「好きだよ、新一。」 「俺も・・・。」 恋人同士になって、数ヶ月。 甘い一時を過ごす二人は、今この時が幸せだった。 しかし、それは長く続かなかった・・・。 「快斗・・・?」 ある日、目が覚めたら快斗は隣にいなかった。 いつも、朝起きたら隣にいて、にっこりと笑顔でおはようと言ってくれるのに。 何時間もそこにはいなかったように、温もりすらなかった。 フード付の大きめのマントを被り、森の中を彷徨い歩く。 幼馴染の少女や主治医として健康を気にしてくれる少女の反対を押し切って、旅に出た。 体力がないのは自分が一番わかっている。だけど、じっとしていられなかったのだ。 きっと、快斗に何かがあったのだ。そうでなければ、何も言わずにいなくなるなんてこと、ありえない。 もし、嫌いになって、出て行ったのかもと思ったりもしたが、そんなことはないと自分を励まして今日も歩く。 あなただけを愛してる 「へぇ。」 号外だと、賑やかに情報紙を撒き散らす少年が去った後、一枚足元に落ちたそれを拾った。 そして、思ったのは、今では珍しく暗号で予告をする怪盗がいるんだというもの。 怪盗や泥棒といったものはこの世では珍しいものではない。しかし、ほとんどが闇に紛れて知られずに行う者が多い。だが、この怪盗は違い、目立つ白い衣装を身に纏い、難しい暗号でターゲットと時刻を示している。 たいていのものは全てとけないとされるそれ。 少しだけ興味を覚え、新一は暗号解きに思考をめぐらせる。 目的のために急ぎたいけれど、謎解きをして、しばらく忘れてしまいたい、紛らわせたいというのも事実。 そして、暗号を解き、時間と場所、そして獲物が何なのかを確認したのち、どこにいればその怪盗を見れるかという道筋を導き出し、その場所へと向かった。 かなり難しい暗号。頭の切れる怪盗。面白そうで、一目見てやろうと思ったのだ。 賑やかになっていく街中。どうやら、盗まれたようだ。 なら、もうすぐここへ現れるだろう。 そう思っていた矢先のことだった。 フワリ―――――――ッ バサッという鳥の羽音とともに、布が舞う音が聞こええる。 そして、夜にも映える白を纏った怪盗が降り立った。 「これは、珍しいですね。先客がいるとは・・・。」 月を背後にして、立つその声からして、若い。そして、新一の愛しい人と似ている。 だが、この気配は少し違う。それに、自分を見て、何の反応をも見せないことから、別人だとがっかりした。 たとえ、どんな些細な反応でも見逃すことはしないと思っているから、これは人違い。 「月の女神も驚くような、綺麗な方ですね・・・。」 お名前は?と聞かれても答える気はなく、じゃーなと言って去ろうとした。 しかし、ふわりと視界にあらわれた白い布に覆われ、いつの間にか怪盗が背後にいて、抱きしめられていた。 この感覚、こんなにも似ているのに。でも、これは別人。 「哀れなこの泥棒めに、貴方の名前を教えて下さいませんか?」 「・・・新一。」 「新一・・・ですか。・・・それにしましても、よくここへ私がくるとわかりましたね?」 「書いてあったからな。」 そう言うと、少し驚いたようだった。 だが、それは一瞬で、すぐに元に戻ってよく見ていないとわからない反応だった。 「それはすごいですね。今まで、誰一人として、あれに書かれていた立ち寄る場所を的確に見つけたものはいなかったというのに。」 そう言う怪盗に、これ以上は駄目だと腕を振り払い、お互いの方を見る。 快斗が好きなのに、似ているこいつに重ねてしまう。どうして、こんなに似ているのだろうか。 それに、やはり快斗のぬくもりが恋しいから、余計に手を伸ばしてしまいそうになる。 だけど、好きなのは快斗ただ一人。 「俺はただ、見つけた謎の確認をしに来ただけだ。・・・じゃーな、こそ泥さん。」 寒くなってきたから帰らせてもらうさと言って、その場を立ち去った。 残された怪盗は残念がりながらも、おもしろいと思い、すぐに行動する。 目的を達成しなければいけない。そうしないと、自分の中から消え去った過去の記憶が戻らない。 わかっているけれど、自分は怪盗。 狙った獲物は盗むのが自分。 「逃がしませんよ、・・・新一。」 夜の空に舞い降りた。 遠くでサイレンの音がしていたが、すでにここには何も残されていない。 宿に戻り、ばったりとベッドの上に倒れこむ。 「どこにいるんだよ。快斗・・・。」 ずっと一緒にいるって言ったのに。必ず呼んだら側にいるって言ったのに。 彼の声もぬくもりも、今ここにはない。」 「快斗・・・。」 名前を呼んでも、彼が現れることはない。 キッドを見て、余計に思い出す。彼と過ごしたあの日々を。 そして気づけば、いつの間にか寝ていて、太陽は高く登っていた。 チェックアウトをし、ここにも快斗がいなかったということで次の町へと向かおうと歩き出したころ。 背後から一定の距離でついてくる者の気配があった。 最初は気のせいかと思ったが、それは間違いないようだった。 誰だと思って、人ごみに紛れてみたり、わき道にそれたりしても、ついてくる気配。 振り返っても姿がみえない誰か。だが、殺意は感じない。 本当にへんだなと思いながら歩き、町を出る門を越えた時だった。 「こんにちは。」 呼びかけられて、振り返った。 「・・・っ?!」 そこには、『快斗』がいた。 「おや?どうかしましたか?」 相手はいい、さらに私のこと、もうお忘れになられたとか?と聞かれ、彼が昨夜の泥棒だと気づいた。 こんなにも似ているなんて反則だ。 快斗が帰ってきたのかと思ってしまった。 帰ってきて、またあの日々に戻れるのだと思ったのに。 「なんだよ。」 出てきた言葉は不機嫌で低い声。 だが、相手は気にすることはなかった。 「新一のことが気に入ったので、ご一緒させてもらおうと思いましてね。」 「・・・他をあたれ。」 「いいじゃないですか。それに、一人は危ないですよ?」 「いらない。」 無視して歩きはじめる新一。そのうちいなくなるだろうと思っていた。 だけど、一向にどこかへいる気配はなかった。 「なんなんだよ、お前。」 「私は名もなき者ですよ。」 「名もなき者?」 名前まで快斗と同じなのかと思えば、違っていたようだ。 そして、見せる悲しそうな顔で、強くは言えなくなってしまった。 「いろいろありまして、私には記憶が一切ないのです。」 「記憶が・・・?」 「ええ。ただ、宝石を月に翳し、光を見つけるという目的以外、何もわからないのです。」 結構不便で寂しいので、ご一緒させてもらえませんか?と言われてしまえば勝手にしろと答えて新一は再び歩きはじめた。 記憶がなくて、すごく不安定だから、自分みたいにふらふら歩きまわる人間に興味を持って寄ってきたのだろうと思って。 自分もまた、快斗がいなくて寂しくて悲しくて不安定で、一人でいるとときどき心細くて押しつぶされそうになるから。 だから、泥棒にも強く言えなかった。 「ありがとうございます。」 そう言うが、泥棒は新一の後ろをついてくるだけ。 なんだか、昔を思い出す。 昔は快斗がいつも自分の後ろについてきていた。 途中から追い抜かされて自分が追いかける側に回り、今もいなくなった快斗を追いかけている。 だから、自然とでてくる笑み。そして、一層会いたくなる愛しい人。 「今、どこにいるんだろうなぁ。」 そのつぶやきは泥棒には聞かれることはなかった。
|