EXIST 「…駄目」 「へ?」 「そんなの絶対に駄目なんだからねっっ!!」 夕刻。 今日は呼び出しもなかったので学校から真っ直ぐに家に帰って来た新一は、玄関のドアを開けるなり意味不明な事を叫ばれて快斗に抱きつかれてしまった。 ぎゅうぎゅうと抱き締められる腕の力は強く、新一はその痛みにちょっと顔を顰める。 「快斗?」 一体何があったと言うのか。 快斗がこうして出迎えてくれるのは珍しい事ではなかったが、それにしては今日は何だか様子がおかしい。 この処要請だったり、補習だったりで忙しく、あまり構ってやらなかったからだろうかとも考えたが、どうやら違うらしい。 俺って新一馬鹿だし〜♪なんて言って憚らない快斗は、時折、その愛情が暴走して突飛な事をする時がある(この場合新一も快斗に同じような事を思われているのだが、本人のみそれを知らない(笑))から今回もそれかと思ったのだが、それにしては先程一瞬だけ垣間見た快斗の表情が何だか切羽詰まっていた気がするのだ。 これがいつもの暴走の方なら良いが、もしも快斗の身に何かあったのだとしたら? 夜を駆ける姿が危険を孕んでいる事を知っている新一は、よもやと心配になって快斗の様子を伺おうとしたが、当の快斗の頭は新一の肩に押しつけられていて見る事が出来なかった。 「…新一」 「ど、どうした?何があったんだ?」 小さく首を振りながら、快斗の頭がますますゴシと押し付けられて。 柔らかい猫毛が新一の頬に触れる。 それをくすぐったく思う以前に、その仕種に新一の不安は増してゆく。 だってそれは快斗が不安定になった時に見せる姿だったからだ。 本当に。 一体何があったのだろう? 「…快斗?」 「俺は絶対に新一を離さないからっっ!!」 それは幾度となく快斗の口から語られた事のある科白。 声と同時に回された腕に力が込められる。 ぎゅう、と強く。 これは…察するに誰かに何か言われでもしたとか? 新一は咄嗟に快斗の級友でもある探偵の姿を思い浮かべたものの、彼の言葉くらいで快斗がここまで動揺するとは考えられないと首を振る。無論、万が一にも原因があの男であれば、ちゃんと報いは受けてもらうつもりではあるが。←怖いです新一さん ともあれ今の問題はこの状況だろう。 こんな風に快斗に抱き締められているのは嫌ではないが、ここは玄関である。 話を聞いてやるにせよ落ち着いてからの方が良いと判断して、新一は快斗の頭を宥める様にぽふぽふと撫でた。 「快斗?とにかく中へ入ろう。俺は何処にも行かないから」 できるだけ静かに語りかける。 実は先程から一向に緩む気配のない快斗の腕の力が、少し苦しかったりもする。 けれどここで無理に手を離させれば逆効果になるかも知れないと、痛みに堪えているのである。 「……ほんと?」 快斗が身じろぐ。 と、同時に締め付けがきつくなる。 「…っ…、ああ」 「ほんとにほんと?」 更に、きつく。 「本当に本当…だか…らっ」 念を押して来るのは良いが、そのまま勢いに任せて締め付けてくる凄まじい快斗の力に、新一は目の前が霞んでくるのを感じた。 ドサリと肩に掛けていたリュックが落ちる。 「えっ、新一?」 「こ、のっ…馬鹿っ…」 見えたのは快斗の焦った様な顔。 ああ、そんな顔させたかった訳じゃないのに…と無意識に手を伸ばそうとしたものの、新一の意識はそこで途絶えてしまった。 「…で?一体何があったんだ?」 あの後、慌てた快斗に部屋まで運ばれたのだろう。 新一が目を覚ましたのは自分のベッドの中だった。 えぐえぐとベッドの横で新一を覗き込みながら泣いている快斗の顔を見て、新一は嫌でも状況を思い出してしまった。 …そっか、俺、こいつに締め殺されかけたんだっけ? ついつい起き抜けにそう呟いてしまって、快斗に情けない顔で泣き縋られたのは先程の事。 それを宥めるのにまた時間を費やして。 漸く話ができる様になった時には、新一が帰って来てから2時間も経ってしまっていた。 「だ、大丈夫?」 横になっていては話がし難いと身体を起こす新一にすかさず快斗が手を差し出すが、それより話が先だと言えば途端に快斗の顔が暗くなった。 「…………」 促しても何も喋ろうとしない快斗に、先に堪え切れなくなったのは新一の方だった。 「あ〜、もうっっ!!言いたい事があるならさっさと言っちまえっっ!!」 新一としては快斗にこんな顔はさせたくないのだ。 しかもそれが自分の所為だと言うのなら尚更。 「…うん…」 「うんじゃないだろ?そもそもいきなり駄目だとか何とか……一体何が駄目なんだ?」 ドアを開けた瞬間に叫ばれた言葉を思い返す。 それに快斗はハッと顔を上げた。 「そ、そうだ新一っっ。駄目なんだっっ!!」 「……だから何が駄目なんだよ?」 「だって新一は俺ので…だから離れるのは駄目で…でも新一は……うわぁぁぁっっ、そんなの駄目っっ絶対に駄目っっ!!」 「?」 「はっ、そうだっっ!!それならいっその事新一を攫っちゃえば……そしたらずっと一緒で……」 「ちょっと…ちょっと待てっ。お前また何を訳の解らない事を…」 「大丈夫、今はあんまり物は置いてないけどちゃんと新一の好みに改造するし!!」 改造?改装じゃなくて? ってか、隠れ家…の事だよな? それに攫うって… なんだか突っ込み処満載な感じである。 とりあえず解ったのは、このままではヤバいと言う事くらいだろうか(笑)。 普通なら一笑に付してしまう様な妄想も、快斗であれば実行できてしまう。それだけの頭脳と行動力を快斗は持っているのだから。 「快斗。頼むから落ち着け」 「だって落ち着いてたら新一がいなくなっちゃうかもっ!!…そんな事になったら…………いや、そんな事になんてさせるもんか。俺と新一の仲を邪魔する奴は……それが誰であっても容赦は…」 どうやら考えが物騒な方に進んだらしい。 ふふふふふ…と笑い出した快斗に、新一は冷静な突っ込みを入れてみた。 「お前。それ灰原の前で言えるか?」 「……………」 途端に、ビクリと震える肩。 「どうなんだ?」 「…い、言える…」 言い切りはしたが、声が震えている時点で説得力はなかった。 そんな快斗の様子に新一は、これなら大丈夫と内心安堵する。 本気の快斗であれば相手が例え哀だとて気にはしないだろうから。 本当の本気になった快斗であれば新一を閉じ込める事だってできるだろう。それこそ誰にも見つからないくらいに完璧に隠してしまう事だって可能な筈。 いつだって新一を独占したいと言って憚らない快斗だけれど、実際にそれを実行に移さないのは全ては新一の為。 そんな事をすれば新一が新一では無くなってしまうから。 それ程までの激情だ。 だが、そんな快斗の狂恋を、疎む処か喜んでいる自分がいる事を新一は知っている。 新一だって、同じ様な事を快斗に思った事があるからだ。 常に命の危険に晒される快斗を、閉じ込めてしまいたいと思ったのは1度や2度ではない。そしてそれをしないのも快斗が快斗であって欲しいから。 つまりは同じ様な事を二人して考えているのである。 全く似た者同志で厄介ね。 新一と快斗を知る隣家の少女は、そう言って呆れたものだ。 …まぁ。 だからこそ今の快斗がただ何らかの理由で暴走しつつあるだけなのだと、気付く事が出来たのだが。 …レベル3ってとこか?←どうやら暴走レベルらしい(笑) 「ふぅん?じゃあ、灰原呼んでみようか…」 すちゃっ、と携帯電話を取り出せば。 ピポパと短縮ボタンを押し切る前に、新一の手から携帯電話は消えてしまった。 見れば幾分青い顔をした快斗が新一の携帯電話を握り締めている。 「…返せよ」 「嫌〜〜〜っ。だってこれ返したら新一、哀ちゃん呼ぶでしょ?」 「別に気にしねぇんだろ?」 「…う……」 「じゃあ、灰原呼ばないでいてやるから、お前が暴走した原因を話せ」 携帯電話はただの囮。 本当の目的はこっちである。 まんまと目的を達した新一に、快斗は観念(?)したのか事の次第をボソボソと話し出した。 「……快斗」 「はっ、はいっ!!」 先程暴走しかけた人間とは思えないくらいに素直な返事である(笑)。 激情(笑)のまま説明を始めた快斗であったが、その説明の途中からの新一の表情が変化してゆく様子から、どうやら自分の勘違いを悟ったらしい。 「きっとまだ玄関に俺のリュックが落ちてるだろうからとって来てくれ」 「了解っっ!!」 流石にここでマジックで消えるなんて事はせずに、バタバタと慌てて階下に駆け下りた快斗は、再びバタバタと足音をたてながら戻って来た。 リュックを受け取った新一は、むっつりとした表情(とてつもなく怖い)を隠そうともせず、中から封筒を取り出した。 「…ほら」 「?」 「中、見てみろよ」 言われるままに中身を取り出した快斗は、驚きに目を見開いた。 「新一…これって…」 「お互い最近忙しかっただろ。で、ここらでちょっとのんびりしてみるのも良いかと思って…その……快斗を吃驚させ様と思ってたから黙ってたんだけど……その事で快斗を不安にさせるつもりはなかったんだ…」 だから、考えてみたら俺が悪かったんだ。 怒る筋合いじゃないよな。 ごめん、と謝る新一を、快斗は慌てて抱き締めた。 「新一っ、俺だって悪かったんだ…。新一がいない時に旅行会社から確認の電話が掛かってきて…聞いてなかったから誤解しちゃって……」 「馬鹿。俺がお前以外と何処に行くんだよ」 「…うん」 快斗と違ってあまり出掛けない新一が、わざわざ旅行の手配をしてくれたのはきっと快斗の為。 忙しくて構えなかった事を気にしての事だろうと思う。 「旅行だって…快斗が一緒じゃななかったら行きたいなんて思わないんだからな」 「うん、解ってる。…でも、だったらどうして教えてくれなかったの?そしたらこんな誤解しなくても良かったのに」 今回の事はそれが原因でもあったから快斗が聞けば、新一は困った様な顔をして… 「だって。いつもお前に驚かされっぱなしだから。だから…たまにはって…」 驚かせるのはマジシャンだけとは限ってないんだからなっ!! そう言って赤くなってしまったのは、照れてしまったからだろう。 自分でもらしくない事をしたと言う自覚があるだけに、顔の火照りが押さえられなくて新一は下を向いてしまう。 けれど首筋までもが赤く染まっているから、隠している意味はなかった(笑)。 「新一っ〜〜〜〜vvああもうっ、俺だって新一にはいつも驚かされてるんだってば!!」 マジシャンを驚かせるなんて、新一ってば本当にびっくり箱みたいなんだからっっ。 新一がくれるのは、いつも不意打ちの様な幸せで。 その度に快斗はKO(ノックアウト)状態だ。 「…一緒に行って…くれるか?」 「勿論〜♪言ったでしょ、俺は新一を離さないって♪」 「そっか…良かった」 ほっとしたと顔を上げた新一が見せた笑顔に。 快斗はメロメロになって新一を再びベッドの上に押し倒した。 「新一〜〜〜〜〜vv」 「わっ…、こらっ(汗)」 感極まって肩に顔を埋めてくる快斗に、くすぐったいと身を捩り。 ひとしきり戯れあって。 やがて二人の吐息は一つに重なった。 「新一、酷い〜〜〜〜〜〜(泣)」 「俺はびっくり箱だって言ったのはお前だろ?だからちょっとした悪戯だ♪」 浮かれ気分で二人で向かった旅館だったが、夕食に出された料理には新鮮な刺身の舟盛りがついていた(笑)。 どうやら先の誤解に悪かったとは思ったものの、やはり疑われた事に関しては多少なりとお怒りだったらしい。 部屋の隅で、アレを視界に入れない様に身を縮める快斗の横で。 新一はお腹一杯海の幸を満喫した(笑)。 無論、その悪戯に関してはその後ちゃんとお返し(?)をされた為、一泊の筈が連泊せざるをえなくなったのはちょっとしたご愛嬌と言うやつである(笑)。 END. 暴走快斗さんを書こうとして敢え無く撃沈。 |