あれから、また数日が過ぎた。あの日の夢のことがひっかかり、考え込むことが増えたせいか、少しソイツが心配しだしているのにも気づいていたが、フォローすることもしていられない。 あとどれだけの時間が残っているのかわからない今、もしも本物の『姫』が戻れて俺が消えてしまうとして、それで姫本人に影響がでないのかとか、向こうの世界での状況がどうなるのかとか。 そんなことをしていると、また夢を見た。 目を覚まさない自分と、必死に目覚めることを願うアイツとお隣の少女…そして、顔なじみの連中。呼ばれても、ここにいるとどんなに言っても届かない声。 そして、向こう側に視えるもう一人の自分。きっとあれがこちらの姫なんだろう。 「あんたも、俺と同じように声が届かないんだな。」 寂しそうに、笑った『姫』に、そろそろどうにかしないといけないという想いだけ強くなっていく。 そんな時だった。 「違う。それはわかってます。だけど、元々同じであることを証明するかのように、同じなんです。」 だから、錯覚してしまう。だから、彼に言われているような違和感を覚える。違うとわかっているのに、本人が目の前にいるように感じてしまう。 「辛いんです。彼への思いは偽りじゃない。ですが、『彼』を前にすると間違えそうになる。間違えたら、もう二度と私は、彼と会えない気がして…。」 「馬鹿ね。でも、同じだから問題はあるってことは分かる気がするわ。それでも…。」 「ええ、わかってます。彼が悪いわけじゃない。それに、私が悪いとも思ってないのでしょう?」 「ええ。」 「でも、それでは私は彼等に対して失礼だと思います。それに、私の想いまで偽りだと誰かに言われている気がするんです。」 側にいるのがこんなに辛いとは、最初は思わなかった。そう言った彼の声はとても辛そうで、自分ははやくどうにかしないと姫もソイツもこの世界の姫に関わる連中全てがおかしくなるんじゃないかと思えてきた。 『何を望む?』 遠くで聞こえる誰かの声。だけど、今は何も聞きたくない。ただ、あの場から離れて部屋に戻る。 「元々、いない存在だったはずだから…俺が消えて姫が戻れば、それでいいんだよな。」 『それが望みか?』 「…望み。そう言えば、もうすぐアイツの…約束したのにな。」 少しずつ遠のいていく意識。飲み込まれる間隔。 「アイツ…会いたいな。」 また、誰かに呼ばれる気配がした。既視感を覚えるが、起きるのは面倒だった。 そしてそのまま、意識は途切れた。 あれからどれだけの日が経ったのかわからない。 そろそろ、周囲に気づかれるだろう。時間の問題だ。 「ねぇ、どう?」 「どうとも言えないわ。」 すでに命の別状はない。原因が不明で目を覚まさないだけ。けれど、そんな時に何らかの襲撃を受けたら守れる保証がない。その為に隠しているが、それも限界だ。 「それより、貴方こそ、そろそろ休んだらどう?」 最近まったく寝てないんでしょと言われるが、またいつものように大丈夫だと断る。そうすると、呆れたように溜め息をついた彼女は、好きにしなさいといって部屋を出て行く。 けれど、今日は彼女が部屋を出ることはなかった。 「明日、貴方の誕生日だったわね。」 「…ああ、そうだけど。なんで?」 「彼に頼まれたから。」 家に届けられると、貴方に見つかるから、私の所に届くようにして、当日まで預かってほしいのだと。そう言って、頼まれた贈り物が彼がこうなる前日に届いた。 「忘れてしまうところだった。けど、明日、彼が目覚めなかったとしても、私は頼まれた責任があるわ。」 彼への信頼は裏切りたくない。不本意だけど、貴方に渡しておくと出された包み。 「これを、新一が、俺に?」 「ええ。一日早いけど、彼が貴方と過ごす時間の為に、前から博士と出かける約束、してあるから。」 それをなしにしたら、一緒に行く子ども達やそのことを知っている彼の幼馴染にいらない心配をかけてしまう。だから、行く。だから、先に渡しておくのだと彼女はいい、部屋の扉をあけた。 「貴方が倒れても、私は見ないから。」 「ありがとう。」 眠る新一と二人だけになって、静かになったその部屋で、じっと、座ってただ目覚めるのを待つ。 その時だった。窓は空いていないのに、風がふわりと吹いて何なのかわからないが、空気の流れが変わった。 突如感じた視線に、はっと振り返るが、そこには誰もいなかった。 けれど、自分の良く知った声で、呼びかけられたときには、もう何が起こっているのかわからなくなった。 『私が巻き込んでしまったようで、すいません。』 恐る恐る、声の主へと視線を戻すと、そこには、体を起こしている新一がいた。 「なんで…?」 動いた気配がなかった。 「…新一、じゃないな。誰、だよ。」 『もう一人の彼。…今彼は私が住む世界にいる。』 入れ替わった状態になっているのだと、教えてくれた。 「それで、どうしてそうなったのか、あんたはわかるのか?」 『ああ。しかも、急がないと危ない。』 「どういうことだよ!」 危ない。それは、彼がいなくなってしまう可能性を秘めた言葉。 『お前が、彼を呼び戻す大事な声みたいだからな。』 やっと、表に出られたのだから、ちゃんと説明すると、彼は言った。 簡単にいうと、こっちの世界ともう一つ別の世界があり、そことはまったく同じ人物が住んでいて、時折交わり、その結果記憶を共有したり、片方の影響がもう片方へと出たりするのだと言う。 彼が死にかけた。その為に『彼』にも影響が出た。けれど、『彼』もまた厄介なことが起こっていて、彼にも影響が出た。その結果、どちらの世界においても死に直面していた彼等は入れ替わり、入れ替わることによって自分の世界での死を回避した。 『そこまではいいか?』 「じゃあ、新一は…まだ死んでないのか?」 『ああ。だが、私の死の原因がまた厄介でな。今、危険な状態にあるのも事実だ。』 「なっ、それじゃあ、新一は!」 『慌てるな。とにかく最後まで聞け。そういうところは本当にアイツそっくりだ。』 ぺしりと額を叩かれた。 『私の世界では、全員が職業で縛られている。生まれた時から決まった職業だ。とりあえず、探偵目指して、習得はしたが、元々持ってる職業は消えない。』 向こうでも相変わらずそうなことで少し笑えてきたが、そこは黙っておいた。 『私は、向こうでは親が国の王で王妃だ。だから、王妃が娘が欲しいと言ったから、私の職業は性別に関係なく姫になった。』 「え?」 いきなりよくわからない設定を出され、困惑する。 『私としても不本意ではあるが、それはまず横においておけ。』 「はぁ…。」 『それで、生まれつきの職業というものは大きい。ある者はどんなに願っても生粋の魔女になれないように、親が罪人なら、子どもも罪人の烙印からは逃れられない。それが、世界のルールだ。』 罪人という言葉に、少しだけ思うところがあったが、やはり、これは彼にいう事ではないだろうから、黙っておいた。 『ある魔女は昔からお姫様にあこがれていた。だが、いくらがんばっても生まれついての職業は変わらない。変えられたり追加できるのは、あくまで己ができることを増やした内容に関して、だ。とくに、罪人や王、貴族など、決して消えない職業は他人が頑張って変われるものではない。罪人は罪を犯せば誰だってなれるが、反対に二度と消えないし変更ができない職業だ。』 その結果、魔女は得意のマジナイで呪った。なりたいのになれなかった、なのに姫以外の職業を習得する『姫』を、呪ったのだ。 「なんだかスケールが違いすぎてついていけなくなってるけど、とにかく、君は姫で、探偵という職業を追加した。そして、姫になりたくてもなれない魔女が、姫であるのに探偵になろうとする姫が嫌いで呪った。」 『まぁ、そんなところだ。それに、その魔女は以前、とある探偵に疑いをかけられ、あやうく罪人の職業を得るところだったことがあって…それから嫌いみたいだ。』 逆恨みもいいところで、迷惑でしかないが、こちらとは違うルールで成り立つ世界なので、それはこちらの世界の住人でしかない自分がいうことではないのだろう。 「それで、新一が危ないってどういう?」 『大分向こうの世界に慣れはしたけど、やっぱり心の奥底ではまいってるみたいでな。やはり一人と言うのは心細いということだろう。』 その結果、魔女の呪いにまたかけられかけている。だから、急いで目を覚ます必要がある。そう彼は言う。 「ちょっとまてよ。でも、ここからじゃ…。」 『私はそろそろ眠る。彼が目覚めさえすれば私は戻る。…彼を繋ぐのはこの身体。そして、道を示す光は、お前。』 ちゃんと、逃がすつもりがないのなら、呼べ。そう言って、彼は糸が切れた人形のようにぱたりと倒れる。それからは、何も答えず、眠る新一がそこにいるだけだった。 「新一…向こうにいる…新一、聞こえる?」 声をかけても、今まで通り反応はない。ただ、眠っているだけの彼がそこにいるだけ。 さっきの『彼』がいう事が本当なら、いくらでも名前を呼ぶ。だから、届け。そう思って、何度も眠る彼へ名前を呼び続けた。 「どうしてですか。」 あの日、はやくから眠った姫に少しだけ不審に思いはしたが、疲れから来るものだと思い、そっとしておくことにした。だが、朝になり、いつものように起こしにいったが、目を覚ますことはなかった。 城の魔女がやってきて、何らかの呪いを受けたのだと聞かされ、己の失態を悟る。 「何か方法はないんですか?」 「わからない。彼のことに関しては、私はいつもどうにもできない。貴方の役には立てないわ。」 けど、一つだけ言える。そう言う魔女の言葉に、顔をあげる。 「間違いなく同じ原因が、姫と彼が入れ替わる切欠になったのだと思うわ。」 その元をどうにかするか、彼自身がどうにかしてしまうか。どちらかしか道はないと言われ、絶望が心を占める。 「待つだけよ。彼が選ぶことを。」 それこそ、生きるか死ぬか。戻るか戻らないか。こちらかは干渉できない。 「それでは、結局…いくら騎士になったとしても、彼を守れないのなら意味がない…っ!」 嘆く声が、遠くで聞こえる。やはり、自分がいるのではだめだ。姫を戻さないと、そう思えば思う程、身体の自由がきかなくなっていく。 おかしい。意識が多少あったのに、また遠くなっていく。声が届かない。 こんな時、何もできない自分が歯がゆい。 『―ち――新一っ!』 聞こえる声。 『新一っ!』 懐かしい。ふと、その声の方へ意識が向き、動かない手を伸ばそうとする。 ―大事なら、その手を伸ばせ。大事なら、その手を離すな。大事なら…自分で掴め。 ちゃんと帰れ。そう、声が背中を押してくれる。最後までもう一人の自分に迷惑かけたなと思う。 「お前も、戻ってソイツのこと、ちゃんと安心させてやれ。」 それは、自分には無理だから。自分がいたら、余計に不安にさせるだけだから。 「結構楽しかった。もう少し、話してたかった。きっと、楽しい話ができそうだから。でも、もうないんだろうな。」 別れを告げ、自分を呼ぶ声の元へ向かう。あんなにも動かなかった身体が軽い。 「新一!」 「…悪い。迷惑、かけた。」 動いた身体。目を覚ませば、視界に入るのは、泣くアイツの顔。 「遅いよ。ずっと、待った。また、こうして会えるのを。」 ずっと、会えるのを信じてた。それこそ、会いに行くつもりだった。 「だって、魔術師だから。奇跡を起こすんだから。」 良かった。そう無茶苦茶なことを言って、またぼろぼろと泣くアイツの頭をなでる。 今頃、向こうも同じようなことになっているんだろうなと考えて苦笑する。 「そうだ。今日は何月何日だ?」 あれからどれだけ眠ってたんだと聞くと、泣きながらも、答えてくれた彼に、間に合って良かったと呟くと、何がと言う彼に、約束していた、言葉を告げた。 「おめでとう。今年はちゃんと言えて良かった。」 少しだけ驚いたような顔をしたが、いつものようにへらっと笑う彼の姿を見て、本当に戻ってきたんだと安心した。 |