その日、事件もなく、新しい新刊もなく、暇を持て余していた俺は部屋にいた。

ふと、お腹がへったなと感じると、いつの間にか朝から何も食べずに夕方になっていたことに気づき、少々慌てる。

間違いなく隣の少女がキレる。

とにかく今からだと夕食になるが、何か食べようと立った時だった。

ふと、視界に入った窓の外に白い影が映った。

「なんで…。」

嫌と言う程、最近かかわりがあるせいで見覚えのあるそれに、ばっと窓を開けて外を見る。

だが、そこにはいない。けど、確かにいる。

ぞわっと感じる気配。

「こんばんは、名探偵。」

背後に立ち、抱きしめる影。

首だけで確認すると、そこには間違うことのない、気違い怪盗がいた。

 

 

 

 

甘いお菓子はいかが?

 

 

 

 

テーブルに並べられるおいしそうな料理の数々。楽しそうに鼻歌を歌う白スーツにエプロンという妙な格好の男をにらんだまま、席につく新一。

「それで、今日は何の用だ?」

「ああ、今日はよい月ですよね?」

「お前の好きな満月からは程遠いけどな。」

「そうですね。」

何が楽しいのかわからないが、こうやってこの怪盗は時々家に現れては帰っていく。

最初はお隣の少女も何事かと騒ぐ羽目になったが、害はないので放置する方向になった。むしろ食事を忘れる俺にはいい家政夫だとか言って、害がないかぎりそのまま現状維持と言う結果になった。

なので、新一も多少の警戒はするものの、何か怪盗紳士の名を崩すようなふにゃけた姿を見るようになってからは、違う物体だと思うことにした。

「それでですね、今宵はハロウィンなんですよ。」

「ハロウィン…ああ、蘭がそんなこと言っていた気が…。」

「なので、是非お菓子をと思いまして、こんなのを用意しました。」

甘さ控えめですし、珈琲も用意しましたから。そう言って、食事後にいきなり目の前にぽんっと用意した怪盗。

ある意味便利機能だなと思いながら、出されたタルトを見る。

見るからにあまそうな奴だ。だが、おいしそうだ。

「甘さ控えめなので、一口だけでも。」

そういって、ホットミルクとともに並べられたタルト。

どうせ、食べないと帰らないだろうし、来て何か害があるわけでもなく、満足したら帰るので放置してきたが…時々時間を考えないところが面倒だなと思う。

普段はいい。こういうこの怪盗が好きなイベントごとの際はこちらの都合関係なく家に現れる。

唯一配慮されていることと言えば、自分以外誰も家にいないときを狙っていることぐらいか。

お隣の少女がいる場合は、例外として普通に現れるので、今後は蘭か、いろいろ面倒なことになりそうだが服部を呼んでおいた方がいいかもしれないなと思いつつ、出されたタルトを口にする。

思ったより甘さ控えめのおいしさに、これならこの一切れ食べる分にはいいかもなと二口目。それを、にこにこ嬉しそうに見ているのが気にさわるが、今は無視だ。

こうやって、結局三口目、四口目…進めて少量とはいえ完食してしまうのがいけないのだろう。だから、こいつもやってくるし、お隣も害なしむしろ食べるから問題ないとか言って何も言わなくなったのだろう。

何だか考えると腹が立ってきた。

「どうしました?難しい顔して。」

覗き込む怪盗に何でもないといって、食べ終わった皿とフォークを差し出せば、それを受け取って綺麗に消しやがった。

「どうぞ。これを飲んで少し休んで下さい。」

差し出される、温かいいい香りの紅茶。珈琲の方が好きなのだが、ホットミルクよりはこっちの方がいい。すでに半分飲んだそれはカップごと消えていたが、今更怪盗に片づけたのかとか聞く気もない。

「それでは、そろそろ失礼します。」

お菓子と飲み物を用意して、それを新一にふるまった後、いつものように帰ろうとする。

どうしてか、今日は気分が良かった。おいしいものを食べて、温かいものを飲んだからか。最近繰り返される怪盗の行動に気を許したのか。それはわからなかった。

「どうせ、寝てないんだろ。休んでいけ。今日の俺は生憎お前を構う気もないし、つかまえる気も通報する気もない。好きにしたらいい。」

犯罪者にそんなこと、いうなんておかしい話だが、こいつなら大丈夫だろうという想いがどこかでもあったのかもしれない。

「俺はもう寝る。そろそろ隣から苦情を言われるからな。」

寝るなら適当な客間使えと言い、新一は自分の寝室へと向かった。

その後、あの怪盗がどうしたのかはしらない。けど、少しだけ休んで帰ったんだろう。

律儀に置手紙に礼を書いて、勝手に朝食をテーブルに用意して、そこから姿を消していた。

けど、まだ温かい朝食から、先程までいたことを物語る。

「本当、意味が分からない奴だな。」

何をしに、わざわざこんなところへきて、探偵相手だというのに危険をおかして料理を振る舞うなんて。馬鹿としかいいようがない。そうだ、これから馬鹿怪盗と呼ぶことにしよう。

現場で会うなら容赦しないが、家にくるぐらいなら、少しぐらい歓迎してやることにしよう。それで、あいつの中で何か変わるのなら。孤独と疲れを癒せるのなら。

「盗一さん…貴方の死後、怪盗も死んだと思った。なのに現れたってことは、あいつは…。」

窓から見上げた空は、明るく青い。

「あら、今日は朝起きたのね。」

「ああ。」

入ってきたお隣の少女。テーブルの上に用意された朝食を見て、少し驚いた陽子だったが、納得したようだった。

「成程。だから、さっき白い泥棒さんが出て行ったのね。」

「な、馬鹿だろ。」

「そうね。白昼堂々と馬鹿にもほどがあるわ。」

互いに苦笑しながら続けられる悪口。今頃くしゃみをしているだろうか。そう思うと少しおかしい。

「せっかくだから食べていかないか?」

さすがに、こんなに多いと一人で食べきれない。そういう新一にわかったと答え、二人は席に着いた。

律儀に、来るかわからないお隣の少女の分まで用意して。それなら、怪盗自身の分も用意すればいいんだ。

昨日だって、それまでだってそうだ。いつも新一の分だけ。怪盗自身の物が用意されていない。

「せっかくだから、今度は俺がもてなしてやるか。」

「あら、珍しいわね。」

「昨日の礼と、俺の尊敬する恩人への義。」

「ふぅん。」

ごちそうさま。手を会わせ、終わる食事。次はきっとあの日にあの怪盗はくる。だから、それまでに用意すればいい。

「何がいいだろうな。」

「意外と、何でも喜んで食べるんじゃないかしら。」

「まずくてもおいしいといって食べる馬鹿だろうな。」

「言えてるわね。」

今度は、甘いものを用意して。あの怪盗を出迎えて、こっちから言ってやろう。

『いい加減、玄関から入ってこい。盗一さんのように。』と。





あとがき
ハロウィンあんまし関係ないことになりましたが、そこは気にしないということで。
今まであまりにパラレル要素強いものが多いので、復活第一弾になるこれは普通の探偵と怪盗で。
いつも、どっちかが好き要素出しまくりですが、今回は友情止まりな始まりでふぁっと始まって終わるお話になりました。
こんなんでよろしければ、再開祝いもかねて。期限は11月10日までにします。