想いを伝えたくて

 

 

毎年訪れるこの日が、一年の中で憂鬱になる日の一日だった。

毎年、この日が来る度に当日になって思い出して悲惨なことになるのだが、今年は忘れていなかった。

何故なら、少々不本意ではあるが、ある男にプレゼントをしようと決めたからだ。

もちろん、最初からそう決めていたわけでもないので、毎年のように忘れていた。そして、危うく悲惨な一日を送る羽目になっていただろう。

だが、今年は違う。しかも、あの男に渡すのだと決めた。多少、彼女にのせられた部分もあるが、もう決めたのだ。

「で、この後どうするんだ?」

「知らないのによく手作りする気になったわね。」

「お前が渡せって言ったんだろ。」

「でも、作れとは言ってないわ。」

だけどと続けようとしたが、睨まれたのでやめた。

すでに、この材料も彼女に頼んだぐらいなのだ。これ以上文句を言ったら教えてくれないし、取り上げられかねない。

「でも、いい傾向だとは思うわ。昔だったら、素直に渡すなんて言わないものね。」

「当たり前だろ。」

面白そうに笑う彼女に、ふてくされる。明らかに面白がっているのが丸分かりだ。

それでも、彼女のおかげで切欠を作ることができることには感謝だ。

何せ、あの人気者は甘いものが大好きらしいから、この日にもたくさんもらうのを知っていたから、混じっていたらもしかしたら食べてくれるかもしれないと思ったのだ。

さすがに、まだ想いを伝えることはできないけれど、何かしてみるというのもその間は相手のことを想えて何だか楽しい。

「楽しそうね。トリックを考えている時と同じよ。」

「そんなこと・・・。」

「ほら、手を動かす。」

そんなこんなで、出来上がった手作りのプレゼント。

「それで、明日はどうやって渡すつもり?」

「それは・・・。」

「渡すことは決めても、そこまで考えてなかったのね。」

確かにそうだ。他のたくさんのプレゼントの中に紛れ込ませればいいと思ったが、近くまでいかないといけないのだ。

曲りなりにも、それなりに世間では顔も名前も有名になっているので、はっきり言って目立つことこの上ない状態だ。

「どうしよう。」

「変装でもしたら?貴方のご両親と一緒で、変装が得意でしょ。」

「だけどな・・・。」

「女の子なら、バレないわよ。」

「・・・。」

「女の子になるのが、女装するのが嫌なのはわかってるわ。」

だけど、私は面白いからと言われ、しかも、用意してあるわと服を出されれば、腹をくくるしかない。何より、渡すのが目的なのだから、自分だとバレなければいいのだから、バレなければ恥をさらすことにはならないはずだ。

「徹底的にやってやる。」

何だか、途中で主旨を間違っているような感じがしたが、彼女はわかっていて何も言わなかった。何故なら、その方が面白そうだったからである。何より、あの気障な男がどう反応するか考えるだけで楽しいから。

「さ、急ぎましょう。準備に手間取って遅れたら意味がないもの。」

「そうだな。」

こうして、賑やかな一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

その日、いつもと同じ日常であるが、イベント日でもあり、朝からわくわくしていた。

何故なら、ただのイベントではなく、義理だろうがチョコレートがたくさん貰えるからだ。甘いものが好きな自分にとっては誕生日やクリスマスなどで祝う時のように楽しいイベントだ。ただ、夜は『仕事』があって、特定のクラスメイトが煩いのが難点だが。

「よっ、アホ子。」

「もう、何よ、バ快斗!」

べしっとチョコレートの箱を投げつけられたが、交わしてキャッチする。

「バ快斗にはおまけなんだからね!」

「うっせー。」

「って?!何じゃこりゃー!!」

思わずその箱を言い合いになっている最中ではあったが、落としてしまった。普段ならこんなヘマはしない。だが、彼にとって一番の天敵とも言える魚柄のシールが張ってあったのだ。

明らかにこの幼馴染の嫌がらせだ。

「くっそー、アホ子のくせにっ!」

「何よ。あげただけでも感謝しなさいよねっ!」

べーっと舌を出して走り去っていく幼馴染。さすがにこのまま置いて置けないチョコレートの箱だが、取れない。

どうしようか。そう考えていた時、背後の気配からさっとさける。すると、先程まで自分がいた、避けなければ首辺りに当たっていたであろう鋭い蹴り上げられた足がそこにあった。

「なっ、あぶねーだろ?!」

何かの刺客かと少し身構えるが、相手は笑みを浮かべ、黒羽快斗さんですかと聞いてきた。もし間違いだったら、蹴りが当たっていたらどれだけ失礼な奴なんだよと思ったが、何も答えずに相手の様子を伺っていた。

どちらにせよ、敵か味方かまったくわからない相手に名乗るなんて馬鹿正直に生きてはいない。

「それとも・・・。」

その女は変わらない笑みを浮かべたまま、快斗に爆弾を落とした。それだけの衝撃のある言葉を投げかけたのだ。

「怪盗キッドさんの方が、よろしいですか?」

明らかに、相手は確信している言い方だった。確かにクラスメイトの探偵も確信しているようだが、証拠がないからはっきり言えない部分もある。

だが、この女は今まで関わりもない初対面の相手で、いきなり確信をついて話しかけてきた。しかも、あの蹴りは素人ではない。

まずいなと思う。

「何言ってるのかわかんないけど、ひやかしなら余所言ってくれない?」

「ひやかしではありませんよ。私はこれを貴方に渡す為に来たんですから。」

そう言って、差し出された一通の封筒。

「是非、来て下さいね。怪盗キッドさん。」

「だから、俺は違うってば・・・。」

「そんなことありません。あの蹴りを避けられる一般人はいませんから。」

さすがにそれを言われて焦った。確かに、あれは気配を消して背後から来た。普通の一般人があれに気付けるわけがない。相当武術関連に精通していなければ無里な話だ。

「今晩のお仕事、気をつけて下さいね。」

そう言って、女は背を向けて去っていった。ただ、快斗は女の背が消えるまでその場で睨み続けていた。

 

 

 

 

遅れて学校に行き、ひたすらあの女の言い分を考えていた。途中でクラスメイトが煩かったが無視した。もちろん、チョコレートをくれる女の子にはちゃんと対応した。無視したのは、キッドがどうのと言う特定の奴等だけ。

紅子が今晩は危ないとかうるさかったが、聞き流して放課後速攻家に帰った。そして、持っていた封筒を開けた。

そこには、夜の仕事の後に立ち寄る逃走経路の場所と、到着するであろう時間が記されていた。

確実に、あの女は正体に確信があるだけでなく、仕事の流れも把握しているに違いない。

「いったい何者なんだ・・・。」

まるで、あの男のような錯覚を覚え、そうかと納得した。

ずっと表舞台から一歩引いていたが、とうとう出てきたのだろう。まぁ、引っ込んでいた理由は少なからず相手の事情を知っていたからわかっていたが、少しばかり厄介だと思った。

確かに、彼は自分の仕事場にでてくることはそうそうない。いる時はかなりスリルのある一日になって、高揚感がある。

だが、一対どういった風の吹き回しだろうか。

「とにかく行けばわかるかな。」

きっと、今晩はかなりやり難いことになっているだろう。やりがいがでてきた。

だが、実際夜がきて仕事をはじめてみたものの、最初の警備は確かに厄介な配置に変わっていたが、それだけだった。まったく手ごたえを感じない。

いつものように騒がしい馴染みの刑事と探偵がいるだけだった。

どういうことだと思いながら、あの場所へと飛んだ。

そして、降り立てば、そこに先客がいた。

あの女・・・いや、間違いなくあの探偵だ。

今はもうわかる。雰囲気が探偵のものだった。

「相変わらず見事でした。」

パチパチと静かなその場所に響く、唯一人だけの拍手。

「名探偵、もう演じる必要はありませんよ。」

「・・・へぇ・・・さすがだな。」

声が変わった。本当に厄介な相手だ。

「それで、わざわざお呼び出しするとは、何か御用ですか?」

「わかりきってることだろ?俺の知り合いにお前の大ファンがいるんだぜ?」

確かに、足元にある紙袋からそれはある程度推測できていた。

「ま、毒も入ってないことだし、貰ってくれねーか?」

俺の分も含めてと、きっとその彼女が作ったであろうチョコもその中に入っているのだろう。

「ですが、私は受け取るわけには・・・。」

「別に発信機や盗聴器なんかつけてねーぜ?やるなら朝のうちにするから。」

「・・・。」

「ま、受け取ったあとどうするかはそっちに任せる。」

そう言って、彼はそこに紙袋を置いたまま立ち去ろうとした。

「・・・どうしてです?」

「ん?何がだ?」

足を止め、首だけでこちらを振り向き、聞き返す。

「確かに、最初は気付きませんでした。ですが、あのようなこと、できるのは限られています。だから、わかったのですが・・・。」

何故だ。今晩は彼が参加するのだと思った。

「何故、参加されなかったのです?」

きっと、あのクラスメイトに誘われたに違いない。かなり楽しそうにクラスメイトがしていたから。

「前にも言っただろ?俺は管轄外だって。それに、中森警部の邪魔しちゃ悪いだろ?」

じゃーなと言って、今度こそ去っていった。

ただしばらくは呆然とそこに立っていた。そして、置かれた紙袋に近づき、持ち上げた。

確かに、何の仕掛けもない。あの探偵のことだから、簡単には気付かないような細工ぐらいしてあるのかもしれないが。

帰って中身を一つずつ確認した。怪しいところは何もない。

だが、怪しいという考えとは違う意味で怪しく感じるものがそこには入っていた。

「何故女史から・・・。」

さすがにこれは怖くて口にできない。彼女の本性を知っている人間はきっとそう思うに違いない。

まさか、その始末のために自分の中へと思ったが、中に入っていたメッセージカードで間違いなくこれが自分宛なのだとわかって焦った。

きっと、食べなかったらそれはそれで殺されるに違いない。

彼の幼馴染の子の自分宛のチョコレートに同じその子からの彼宛のチョコレートに何も書かれていないチョコレートと女史のチョコレートの四つがその中にはあった。全て手作りである。

色んな意味で怖い贈り物を受け取ってしまったと今更ながら思う。

だが、この何も書いていないこれは誰からなのだろうか。

もしかして、もう一人の幼馴染の子だろうか?何故かあのアホ子に良く似た・・・。

だが、あの女史と中身が同じだというところが謎だ。もしかして一緒に作ったのだろうか。そうしたら、このもう一人の幼馴染の子の分の説明がつかない。まったく違うからだ。

「どういうことだ?」

間違って混ざったとか。それとも、これも女史が作って、あの探偵宛だったのを?

その日、快斗は謎と向き合って一睡も出来ず学校へ行く羽目になり、その顔からさすがのクラスメイトの探偵も昨晩について言い寄ろうとしたがやめた。

そして、真実を知るためにホワイトデーにお返しがてら探偵をとっ捕まえて聞き出してやると計画するが、それはまた別のお話。

 

 

 

その頃の探偵はというと・・・。

「あら、嬉しそうね。」

「おう。一応あの後確認したが、ちゃんと持って帰ってくれたみたいだしな。」

「良かったわね。」

そう言って、怪盗が頭を抱えている間、のんびりお茶を飲んで楽しんでいた。




あとがき
ヴァレンタインのお話。珍しく積極的な探偵さんでした。
元々、怪盗さんが好意を持って積極的にアプローチしていたけれど、気付かずに振られ続けていたという前提の元。実は探偵さんも満更ではないが素直になれていなかったという。
そして、お隣さんが助言していきなりチョコレート渡すぞ!しかも怪盗相手にということに
設定書かなきゃいけないってどんな話だよってことですが。