新年ともなればあちらこちらで浮かれている人間がいるものだが、これは一体何だろう?
新一は自分の目の前で鼻歌まじりで作業を進める怪盗に溜め息を吐いた。
正月、1月1日の夜にいきなり「明けましておめでとうございます〜」などとやって来た怪盗に。
こいつの行動の突飛さには大概慣れたつもりだったんだけどなぁ、と遠い目をしながら。
「…なぁ、KID。随分楽しそうだな」
「あ、解りますか〜?」
ええ、そりゃあ解りますとも。
それだけウキウキとされていれば誰だって。
そう思ったものの、新一はその事に大しての突っ込みは避けた。先に確認しておきたい事があったからである。
「…で。何をするつもりだ?」
さっきからずっと気になっていたもの。
KIDが先刻から熱心に準備をしているのはデジタルカメラ。いわゆるデジカメと言うものだ。しかもちらりと見えたそれは最近流行りの手ぶれ防止機能付きのやつらしい。←さり気にチェック?
しかもメモリーを2枚も用意していあるあたり、一体何をどれだけ撮るつもりだと問い質したい。
「あ、知りたいですか?」
「是非とも」
「どうしましょうかねぇ〜♪」
「………あのな。お前…酒でも飲んでるのか?」
「いえ。飲んではいませんが?」
「…なら…」
どうして完全にキャラが違っているんだとばかりに新一は怪盗の額に手を伸ばす。
無論、熱はないか確かめる為である。
「残念ながら熱はありませんよ?」
名探偵から触っていただけるのは至極光栄なんですけれどね。
言いながらKIDは新一の手をやんわりと外させた。
確かに触れた場所は熱くも何ともなかった。
否、どちらかと言えば冷たかった。
だからこそ怪盗は新一の手を外させたのだろうが…←新一の手が冷たくなるかららしい
こいつ何時から待ってたんだ?と新一は微妙に眉を寄せる。
一人暮らしである新一であるから年始だとは言えおせち料理などの正月準備をしている筈もなく、それ処か年末までの呼び出しの多さに部屋に積みっ放しになっていた本を寝正月とばかりに読みふける始末。
だからつい先程までそんな状態を見越していたのであろう隣家の少女に、強制的に引きずられて夕食を御馳走になっていたのである。
や、確かに宮野の料理は美味しかったんだけど。…でも博士の健康を考えてか少し薄味なんだよな〜。俺的にはもうちょっと濃い味付けでも……って違うだろうが!
ついつい流れてしまった思考に、新一は慌てて修正を入れた。
「どうしました?」
「べっ、別にっ。それより理由っ!!」
自分を長時間待っていたであろう怪盗に申し訳なく思ってしまったとは恥ずかしくて言えず、新一は質問を戻す事で誤魔化してしまう。
それを不思議そうに見ながらも、確かに話の続きでもあったから怪盗は説明を始めた。
「用意したこのデジカメで名探偵と一緒の写真を撮らせていただこうと思いまして」
「…写真?」
何がそんなに嬉しいのか満面の笑みで手の中のデジカメを掲げてみせるKIDに、新一は言葉は余計に意味が解らなくなってしまった。
「んなもん撮ってどうするんだ?…まさか、俺の写真撮って夜な夜な踏み付ける気だとか?」
「……貴方はいつのお生まれですかっっ、隠れキリシタンじゃあるまいに!!」
「違うのか?」
「違いますっっ!!誰がそんな勿体無い事をっっ!!そんな事をするくらいなら…」
「するくらいなら?」
「……壁に貼って……はっ」
…言えない。
壁に貼って、おはようのキス、行ってきますのキス、ただいまのキス、お休みのキスをしたいなどとは!
絶対に変な奴だと思われてしまうに決まっている。←今更?(笑)
「壁?」
「…いえ、なんでもありません。ともかくそんな真似をするつもりはありません」
「じゃあどうして…」
「お解りになりませんか?ヒントは七福神です」
知っていらっしゃいますか?と聞いてくるKIDに、新一は首を傾げながらも頷いた。
「……それくらいは知ってるけど…」
「七福神は大黒天・恵比寿神・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋和尚からなり、昔から商売繁盛、家内安全、不老長寿など
さまざな願いを叶える霊験あらたかな神として人々の信仰を集めています。最近では幸運を呼び込む福の神として有名ですね」
「おう」
機嫌よくKIDは言うけれど。
はっきり言って新一には意味が解らなかった。
「でも御存じですか?正月二日に七福神が乗る宝船の絵を枕の下に敷いて寝ると、縁起のよい初夢が見られると言われているんですよ?」
「ああ、そう言えば聞いた事あるな」
「でしょう?」
「でも、それとお前がここに来たのと何の関係があるんだ?」
確かにどうせ見るのなら良い夢が望ましいのだろうが、一体それの何処が自分と関係があるのか解らなくて新一は聞いてみた。
純粋な疑問からである。
が、その新一の言葉を聞いた瞬間怪盗の肩が盛大に落ちた(笑)。
「……名探偵、それって本気で聞いてます?」
「おう、はっきりきっぱり本気だ」
言い切る新一に、怪盗は滂沱の涙を流した。
どうしてここまで言って解らないんだ?
思いきり首の処を掴んで揺すぶりたい衝動にかられてしまう。
が、この鈍さが新一なのである。
怪盗は、こうなったら何が何でも目的を果たしてやると心に決めた。
「…名探偵!!私は貴方と一緒に映っている写真を一緒に枕の下に置いて寝て、素敵な初夢を見たいんです!!」
「逮捕の瞬間の?」
「違います〜〜〜っっ!!(泣)」
お願いですから真面目に聞いて下さい〜(泣)
涙目で頼んでくる怪盗に苦笑する。
別に新一にしても遊んでいる訳ではなくて、ただ単にそう思ったから聞いてみただけなのである。
「で?」
先を促すが、そのあまりにも真剣な表情に何となく面白くないものを感じてしまった。
たかが写真が、自分との会話よりも優先させられると言う事に。
…あれ?
なんでだ腹が立つんだ?と疑問に思うものの、段々とムカついてきているのは確かで。
「…………」
「私はこれに賭けてるんですっっ!」
「……へぇ?例えばどんな事を?」
新一の声がどんどん低くなってゆく。
が、そんな事態を必死な怪盗は気付いてはいなかった。
「勿論!私と名探偵の夢に決まってるじゃないですか〜〜!」
「ふぅん?」
「ふぅんって…それだけですか〜〜〜?(泣)」
「煩いっ!!」
どんどん不機嫌になっていって。
ついには爆発してしまった新一に、怪盗は思いきり蹴り倒された。
「……め、名探偵…どうしてそんなに怒って…るんですか?」
伏せたままの姿勢(起き上がれないから)で訳が解らないとばかりに怪盗が聞いて来るが、新一はその理由を教えやるつもりはなかった。
「知るかっ!」
足音も荒く歩き出す。
その足を、KIDははっしと掴んだ。
「どこ行くんですか、名探偵っっ!」
「どこって…とりあえず下だろ」
咽も乾いた事だしコーヒーでも飲むかな。
「私を置いて?」
「…お前は夢の中の俺と勝手に仲良くしてれば良いだろうがっ!」
写真の方が良いみたいだし?
「そ、そんな…」
言いながら怪盗は新一にしがみつく。
それを引き剥がして(貫一お宮?(笑)←古い)。
新一は後ろを振り向きもせず部屋を出て行った。
「…ったく。あんな絵や写真に頼るくらいなら本人に直接頼めば良いだろうがっ!」
まぁ、叶えてやれるかは知らねぇけど添い寝くらいならしてやったのに?←深い意味無し(笑)
階段を下りる新一が。
そう呟いたが、KIDに聞こえる筈もなく。
KIDは一人寂しく残された新一の部屋で涙を流し続けた。
「名探偵〜〜(泣)」
夢なんかに頼らなくとも。
幸せは案外すぐ側に転がっていたりするのである。
後は本人の努力次第…なのだが。
KIDが気付くのはまだ先の事らしい。
ともあれ、大怪盗と名探偵の正月はそうして過ぎていった。
END.
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