クリスマスは恋人たちのイベントだ、といったのは誰だろう。 「…どうしよう」 新一は悩んでいた。 これでもかというほどに悩んでいた。 目の前には綺麗にラッピングされた袋が一つ。 その中にあるものはお楽しみV…てそうじゃなくて、今言いたいのは中身でなく、その意味である。 そう、今日はクリスマス。 そんなときに用意されているラッピングされたものなど言わずと知れたクリスマスプレゼント、なのだが―――――。 新一は悩んでいた。 どうやってこれを恋人に渡そうかと悩んでいた。 恋人とは、つい最近付き合い始めた黒羽快斗こと怪盗キッドのことだ。 彼は普段人懐こくお祭り男なためにこういったイベントは盛り上げたいだろう。新一も騒ぐのは嫌いじゃない。それに快斗と一緒なら別にいいやと、快斗本人が聞いたら狂喜乱舞しそうなことまで考えていたりした。 そんな新婚さんみたいにらぶらぶ絶頂期な二人、初めてのクリスマス。(というかクリスマス間近に告白したし) ―――――どうやって過ごすべきだろう? ―――――どんな風に渡せば一番喜んでくれるだろう? 新一はプレゼント交換などしたことがなかった。 誕生日プレゼント…それも良く忘れていたため行き当たりばったり、後日本人と一緒に買い物に行ったりして買っていたから、新一はこうして事前に考え用意し、渡す、ということをしたことがない。 だからこれは新一にとって初体験なのである! (…どうしよう) 輸送?(いや、相手が外国に住んでいるわけじゃあるまいし) 人づて?(頼むのも恥ずかしいし嫌だ) メモを残して郵便受けに?(なんて書いたら言いのかわからねぇし絶対入れるときに見つかる!) 直接?(――恥ずかしくて死ぬ!!) 推理で優秀な頭脳でもいい方法は浮かばなかった。 (だあああもう!どうしたらいいんだ!!) こういうことを人に聞くことも出来ない。 灰原辺りにきけば、恐らく鼻で笑われるだろう。 (蘭に…駄目だ。園子…もっと駄目だ。父さん母さん?…問題外) ああ、どうしよう。 本日快斗はどうしても抜けられない仕事が入り、明日は絶対会いに来るといって昨日出て行った。つまりここ、工藤邸にはいない。というか同居しているわけじゃないのだから家に帰ったらどうだとか、何でクリスマス一緒に過ごすこと当然のようになっているんだとか、そういうことは頭に浮かんだが、あいたいのは新一も同じだったので何も言わなかった。 …だから渡し方を今日中に考えておく必要がある。 (…今日中に浮かぶわけないだろ!こんなの!) たいしたものではないのに、普段は普通に物の貸し借り受け渡しなどなどをしているにも関わらず、新一は悩みに悩みまくっていた。 ぴんぽ〜ん… …誰だよこんなときに!! そう思って、新一は無視することにした。幼馴染みならば連絡があるだろうし、快斗が来る時間にしてはまだ早い。だから無視するという選択をしたわけだが、もう一度、チャイムが鳴った。 無視だ。無視。 …二回目で、チャイムは終わった。だが変わりに、何らやガチャガチャと耳障りな音が聞こえてきた。 …まさか。 (まさか) ばたん、とてとてとて。 「おはよう新一君V」 「圭さん!?」 鍵を勝手に開けて入ってきたのは竜崎圭だった。 彼は両手に抱えきれないほどの花束を抱えていた。それを勝手に花瓶につけて、にこにこと新一を見る。 「クリスマスプレゼントV」 「…はあ」 ありがとうございます。 「これ、快斗君にもね。二人で一つってことで」 「ありがとうございます…あ」 「ん?これなぁに?」 「ああ!!」 いつの間にか、プレゼントは圭の手に渡っていた。 しまった! 「か、返してください!!」 「あ、大切なもの?」 「はい!」 「返して欲しい?」 「はい!」 「これって快斗君へのプレゼントだよね?」 「はい!…て、ぁ」 新一、乗せられる。 圭の笑みが深くなった気がした。途端に、新一の顔は赤味を増して湯気を出す。 「ち、ちが、ちが…っ!!」 必死に否定しようとしても、その様子はとても可愛らしい反応にしか見えなかった。 (カワイV) 圭は呑気にそう思いながらきゅっと新一を抱き締めた。 「え、圭さん?」 「快斗君は今幸せものだね〜こんな可愛い新妻がいるんだもんV」 「新妻じゃありません!!(汗)」 「からかいたくなるよ〜」 「いつもからかってるでしょう!!」 「面白いからね」 否定はなしか!! …そう思ったが、流すことにした。 疲れたようにため息をつき、何とか返してもらったプレゼントを胸に抱く。 その反応はもう本当に(以下略) 圭は楽しそうに新一を見て、ちょっと首を傾げた。 「で、何で新一君はいつにもまして取り乱してるのかな?」 「ととととと取り乱してなんか!!」 「どもってるし」 じっと新一を見て、ザッとリビングを見渡して、圭は楽しそうに頷いた。 「うんなるほどね」 「え」 「プレゼントをどうしようか悩んでたわけだ」 新一は硬直した。 「…なんでわかったんですか?!」 「だってこのリビング。クリスマス仕様だし。料理もあるし、プレゼントもある。そのプレゼントを抱えてあたふたしてたらピンと来るよ」 工藤新一。ここではじめて追い詰められた犯人の心境を理解。 「あ、あのその…っ」 「そんなの直接渡せばいいじゃない?」 「渡せないから困って…っぁ」 再び墓穴。 今日の新一はボロボロだった。 (面白いV) そして引っかかった相手は最悪だった。 「何でそんなに困っちゃってるのかお兄さんに話してごらん」 無駄にきらきらしながら問いただされた。 『言えないわけはないよね?』と脅されている気がした。 「う…あの…」 新一は慌てふためき逃げ場を探した。 だが無理だ。 そう無理だ。この人から逃げることは無理だ。絶対無理だ。完璧な計画を立てても裏からヒョイッとひっくり返されそうな気がする。 しかも圭には少なからず恩があるので邪険にも出来ない。 …本気で怖い。 (ど、どうしよう…!) 引きつった笑みを浮かべながら新一はじりじりと後退していき、圭は面白そうにそんな新一を追って―――――――。 ばたん! 「しょっおねぇ〜〜ん!VVV」 いきなり人が割り込んできた。 「ひ、ひじりさん?!」 「…あ」 侵入者であるまどかを見て、圭が珍しく困ったような顔をした。 工藤邸リビングにて、新一だけでなく圭のことも発見した車屋ひじりは―――すごい勢いで笑顔になった。 「きゃ――――――――!!VVVVVけーちゃん!けーちゃんじゃな〜い!!いや嘘ほんとに?!逢いたかったぁ〜Vやっぱりクリスマス!いいことしてるとサンタさんがご褒美をくれるのね!!」 酷く何かを間違っている気がした。 ひじりは嬉しそうに圭に詰め寄り抱き付いた。圭は一応それを受け止めるが、それから如何しようかと思案しているような顔をしていた。ただし、平和的な解決をしてはくれないだろう。そんな顔をしている。 新一は焦った。 家の中で戦争をはじめられるわけには行かない。 「ひじりさん。何か用ですか?」 ちょっと前(数日前)まで敵だった彼女だ。それがいきなり悠々と旧知の友人の如く、自宅に侵入してくるとは何事か。 …だがそれは圭にも言えた事だった。 新一に言われて、ひじりははっと顔を上げた。やっと圭は解放される。 そのときの彼の表情は…怖い。はっきり言って怖かった。何時もの笑顔が怖い。 (快斗…早く来てくれ!!) 自分ひとりで二人を相手できそうになかった。 ひじりはいそいそと、自分が持ってきた長方形の大きな荷物を掲げた。 「じゃ〜ん☆ひじりオネーサマがいい子な少年ズにクリスマスプレゼントをお届けよVはいVV」 そう言って、渡されたのは――――綺麗にラッピングされた衣装。 新一は真っ青になった。 「…これを誰に…」 「少年にV」 そう言って、ひじりはにっこりと笑った。その笑顔の下。ほんとに下。手元では、じゃきんという効果音つきで化粧道具が構えられていた。 新一は反射的に逃げ出した。 だが反射神経で、この二人に勝てるわけがなかった。 …て、二人? 「…圭さん!!」 「楽しそうだから見たいなV」 「ちょっと…っ!」 「やんけーちゃん。けーちゃんも綺麗にしてあげるわよ☆」 「遠慮しておくよ。そんなことより新一君を綺麗にしてあげようV」 「あ〜んそのとぉりぃ〜VV」 「二人とも!!(滝汗)」 圭に取り押さえられ、ひじりに迫られ、新一は半泣き状態だった。 …最初悩んでいたことなど忘れていた。 「あ〜疲れた。クリスマスにも仕事があるって辛いね〜」 キッドの服装のまま、快斗は颯爽と工藤邸のテラスへと降り立っていた。 本日はクリスマス。イベント時に展示があるのはお約束。目星のつけられている品物を確認しに行き、工藤邸による時間が遅くなってしまった。だがそれは新一も知っていることだし、もとから夜から一緒に祝おうと約束していたのだ。丁度いい時間帯かもしれない。 明日は何もないことだし…それにクリスマスはやはり恋人たちのイベントだ。 (さてどうしよっかなっと♪) やっと両想いになれて浮かれている快斗は、なんだかちょっと前まで悩んでいた彼とはまったくの別人だった。 二階から工藤邸へと入り、快斗はそそくさとリビングへ向かった。だが廊下を歩きながら、リビングに人の気配を感じる。 …というか、気配を感じなくても人の声が複数。 (お化け?) ではなく。 快斗は気配を簡単に消して、しかもちょくちょく侵入してくる人物に心当たりがあった。 (…クリスマスにまで!) いつも負けているが今日は許すまじ!! そんな決意も露わに、快斗は乱暴にリビングへと押し入った。 「圭さん!ひじりさん!あなたたち暇なん――――…」 言葉は途中でとぎられた。 リビングには予想通りの面々が居た。 だが予想していた状態とはかなり違っていた。 「あっ!」 「あ、少年V」 「お帰り〜お仕事ご苦労様〜」 にこにこと応じた犯罪者たち。 そしてそれを断罪するはずの光を持つ少年は。 化粧をして青い綺麗な服を着せられて。 …神々しいまでに飾り立てられていた。 「…めーたんてー…?」 キッド姿のままなので名探偵呼び。 しかし硬直してしまったために平仮名呼びだった。 つい今しがた間で抵抗していた新一は、肩で息をしていて疲れ果てていた。だがそんなときに快斗が入ってきて、一気に覚醒する。 見られた、とわかった途端、ただでさえ紅潮していた頬は真っ赤に染まり、大きな蒼い瞳に涙が浮かぶ。 ――――そんな顔しないでよ。 (…理性が…!!) だが快斗は今の今まで片想い生活を送っていたために人と比べて抑制力が強かった。 「ナイトが帰ってきちゃったから帰ろうかな〜」 「そうねV後は若い人たちに任せましょV」 年寄りくさいことを言ったひじりだがまだ若い。圭なんて新一たちと一つ二つ違いだ。(この中ではひじりが最年長…) 「美味しいもの食べにいこ〜」 「けーちゃん一緒に遊びましょ〜V」 「やV」 「けちぃ〜」 けーちゃんって誰だけーちゃんって!! 突っ込もうとしたが今快斗はそれどころではなかった。 二人が退場して、リビングには二人だけとなる。 …新一は、童話から抜け出した精霊のような格好をしていた。 青い布を何重にも合わせて作られた衣装。その布どれも色が微妙に違い、かといってひらひらとしているわけではない。胸元でその布が止められていて、止め具に使われている石はブルートパーズ。長い裾に、白いズボン。両足の脇には細やかな刺繍が施され、薄化粧が施されたその姿はまるで冬の精霊が聖なる夜に降り立ったようだった。 (じゃあ俺は、それを盗みに来た怪盗―――まんまだね) 「あ〜その、だな。うん。圭さんとひじりさんが悪乗りして…っと、止めに止められなくて、こんなことに…っ」 必死に言い訳をしているが、そんなことはどうでもよかった。 快斗はキッドの衣装のまま、そっと片膝をついて新一の手の甲に口付けた。 「遅くなって申し訳ありません――――逢いたかったですよ。私の名探偵」 「…っ!!?」 一気に、新一の頬が上気する。 その初々しさに、快斗は快斗の口端がくっと上がる。 そのまま抱き寄せて、そっと唇に口付ける。抵抗は返ってこなかった。だからちょっと調子に乗って、それを深いものにする―――。 「ん…っ」 甘いそれを睦言に、そっと胸元の留め具を外そうとした快斗だが―――流石にそれは阻止された。 何か硬いもので殴られた。 「いきなり何するんだバ怪盗!!」 真っ赤な顔のまま、新一はさっと快斗から距離をとる。 ちょっといきなりすぎたかな〜と、苦笑しながらも、快斗は投げつけられたそれを見て目を丸くした。 「…新一」 「あ?!」 「…これってもしかして」 「…あ!!」 どうやら自分が何を投げたのかわかっていなかったようだ。 自分が投げたのが、快斗に用意したクリスマスプレゼントだと知り―――新一はまず蒼くなり、そしてまた赤くなった。 「…俺に?」 「…っ他に誰が居るんだよ?!」 「…嬉し」 真っ赤になってそっぽを向いている彼が、どれだけ恥ずかしがり屋だか知っている。だから彼がどれだけ悩んでくれていたのかも。 それがとても嬉しかった。 だからその気持ちを伝えるべく行動した。 「ありがと、新一。―――――――愛してる」 赤い顔のまま…新一は、「俺も」と小さく呟いた。 ちなみに快斗のクリスマスプレゼントは…新一が翌日外に出なかった、といえば大抵のお嬢様方は理解してくれることだろう。 |