夜の闇に紛れて繰り広げられるやり取り。 周囲に響く銃声。 その銃声の一つが事態を一変させる。 「っ…!」 遠くで、アイツが呼ぶ声が聞こえるが、聞いている余裕はないし返事の余裕もない。 最悪だ。 ぐらりと傾く身体。力が抜けていくのを感じながら、最後にアイツが自分を呼ぶ名前を聞いた。 必ずまた会いに行くよ 「新一っ!」 はっと目を覚ますと、目の前に見知った顔があった。 けど、先程呼ばれたように名前をソイツが呼ぶことはなかった。 「起こしてしまいましたか。申し訳ありません、姫。」 はっと、周囲を視ると、見知らぬ部屋に、絶対着ない女物の服を着た自分がいた。そして、アイツそっくりのソイツはまるで夜の魔術師の姿のように、自分から一歩離れたところから自分に関わろうとしてくる違和感を感じた。 「ここは…?」 「どうかされましたか?」 どうやらうなされていたようですからと、ソイツが言う。 「ああ、悪い夢を見ていたのかもしれない。だが、今どうして俺がここにいてお前が『誰』なのかわからないんだ。」 そういうと、少し考えるそぶりをみせたソイツがもしかしたらと仮定としての話をしてくれた。 「この世界は別の世界と並行して存在する世界です。もしかしたら向こうの世界で姫に何かあったのかもしれません。その影響で、姫は混乱状態である可能性があります。」 「…とにかく、別世界にいたはずの俺がこっちの世界の俺として表面化した…なら、今までいた俺…というかあんたが言う姫っていうのはどうなったんだ?」 「それは大丈夫です。元は同じで、ただ環境が違うだけ。だから、姫は姫のままですよ。ただ、違うという大きな問題は姫の記憶と向こうでの記憶の混乱から一時的に片方だけになっただけだと思います。」 だから、今は姫の記憶がなく向こうの記憶であっても、姫である以上、この世界では姫でいて下さいと無理難題を言われた。 「だが、俺は女じゃない。」 「ええ。存じておりますよ。姫も女性ではありませんから。」 驚いてしばらく固まる羽目になった。いったいどんな世界だというんだ。 「この世界では、生まれた時に『職業』が決まっています。そして、一生それに縛られて生きて行くんですよ。」 ただ、職業に職業を重ね、複合をやる者もたくさんいますけどと補足をして、まずは朝食にしましょうとソイツは話を切った。 「ああ、そうだ。私はカイトと言います。初めまして、向こうの姫。」 そう言って、手をとったそいつは俺をベッドから下した。 あれから数日が過ぎた。向こうがどうなっているのかわからないし、アイツの安否もわからない。 ただ、こっちで過ごしていてわかったことがあったのは収穫かもしれない。 国のトップであり、王と王妃が向こうでの俺の両親で、親が生まれた子供を姫だと言えば、それが性別に関係なく姫になる。ただそれだけで、姫と言う総称にそこまで意味がないことがわかった。 それと、カイトと名乗った姫付きの騎士は間違いなく向こうでのアイツで、魔術師として魔女と名乗っていた女や、女性騎士として彼の幼馴染もいた。もちろん、国の役職にアイツのクラスメイトの探偵もいた。 隣国では服部がいるし、警備には目暮や高木といった、見知った人物も多くいる。 確かに、ここは向こうと呼ばれる世界と同じ人物がいる、まったく別の世界だ。 「こっそり町に降りるのに、魔女の一人の灰原から薬を貰って子どもの姿で出かけてるとか、笑えないな。」 だが、そうやってあの頃共に過ごした少年探偵団の面々といろいろやっているのを知ると、どこにいても俺は俺なんだなと思ってほっとする。 ただ、向こうにおいてきてしまったアイツのことが気がかりで、このままいたらいけないという想いが日に日に強くなる。 その時、部屋をノックする音がして、入る許可を出すと、入ってきたのはカイトだった。 これも最近わかったことだが、この部屋へ出入りするのはカイト以外いない。基本的に城の奥にあるのも原因だが、灰原に関しても、俺が尋ねることで関わるのであって、他の連中なんて姫だからと言う理由でおいそれと関われないとこちらに近づきもしない。 とても退屈で、だから余計に外へ出かけるのだろう。 きっと、このカイトもそれを知っていて何も言わないに違いない。 それだけ信頼されている騎士らしいが、向こうでアイツと一緒にいるせいか、どうもこの丁寧な物腰が違和感を感じて仕方ない。はっきり言うと、アイツはやるときはやるが、普段はおちゃらけたおバカさんだ。まとも過ぎて変なんだ。 そんなこというと、失礼ではあるが、普段のあのおちゃらけた姿も見てきた今としてはあったものがなくなった気持ち悪さが残るのだ。 「なぁ。」 「何か?」 部屋の手入れと、俺の着替えを順にしていくソイツに話しかけると、こちらへ意識を向ける。 「ここは向こうの世界と並行して存在する別世界だと言ったよな?」 「はい。ですから、元々一つであるのに、突然別の人格…いえ、持つ記憶が別の者に入れ替わるということもよくあります。」 今の姫と状況が同じなので実体験しているからわかるでしょうと言われ、それには頷いておく。 「なら、今まで姫と呼ばれた『俺』はどこへいったんだ?」 「戻るかもしれませんし、戻らないかもしれません。もしかしたら、二人の記憶を同時に共有することになるかもしれません。」 いつか生きて行く上で誰もが経験することなのだとソイツは言う。 「だが、今まで一緒にいた姫がいないことに、あんたは何も問題はないのか?」 少しだけ、表情が陰ったが、変わらずソイツは俺に続けた。 「違うこと。それで姫に忘れられたことが寂しくは思いますが…根本は姫と同じなんです。」 こういうことはよくあることだと言われても、今までいた姫が違う姫で、冷静に見せていたけど、かなり内心驚いてどうしたらいいかあたふたしていたのだとソイツは教えてくれた。 「でも、かけて下さる言葉も、些細な仕草も、姫と同じ。だから、『ああ、過ごした場所での記憶が違うだけで姫は姫なのだ』と思ったんです。」 姫のことが嫌いではないですが、まだ今までいた姫が戻ることも諦めていないのだとソイツは少しだけ寂しそうに笑いながら言った。 「今いる姫のことをないがしろにしたら、それこそ、『姫』に馬鹿だろと怒られてしまいます。」 守られることをよしとしない姫ですが、姫と同じ貴方を放っておいて何かあったら、それこそ姫の身に危険が及ぶかもしれない。だから、それが怖いのだとソイツは言う。 「そう言うと、姫が勘違いして義務でされてると思われても嫌ですので、今まで通り騎士としてお傍にいるままでいようと思っているのです。」 あまりにも普通にしていたので、違うことに抵抗がないのかと思っていたが、違っていたようだ。 「時々、場所の違いのせいなんでしょうが、姫なら言わない言葉を使用されることもあります。けど、そこにいるのだと錯覚してしまいそうなぐらい、姫はやはり姫と同じなんです。」 違うと思っていても、同じだと錯覚する時、それこそ姫を思う気持ちと姫に対する今までの想いに迷いを持ちそうだから、今まで通りにしてきたが、それが俺にとって苦痛ならば変えるとソイツは言った。 「俺も悪かった。確かに、急に別人だと言われても、困るよな。俺だって…。」 もし、向こうでいきなりアイツがソイツと入れ替わったら、違和感からイライラして当り散らしていたかもしれない。 「ですが、姫が自身の想いを教えて下さって私は嬉しかったです。」 姫となってから、あまりにも普通に馴染んでしまって、本当はどう思っているのかわからなくなりつつあったのだと言う。しかし、互いに何も不安を持っても言わずにいたから相手が視えなくなっていた。 「改めまして、姫を守るための騎士、カイト。これからもお傍でお仕えさせていただいてもよろしいですか?」 「最初から傍にいてくれて、嬉しかった。けど、俺は守られるままでいるつもりないから、それでいいならな。」 その言葉に、ソイツは嬉しそうに笑った。後で魔女やお隣の少女に似ている研究者が言うには、最初に騎士としてきたときに、同じように姫にも言われたらしい。 本当に、育つ環境が違うだけの俺がいたんだと改めて実感した。 そして、その日、夢を見た。 こちらへ来てからいつもぐっすり眠る為に見ることがなかったが、その夢はこちらへ来る前の延長戦にある光景のようだった。 「新一っ!」 アイツが俺の名前を呼ぶ。 「工藤君っ、しっかりして!」 普段そんなに取り乱すことのない少女の声も聞こえる。 それからいろんな光景が飛び交うように流れ、どうなっているのか俺にもわからなかった。 ―貴方はまだ生きてる。 誰かの声がする。 ―強く願えば、戻れるかもしれない。けど、可能性は低い。 「誰だ?」 ―早く選ばないといけない。もうすぐ夢は覚める。そう、今姫と過ごす『夢世界』の扉は閉じる。 「どういうことだ?」 ―そうなれば、本当に魂だけが戻れなくなる。身体はまだ生きているのに。 「…もしかして、その声、俺…こっちの『姫』か?」 聞き覚えのある誰かの声。もしかしたらという問いかけには答えてくれなかった。 ―本来、死した後に記憶を継承してこちらで生きる。だが、状況が違う為に戻らないと身体が残り、死ぬ。 急げと言って、遠ざかる声。その声にまだ聴きたいことがあるので呼びかけるがもう答えてくれそうにはない。 そして、俺は目を覚ました。
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