたくはないし、撒き散らしたくはないから。

「いつまで続ければ、この長い夜は終わるのかなぁ。」

そのうち、闇に囚われてしまうかもしれない。今は父の死の真意の原因となったパンドラの破壊を目標にしているので、見つかるまでは決して死なないし闇にも堕ちないと誓っている。

だが、それが簡単に崩れることもわかっている。

だが、無償にも時間がやってくる。

「さて。今日もショーの始まりだ。」

すっと、ビルの屋上から飛び降りる。そして、開かれる背中の人工の翼。

ショーの時間の始まりを告げるかのように、鐘の音が夜の街に響いた。

 

 

 


指令が飛び交う。惑わされ、結局はいいように誘導されていく警察関係者達。

「くっそ。いったいどうなってるんだ!」

怪盗KID担当の刑事、中森は現場で叫ぶ。姿が見えたと思えば消える。

追いかけていても、だんだんと見失っていく。

そして、最近では厄介な事に黒衣の天使とかいう得体の知れない奴も加わって、大忙しだ。

「中森警部。違いますよ!彼はこちらではなくあちらです!」

さらに、中森が怒鳴り散らす原因はこの探偵にあった。

現場に現れては自分と意見が合わない探偵。指示に従わない、厄介な存在。

「うるさいうるさい!おい、すぐにあれを追え。他に盗まれた物はないか確認だー!」

黒衣の天使がたまにKIDの獲物以外も盗むし、他にも泥棒はいるらしく、陰に隠れて盗もうとするものもいるので、追いかけるだけではなく、他の安全の確認も必要なのである。

今夜の騒がしい一日はまだ終わらない。

その様子を、しっかりと獲物を奪い、遠くから見物する白い陰があった。

「相変わらず、最後の詰めが甘いんだよね。」

確認しようとそれを月に翳し、落胆する。今回も、狙いのものではなかったから。

何より、来て欲しいと思う名探偵は来ないのに、どうしてか呼んでもいない物騒な連中は来ている。

興ざめもいいところ。

「さて。どうしたものかな。」

そろそろ、いい加減に出てきたらどうですかと言えば、相手は様子を伺いながら、威嚇射撃を入れて姿を見せた。

いろんな意味で短気な人のようだ。

「本日のショーの舞台はすでに幕引きですよ?」

「・・・これから後夜祭が始まるのさ。」

まったく、こっちはいろいろとあるというのに、予定が狂っていくではないか。

これでも、まだ学生で、明日といってももうすぐ今日になるのだけれど、学校へ行かなければいけないのだ。

本当に、迷惑だ。

簡単に憂さ晴らしをして、逃げようかと思った。その矢先。

ひゅっと、ほとんど音もなくキッドの前の男を狙った銃弾が飛んできた。

しっかりと、寸前で気配を感じて避けるところを見て、それなりのプロだと思われるが、感情がそんなに出ているなんて、そこはプロ失格だろう。

だから、上までいくことはできないのだろう。

だが、今はそれよりもこの銃弾を撃ってきた相手の方が重要だ。

「だ、誰だ!」

気配をしっかりと感じる方向を二人は見る。今は互いの存在よりも第三者の存在の方が大きい。

下手をすれば、目の前よりもこの第三者の方が危険だと感じる、突然現れた気配。

「邪魔をして悪いが、今晩は騒いで欲しくないんでな。」

スタッと現れたのは黒く長いコートを着て、まるでマントのように風に揺れ、しっかりと存在を知らしめるかのように立つ。そして心地の良い高さの男か女かは判別がつかない声。

背にはまるで翼が生えているかのように、軽い身のこなし。

顔は陰で見えないが、先ほどちらりと月の光で見えた蒼い瞳。

彼こそが、最近世間で名を知られる『黒衣の天使』だとわかった。

怪盗キッドとは違う、何かを感じられるような一切の隙を見せない美しき天使。

「貴方が・・・。」

「さて。どうするつもりだ?このまま続けるか、それとも・・・?」

第三者の存在が只者ではなく、勝ち目がないと判断したのか、相手は止めておくよと引き上げる。

「次はないからな・・・。覚悟しておけ。」

冷たく、鋭い蒼い目が相手を追い詰める。相手はただ、何も言わず去っていった。

残ったのは怪盗と黒衣の天使と呼ばれる者だけ。

「貴方、ですよね。今まで私の仕事の最中に現れては余計な事をしていってくれる方は。」

「余計・・・といわれたらそうかもしれないな。だが、俺は俺の信念のもと、動いている。だから、お前にとやかく言われる筋合いはない。」

そのまますぐに去っていこうと思ったが、相手も自分同様に他人からは油断できない天才。

「・・・いいかげん、やめてほしいね、名探偵。」

しっかりとばれていた。姿を見せたのは今回が初めてだが、しっかりとあいつは自分の正体を見破った。

もちろん、黒衣の天使としての顔をつくっているときは、気配を変えているので、簡単には正体が工藤新一だとは導く事はできないはずだ。

「わからないとでも、思っているのか?」

新一が持つその内に秘めた光の輝きはかわらない。だからこそ、それを闇を照らし導く光だとして、追い続ける自分にはわかるのだと、言わないが。

そんな事を考えているなんて思いもしない新一は、ばれるだろうと思っていたのだが、答える言葉が見つからず、黙りこくっていた。

いつまでも黙ったままで時間を過ごす事はしたくはない。だから、キッドは言葉を要求する。

「・・・どうして、お前がこんなことをしている?」

犯罪を嫌う偽善者のようなお前がと、付けられ、ぎゅっと胸が締め付けられるような思いがした。

確かに、自分がしていることは良い事ではない。自分の領域に踏み込む邪魔な物でしかないだろう。

「だが、俺は俺の信念のもと、動いているのは事実だ。何より、犯罪が減る事に関しては、それが俺の出来ることだからな。」

この先もこのまま続けると言う新一。キッドとしては、明らかに傷ついていながらそれを隠す新一の心が心配でならなかった。

「では。いつまでもお互いばらばらなのは、この先きっとよろしくないでしょう。」

差し出される手。

「今日から、貴方がそのつもりならば、私と手を組みませんか?」

自分を闇から救ってくれた光が弱まるのなら、今度は自分が手を差し出し、助けてあげたい。

そして、はやくこの思いを伝え、どちらにしても新一には辛い思いで傷つくよりも、笑顔で幸せになってほしい。

「断る。得体の知れない泥棒とつるむつもりなんかない。」

確かにそうだが、新一なら自分のことをわかってくれているから、そんな事を言われて少しショックを覚えた。

「しかし、私としては、これ以上舞台の邪魔をされるのは困りますしね。」

それはわかっている。こいつの魔法は本物だ。父親と同じ、本物の魔法使い。

人に夢や幻、笑顔を与える魔法使い。

どんなに闇が迫り来ようとも、彼は華やかな舞台に立っているかのように、幻でそこに舞台があるかのように見せ、人々を驚かす魔法使い。

かつてはそんな彼の父親に憧れ、恋心を懐いていた。

亡くなった時はとても悲しかったが、前日に言われた言葉が支えとなっていた。

もし、出会うのなら、自分の息子と仲良くしてほしいと。

自分と同じで一人になる事が多いという彼の息子。最初は興味だけで、あの人がいったから仲良くしてみよかなと思ったが、今は違う。

彼の魔法に自分は囚われた。この魔法を見れなくなるのは嫌だと思った。

あの人のように、自分の前からまた魔法使いがいなくなるのだけは嫌だった。

せっかく、魔法使いを見つけたのに。いつしか、好きになっていたのに。

そして、誓い、決めた。支えとなり、彼を生かすように回りを動かそうと。

だから、元から手をとるつもりはない。

彼には幼馴染がいる。大事な幼馴染が。

かつて自分にもいたが、今はただの幼馴染。恋ではないと気付き、お互いの気持ちを言って今に至る。

だが、彼にはちゃんと大切な人がいる。終わらせて帰る場所がある。だから、これ以上近くに行ってはいけないと思う。

離れられなくなってしまうから。

それなのに。あいつはそれでも手を組もうと手を差し出す。

否定の言葉はまったく聞こうとしない。

そしてとうとう、俺は折れた。あまりにもしつこい事と、これ以上自分は彼を拒み続ける事は出来なかったから。

「今日から俺はお前の共犯者だよ。」

「楽しみですね。名探偵と一緒にいるのは、楽しいですから。」

「勝手に言ってろ。馬鹿野郎。」

それで去るつもりだったが、何故か腕をつかまれて、目の前でどろんと忍者のように白い衣装を脱ぎ、何処にでもいるような青年になった。

「・・・馬鹿だろ、お前。」

「やだなぁ。そんなこといわないでよ。共犯者なんだから、これからよろしくしようかなってね。」

名前は黒羽快斗だよと、丁寧にどんな漢字で書くのかまで説明しやがる。

自らいくら共犯者となると言っても、いきなり正体を教える怪盗がどこにいる?!それも、探偵の前で!

まったく、馬鹿としかいいようがない。馬鹿以外の何者でもない!

天才と馬鹿は紙一重というが、まさにこいつの為にあるような言葉だ。間違ってない。

「それで、新一〜。」

「・・・気安く呼ぶな。」

「え〜。あ、俺のことは快斗って呼んでね。」

「知らん。」

何故か、帰る間ずっと左右や背後にひょいこひょこ動いて話しかける奴。

確かに、昔もこんなに明るい奴だったが、怪盗キッドのイメージのせいで、すっかりわすれていたし、何よりこんなのがあの気障な怪盗だとは思いたくはない。

どこかで、間違ったのだろうか。

共犯者という位置を拒むのが正しい正解だったのだろうか?

はぁとため息一つで中に入る。しっかりとあのこそ泥も入ってきやがる。

まぁ、閉め出しても勝手に入ってくるような奴だ。今更だ。

明日、お隣に何を言われるかなぁと、明日が来なければと願ってしまう新一だった。

 

 


そんな新一はまだ気付いていない。

あの好きになった怪盗もまた新一が好きであるということを。

幼馴染はあくまで幼馴染で、本当に好きなのは新一なのだ。

好きだからこそ、こんなにも浮かれている怪盗。

お隣の少女はしっかりと気付いたが、生憎鈍い彼はまだ気付いていない様子である。

「さっさて、くっついちゃえばいいのにね・・・。鬱陶しいわ。」

とくに、泥棒君は新一が事件で取られるとよく来るようになった。

さて。彼等はいったいいつ、両思いだということに気付くのか・・・?






     戻る