よし、と決意したのは日付けの変わる10分程前。 こんな事はきっかけでもない限り言えそうもないから、考えてみれば丁度良いかも知れない。 日付けが変わったら切り出そう。 新一はテレビに視線を合わせたまま、快斗に見えない様にそっと拳を握りその時を待っていた。 ドキドキと高鳴る鼓動を必死になって押さえ付けながら。 「…新一、どうかした?」 「えっ?…やっ、な、なんでもないっ」 不意に声をかけられて新一は飛び上がった。 どうやら先程からの新一の様子は、新一の事ならばどんな些細な事ですら見すごせないとまで言い切る快斗にはバレバレだったみたいで、少し心配そうに顔を覗き込んでくる。 失敗したっっ!! そう新一は思った。 問い掛けが突然だったので、動揺がそのまま出てしまった。 これでは何かあったと言っている様なものである。 「もしかして風邪?」 新一が少し顔を赤くしている事からそう結論付けたのか、焦った様に快斗の手が額に伸ばされる。 ひたり、と添えられた手の感触に、あ、気持ち良いかも…なんて、ついつい思ってしまった新一だったが、次の瞬間そんな場合じゃなかったのだと思い直す様にぶんぶんと頭を振った。 「新一っっ?駄目だよっっ、熱があるのにそんなに頭なんか振っちゃ!!」 悲鳴の様に快斗が叫ぶ。 そんな快斗から、ちょっとだけ身を離して新一は恨めしそうに快斗を見た。 「…誰が風邪だよ」 「え?…だって、新一の顔赤いし……額だって熱かったし…」 「そ、それは…」 「それは?」 カアッ、と顔に熱が集中してゆくのが解る。 馬鹿野郎っっ、何が額だっっ。 熱いのは顔中だっっ。 なんで気付かねぇんだよっっ。 俺がこんなになってんのにっっ。 恥ずかしさから新一は思いっきり悪態を吐くのだが、残念ながら(興奮し過ぎて?)声にはならなかったらしい。口をぱくぱくとさせただけに終わり、それを見た快斗はますます不思議そうに首を傾げた。 「…だから」 「だから?」 「だから、だな…」 「うん」 …何だか一向に話が進んでいない気がする。 そう気が付いたのは何度かこんなやり取りを繰り返した後の事で、こんな事をしてる場合じゃないだよっと新一は快斗の肩をがっしと掴んだ。 ちらりと見れば、時計の針は既に11時59分。 時間がない。 「か、快斗っ!俺っ…す…」 「す?」 あと、1分。 そんな文字だけが新一の頭の中をぐるぐると回っている。 「ああもうっっ!!これくらい解りやがれっっ!!」 言葉では埒があかないと、新一は快斗に抱きついた。 快斗の肩に顔を押し付けて、小さな……本当に小さな声で。 「……好き…だから……」と告げる。 すると、快斗が息を飲んだのが解った。 別にこの言葉自体を言った事がない訳じゃない。 新一と快斗が恋人と呼ばれる関係になってからも何度となく口にしている(新一の場合はいつも盛大に照れるか、無意識(笑)の内ではあったが。) だから、今、敢えて新一がこうやって口にしたのは違う意味を含んでの事だったのだが……果たして快斗は気付いてくれただろうか? 「……………」 無言な快斗に、新一の表情に不安が浮かぶ。 無理、だったのかと。 カチリ。 時計の針がぴったりと重なり、背後のテレビからは先程までの静けさとはうって変わって賑やかな声が流れている。 「快斗?」 「…うん」 そっと顔を上げた新一の頬に、快斗のそれが寄せられる。 同時に。 抱き止めた時に回されたままだった腕に力が込められた。 「新一。…明けましておめでとう」 「……おめでと。………快斗……その…」 まずは新しくなった年の挨拶とばかりに告げられたから新一も返す。けれど言いたいのはそんな事じゃなくて… 「解ってる。…って言うか解った。それが新一からの目一杯の『お誘い』だって言うのは」 「……………」 「ちょっと嬉し過ぎて固まってた♪」 「……………」 嬉しそうな声。 それと同時に耳もとで快斗が囁いた。 「でも…どうせならこうやって耳もとで囁いて欲しかったな。……新一、好きだよ」 熱い吐息。 赤くなったままの耳に低音が流し込まれる。 「………ぅ…」 どうやら新一の目的は達せられたらしい。 それは理解できたのだが、快斗の言葉に今度は新一が動けなくなった。 快斗はいつもあらゆる手管(笑)を使って新一をその気にさせるのだが、そんな快斗と同じ事を新一ができる訳がない。 今だって、散々悩みに悩み、動揺しまくった挙げ句なのである。 …絶対に、無理だ。 顔色を無くした新一に、今度は快斗が焦り出す。 「え?……もしかして…違った?」 てっきりそうだと思ったのにもしかして間違った?と快斗が聞いてくるのに、新一は慌てて首を振った。 「や、違っ……じゃなくて…そのっ…」 「俺、てっきり…」 「合ってるからっ」 「新一が…」 「だから間違ってないっ。俺はお前に…その…言いたくて……いつもお前からばかりだし、たまにはって……でも、何かきっかけでもないと中々言えないから、それで……12時になったらって決めて…」 言っている内に感情が高ぶってきて最早何が言いたいのかも解らなくなってぐちゃぐちゃになってしまったが、幸いにして快斗には伝わったみたいで、うん、と声が返ってきた。 それで、漸く力が抜ける。 快斗もそれは同じだったらしく、暫し二人して無言になってしまった。 「……………」 「……………」 全く。 何をやっているのだろうか。 元はと言えば新一がたまには自分から快斗を誘ってみようと決心した事に端を発するのだが、何度も頭の中で展開を考えたにも関わらず実際には上手くいかなくて挙げ句には二人でワタワタとしているだけで。 新年早々から一体何をやっているのかと、隣家の少女が見ればきっと思いきり呆れた事だろう。 けれどそんな事でさえ、互いが互いを想いあっているからなのだと考えれば嬉しくて。 新一と快斗は顔を見合わせてついつい吹き出してしまった。 「…新一。今更だけど…もう1回やり直しても良いかな?」 「……おう」 このままじゃ雰囲気も何もないしね? そう快斗が言えば。 新一も、ちょっと顔を赤くして頷いて。 そうしてから、 新一は広げられた腕に倒れ込んだ。
後になって。 新年早々からこんなに幸せで良いのかな〜などと愛しい温もりを散々堪能した快斗は嬉しそうに相好を崩したが、くったりと起き上がる事も出来ない新一もまた(身体のダルさを覗けば)同じ気持ちだったので何も言わなかった。 一年の計は元旦にありと言うけれど、一年の初めから馬鹿っぷるならやっぱり年中そうなってしまうのかしら? 昼をかなり過ぎてから新年の挨拶を訪れた新一と快斗に、哀はそう言って大きく溜め息を吐いた。
END.
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