貴方に言えない言葉




出会いがそもそも非現実的なものだった。

しかし、偶然なのか故意に仕掛けられた必然だったのか、今はわからない。

けれど、俺は魔術師の罠にかかった。

魔術師は、いつも俺に会いに来た。

わざわざ会いにくるほど、近いわけでもないし、アイツだって暇なわけがない。

何より、アイツがどうして俺のことを好んでいるのかわからなかった。

何故なら、アイツは魔術師であると同時に、白い衣を身にまとう犯罪者だったからだ。

アイツは常に探偵を嫌っている。

だから、どうして俺なんかに構うのかがまったくわからなかった。

けれど、次第に邪魔な存在をどうにかしようと企んでいるのではないかと思った。

だから、アイツのことを信用しようとはしなかった。少しずつ、アイツが俺の領域に入りこもうとしていたから、壁を作っていた。

それでも、アイツは懲りずに俺の領域にずかずかと脚を踏み入れる。

それが苦痛で、俺は言ってしまった。

決して言ってはいけない言葉を言ってしまったのだ。

「毎日何の用で来るんだ。俺のところに来ても、お前が望むようなものなんかない。」

「新一?」

どうしたのと向けられる手を払いのける。

「何の用があるんだ。怪盗キッド。」

「何のこと?」

アイツはまだとぼける。しかし、少しだけ焦っているように見えるが、今の俺にはどうでも良かった。

「いい加減、とぼけるのややめろ。わからないとでも思ったのか?」

「・・・新一。」

「気安く呼ぶな。俺は、犯罪者は嫌いだ。出て行け。」

しばらく黙り込んだアイツ。俺はそれ以上アイツの姿を見ないように視線をそらした。

「・・・わかった。」

快斗は出て行った。悲しそうな顔をしていたが、見ないようにして、出て行ったあとに俺は部屋の中で崩れるように蹲った。

本当は、信じたかった。

けれど、俺にはアイツがわからない。

探偵である俺に、怪盗のことなんて、話せるわけないのに。

気づいているのに気づかないアイツは、隠したままだ。それが、嫌だった。

アイツに惹かれるほど、他と同じように扱われるのが嫌だったのだ。

黙っていたままならば、ずっと一緒にいられたかもしれない。けれど、アイツが目的を果たしたら離れてしまうかもしれない。

そう思うと、このままでいたくなかった。

俺は臆病なんだ。だから、逃げる。

「か・・・いと・・・。」

言ってはいけない言葉を出せば、もう戻れない。

俺はこの時、アイツを失ったのだと思った。







あの日から一ヶ月。

怪盗キッドは仕事をしている。けれど、アイツは家に来ることはなかった。

仕事の後に、あの派手な白い衣を身に纏い、いつも現れていたのに、現れることはなかった。

アイツではなく白い彼ならもしかしたらと思ったが、やはり来なかった。

それがひどく寂しい。けれど、これでいいんだと俺は思うようにした。

「工藤君。貴方はそれでいいの?」

「何がだ?」

「黒羽君のことよ。」

「・・・。」

アイツがキッドであることに最初から俺は気づいていた。だから、少し違和感を感じていた彼女に相談していた。

だから、哀はアイツのことを知っている。

知っていた上で、俺の気持ちも考えて見守っていてくれた。

「でも・・・。」

いつまでも偽りの関係は嫌だったのだ。

アイツはアイツとして昼間会いに来て、夜は違う姿で別人に成りすまして会いにくる。

その関係が耐えられなかったのだ。

全ての引き金はあの男の言葉。

真に受けるつもりはないが、聞いてしまった言葉が離れない。

「まぁ、いいわ。貴方が選ぶのなら私は何も言わない。けれど・・・。」

「大丈夫だ。」

「大丈夫ならもっとしゃきっとしなさい。とにかく、明日は家に来なさい。どうせ、暇なんでしょう?」

明日は俺の誕生日。

アイツが思い切り驚かしてあげるとか言って、一日あけておくように言った。

だから、幼馴染のお誘いを断り、誕生日会とやらは明後日に変わった。

アイツがいない今、明日はきっと暇だ。

半年も前から散々言われてきていたので、呆れながらもすごく楽しみにしていた。

それだけに、少し寂しくも感じる。

「絶対、来なさい。」

彼女の命令に、心配している気持ちが見え隠れし、自然と笑みが毀れる。

「わかった。」

返事を返し、俺は家に戻った。

前までは、帰れば勝手に家に入っていた騒がしいアイツがお帰りと出迎えてくれる。

ごめん。何度もココロの中で謝る。

きっと、アイツは機嫌を悪くしているに違いない。

もう、俺のことなど頭にないかもしれない。

それでも、俺はただ、対等でありたかった。

だから、アイツの口から聞きたかった。

けれど、もう取り戻せない。アイツはここにはいない。

部屋に戻り、布団を被る。

何も考えたくなくて、目をつぶって深く眠りの中へ落ちていく。

このまま、目覚めなくてもいい。そんなことを思いながら。

家主が寝静まった後、静に窓が開いた。

「新一。」

黒いシャツにジーパンを穿いた青年が窓から部屋に入り、新一の側に近づく。

「ごめんね、新一。知られたら、もう一緒にいられないと思ってたんだ。」

けれど、違ったんだねと、眠る新一の目から毀れる涙を拭いながら、静に語る。

「やっと、来たのね。お馬鹿さん。」

「ごめんね、哀ちゃん。」

「謝るぐらいなら、工藤君を使い物にならないようにしないでちょうだい。迷惑。」

「手厳しいね。」

当たり前だと言わんばかりに、文句を連ねる。けれど、青年は決して何も言わず、苦笑を浮かべてただ聞いていた。

「明日、ちゃんと話すよ。」

「ええ、そうしてちょうだい。・・・そもそも、彼が気づかないはずがないことに、何故貴方は気づかないのか理解しかねるわ。」

「そうだね。俺が認めた名探偵だもんね。」

最初は知られたことで動転して、どうしようとぐるぐると考えた。

それでも、気になって鳩で毎日様子は伺っていた。

そうしたら、鳩が彼女に捕まり、呼び出しを喰らってしまった。

お断りするほど、青年は強くない。彼女を怒らせると怖いことをよく知っていたからだ。

だから、あの日から十日後。お隣には足を運んだ。

そこで聞かされたのは信じがたいことだった。

彼が全てを知っていたこと。どうしてやってくるのかわからないこと。そして、対等でありたいこと。

何より、好意を持っていたこと。

何だかんだ言いながら許してくれるが、どこか壁を作っているように感じていたので、好まれていたとは思わなかったのだ。

「貴方達は本当に似ているわ。だから、馬鹿よ。」

「手厳しいけど、事実だから何も言い返せないね。」

「言い返してもいいわよ。それ以上に返してあげるから。」

「それは困ったね。」

本当にそうなれば、きっと自分では彼女を相手することはできないだろう。

新一の事に関しては、一筋縄ではいかない、大きな存在。彼女に認められなければ、新一が認めても側にいるには居心地が悪いことになっていただろう。

けれど、こんな口をきいても、彼女が自分を少しは認めてくれているのは感じていた。

だから、うれしかった。けれど、同時に新一に知られたら・・・という恐怖から、知られたことを知った日、逃げてしまった。

だから、何を言われても聞く覚悟はしていたが、思っていたよりも優しい反応に自然と笑みがこぼれる。





明日アナタが目覚めたら、真っ先に言おう。

『おはよう』と『おめでとう』と『ごめんね』の三つの言葉を。

きっと、驚いたり顔を赤くしたり慌てたり・・・また、アナタのたくさんの表情が見られる。

それまでは、アナタの寝顔を見ながら、どう祝うか考える。







あとがき
まだくっついてない二人。何より、惹かれているが自覚なしの二人。
見ていて腹立たしく思うお隣さん。そんなお話。