「こんばんは、名探偵。」

 

月が綺麗な夜

今日も、白い怪盗が姿を見せた

 

 

 

 

闇夜に映る夢現

 

 

 

 

最近、毎夜姿を見せる怪盗。最初は仕事の日だけだったのに、今ではほとんど一定の時刻になれば、このベランダの窓から怪盗が姿を見せる。

最初は何がしたいのかと警戒していたが、今では長い間一緒にいた友人のように、側にいるのが一番落ち着けるようになった。

毎晩、何をするということもなく、ただ怪盗は来て新一に構って、話しをして朝が来る前に帰っていくだけ。

何が目的なのかは知らないが、嘘偽りで固められた怪盗に惹かれているのは事実で、今だけはその隣にある温もりにすがる。

でも、新一自身は本心を告げない。そして去ってしまったら嫌だったから。

「お前、暇なのか?」

「そんなことはありませんよ。」

「じゃ、来るなよ。」

「私がただ、名探偵に会いたいと思うからなのですが、迷惑ですか?」

「別に・・・。」

つい、素っ気無い言葉を発する。やはり、素直になれない自分。

怪盗は、珈琲を入れますねと、慣れたように部屋から出てキッチンへと向かう。

出て行ったあとに、新一はため息をつく。

怪盗の珈琲は美味しい。でも、ちゃんとありがとうも美味しいも言ったことはない。

だから、いつも美味しいですかと聞かれても、黙ったままか、飲めなくないという答え。

その度に、少し悲しそうで複雑そうな顔をしているのを知っている。

でも、新一も臆病な人間なのだ。言ってしまえば、なくなってしまいそうで。

闇夜に唯一光を放つ月が、雲に隠れて消えてしまうように。

「どうか、されたのですか?」

目の前に温かい湯気をたてて、いい香のする珈琲のカップが現れ、心配そうに見てくる怪盗の顔がそこにあった。

思考に耽っている間に、戻ってきたようだ。

つくづく、気配に慣れて感じなくなってきたなと思って、辛い。

「別に、なんでもねーよ。」

カップを受け取って、それに口をつける。

少しだけ砂糖とミルクが入っている。それは、夜ということと、疲れているということに対する配慮。

それに、あまり濃いものを夜に飲めば、またお隣に言われるということを知っているから。

「食べませんか?」

持ってきたんですと、相変わらず種のわからないマジックで新一の前に出した怪盗。

それはとてもおいしそうな香ばしい匂いをするもの。

「中はベーコンときのこのクリームシチューが入っているんですよ。」

夕食を食べていないということで、と、ばれている事を言われて、図星で何も言わずにそれを手に取る。

パイ生地で中にシチューが入っている。全てこの怪盗のお手製。

少し肌寒い今日には、そのシチューの温かさがおいしい。

夜食には少し向かないかもしれないが。

一つを食べると、またおいしかったですかと聞いてくる。

それに、「ああ」と答え、珈琲をすぐに口にする。

口直しのように怪盗は見えて、少し悲しそうにしているが、新一からは何も言わない。

曖昧で危ういこの関係が、崩れてしまいそうだから。

それからしばらくして、怪盗が新一に尋ねる。

「名探偵。」

「なんだ。」

「いつになったら、答えをいただけますか?」

「何のだ?」

しらばっくれてみる。答えたら、駄目になりそうで、いまだに答えられない。

だって、それが本当なのか新一にはわからないから。

怪盗という存在は、それだけ曖昧で嘘偽りだらけの存在だから。

「私は名探偵が好きです。名探偵の、答えは?」

もう、半年も言い続けてきた。だが、一向に新一は答える気がないのか、何も言わない。

嫌われていないとは思う。最初に比べると、受け入れられていると思う。

だから、それを感じるたびに何度も頑張ろうと思うが、そろそろ限界である。

今日のように、もし口にあわないのなら、はっきりそう言ってほしい。

「名探偵は、私のことがお嫌いですか?」

「・・・。」

「・・・名探偵。」

「知らない。」

知らないとしか答えられない。

好きだと言えば、消えてなくならないのか?

好きだと言って、消えてなくなるのなら、言いたくない。臆病だと言われても。

「嫌いなら、嫌いだと、はっきり答えていただけませんか?」

「・・・なら、嫌いと言えばお前はどうするつもりなんだ?」

「それは・・・。」

怪盗だって、嫌いと言われても、落ち込むが諦められるような思いではないことは本人が一番わかっている。

まっすぐ怪盗を見るその目を見れば、いつも自分だけを今のように映してほしいと思って、輝きを奪うような行為に走ってしまいかねない。

好いていてほしい。けれど、それが相手にとっては邪魔な感情であることだってある。

「何をするか、それは私にもわかりません。・・・嫌われて喜ぶ人間なんていないでしょう?」

「・・・どうだかな。」

嫌いといわれて、何をするかわからない。でも、好きといっても同じで、怪盗がどう動くか新一にはわからない。

「もうすぐ朝だ。帰れよ。」

「しかし・・・。」

「迷惑だ。帰れ。」

迷惑という言葉が、怪盗には嫌いだと言われるものと同じに思えた。

「そ・・・うですか・・・。では、今日限りで、ここには来ません。」

お時間をつかわせて、すみませんでしたと怪盗は言い、まだ暗い空へ消えていった。

消えていったあと、もうここには来ないと言う言葉で新一の方も放心状態だった。

嘘だろうと。いつもなら、そう言ってもそんなことは言わなかったのに。

やはり、必ずくると思って甘えてしまっていたのかもしれない。

「あいつの言うとおり、嫌われて喜ぶ人間はいないよな・・・。」

自分が彼を嫌いだと思われたのかもしれない。

だけど、どこかで明日も来るのではないかと期待した。

でも、怪盗はその日から姿をみせることはなかった。

 

 

 

 

「工藤君。」

「あ、志保。」

最近姿を見せなくなった怪盗。どこかぼんやりとする新一に心配してしまう。

あれだけわかりやすく好きだと態度で示していた彼なのに、怪盗も怪盗で毎夜毎夜現れる前は、ベランダから様子を伺っていたのを知っていたので、あとは本人達次第だと思っていたのに。

知らない間に二人の間に距離が出来ていた。

「ちゃんと、食べてちょうだい。」

そんなだから、学校で貧血で倒れたなんて電話がかかってくるのよと、呆れながらも心配する志保。

怪盗が姿をみせなくなってから、すでに10日が経っていた。

あれから新一はもしかしたら忙しいのかもしれないと、希望を少しだけ持って、部屋で起きて待っていた。

だけど、怪盗は来る事はなかった。それから新一は食事を抜いてしまうことがまた増えた。

前は、倒れたと情報を手に入れたら志保だけでなく怪盗にまで怒られて、気にするようになったのだ。

何より、夕食として、いつも怪盗は何か持ってくるので、一日が珈琲だけという日は確実になくなった。

何気に朝ご飯をテーブルに用意して帰る日もあったし、心配させたくないという事で気をつけていた。

だが、怪盗が姿をみせなくなってから、どっかぼんやりとしはじめた新一。

学校や現場ではいつもの新一らしく振舞っているが、一人のときはただそこにいるだけの状態。

そして今日も、怪盗が来るのではないかと待っている。

志保が何を言っても、新一が変わらないのはわかっている。

何も出来ない自分が悔しくてしょうがない。それと同時に、姿を見せなくなった怪盗が憎くてしょうがない。

「何をやっているのよ、あの馬鹿は。」

気に入らない。でも、新一が幸せならと彼の存在を認めていたというのに。

志保は家に戻り、パソコンを立ち上げる。

調べて正体を突き止めてみせると決めて。そして、怒鳴りに行こうと。

新一はきっと知らないし、知ろうともしない。だから、ただ待つだけだろう。

志保が調べている最中、工藤邸の庭の木に降り立つ白い影があった。

「大丈夫そうで、良かった。」

倒れたと聞いたときはどうしようかと思った。

そして、まだこんなに未練がましい自分がいるのだと、苦笑する。

新一ね寝顔を見て、触れる。どんなに近づいても、遠くに感じてしまう。

「新一・・・。」

いまだに、彼の前では呼べない彼の名前。本当は呼びたい。そして自分も名前で呼んでほしい。

きっと、もう無理だと思うけれど。

一切何も残さずに、怪盗は部屋から立ち去った。

 

 

 

その日、新一は幸せな夢を見た。怪盗がやって来た夢。

そして、新一は夢に逃げるのだった。この手を放したくなかったから。

ほしいと思ったから、差し出された手をとって、夢の中へ逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

「工藤君?」

今日も、新一の様子を見に来た志保は、いつも寝坊しても起きている時間なのに、居間にいない家の主に不審に思った。

書斎にもいないし、どこにもいない。あと考えられるのは彼の部屋。

ノックをして、しばらく待つ。返事がなかったが、そおっと中を確認する為に開ける。

いつも、ノックをしても気づかないでいることがあったから。

中を確認すると、布団の山を見つけた。それで、まだ寝ていたのかと少しほっとした。

もしかしたら、いなくなったのではと思ってしまったからだ。

そっと近づいて、身体をゆすって新一を起こす。

しかし、一向に起きる気配はない。

何か、嫌な予感がする。志保は嫌な予感が当たっていないことを信じて、新一を必死に起こす。

だが、結局新一は目を覚ますことはなかった。

「嘘、でしょ・・・?」

規則正しい寝息。深い夢の中に捕らわれた新一は、目を覚ますことはない。

「あの馬鹿っ!」

隣に戻ってパソコンを立ち上げ、一晩かけて見つけた情報のファイルを引き出した。

そして、メールアドレスを打ち込み、相手へとメールを送る。

送信者の名前は『シェリー』で。彼は知っているはずだから、気付くはず。

「今すぐ来なさい、馬鹿。」

きっと、あの怪盗にしか、夢から戻す方法はないだろうから、来ることを願う。

 

そのメールが送信されて30分後、工藤邸に、黒い学生服を着た少年が姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

「やってらんないわ。」

目の前で繰り広げられる光景に、嫌気がさす志保。

新一が夢の中に引きこもってから数日後。

帰ってきた怪盗はちゃっかり工藤邸に居座っていた。

あの後、何度も新一の名前を呼んで、泣きながら新一の身体を抱きしめて。

怪盗は・・・快斗は新一を夢から引き戻したのだった。

最初は夢も現実もわかっていないようだったが、快斗に気づいて、彼が怪盗だと気づいて、夢なのだろうかと思いながらも、夢じゃないと気づき、いろいろ話をして、お互いの気持ちを知った。

それから、いままでと変わらない関係で寄り添うように一緒にいる時間ができた。

ただ、今度は少しだけ違った関係で、夜ではなく朝も昼も一緒という関係。

「でも、あのまま来なかったら。・・・私、貴方を殺しに学校に侵入してるわ。」

そして、二度と日の目がない地下室への招待状をあげていたわと、真顔で言われて、怯える快斗は新一にぎゅうっと抱きついた。

「志保。快斗いじめたら駄目だぞ。」

「はいはい、わかってるわよ。仲良くやっててちょうだい。」

新一が幸せならそれでいいから。

ごちそうさまと、飲み終えたカップをテーブルに置き、志保はお隣へと帰っていった。

 

 

 

闇夜で迷ったら

心細くても、きっと見つかるよ

闇夜を照らし、導く光が

 

夢現の中で貴方が見たもの

それは、同じで違う求めるもの







あとがき

1周年おめでとうございます〜、コウsama〜
遅れた挙句に、内容が長くなるので微妙にカットしてすみません〜。
次の機会にはもうちょっと・・・ね・・・。
とにかく、おめでとうです。


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