「そう言えば、明日か。」 誰もいない夜の海辺。ごつごつと岩が高く積みあがっているその上に、男がいた。 男は、穏やかな海の流れを見ながら風を感じ、夜の星空を楽しんでいた。 「今年のお姫様のところは賑やかそうだな。」 男は立ち上がり、その場所から海へと飛び降りた。 誰かが見ていたら驚きで声をあげるか、止めようとしただろう。 けれど、ここには誰もいない。 それ故に、男がいたことも誰も知らない。 共に過ごす夜 その日、新一はある一室に引き篭もっていた。 「新一、出てきてよ。」 「出てきて下さい。」 その扉の前でひたすら呼びかけるそっくりの顔の二人。 そんな二人を少し離れたところから呆れたように見ている女が一人。 「ここにおられましたか。仕事ですよ。快斗坊ちゃまも、家の仕事の件でお戻り下さいとの連絡がきてますよ。」 「寺井・・・。」 「寺井ちゃん。」 今はまだ離れたくないと訴えても、寺井はこの扉から二人を引き離した。 何故なら、仕事が終わらないと周囲が迷惑だからである。 こうして、連れて行かれた為に静になった部屋の扉の前。 呆れたように彼等を見送り、扉の前に立つ志保。 「私よ。昼食を持ってきたわ。開けてちょうだい。」 「・・・開けた。」 「入るわよ。」 一応声をかけて、扉を開ける。すると、そこには部屋に引き篭もった新一の姿があった。 志保は素早く部屋の中に入り、扉を閉めてしっかりと鍵をかけた。 また、あのうるさい二人が戻ってきたらいろいろと面倒なことになるからだ。 「それにしても、よくやったわね。部屋に引き篭もるなんて。」 「だって・・・あいつ等。」 「まぁ、私もそろそろ彼等に灸を据えようと思っていたところだけどね。」 闇人のことや時矢のこと、一気にいろいろあったが、全て片付いた今。 新一は二人の思いを受け入れ、答えを返した。 しかし、新一は少しはやまったかもしれないと思わざるえなかった。 何故なら、あの日からずっと相手をさせられていたのだ。しかも、昼も夜も関係なく。 おかげで、先月なんて身体がもたず、熱を出して倒れる始末。さすがに切れた志保によって、しばらく大人しかったが、そんなのは数日で終わり。 別に、新一は彼等二人が好きだから、彼等が望むのならと、いつも思っている。 しかし、あの行き過ぎた性欲に付き合うほど新一は身体が強いわけではない。というより、あの二人に付き合える人間はそうそういないと思う。 故に、少しはやまってしまったかもしれないと少しだけ後悔していたりする。 そして現在。 幼馴染の蘭に会い、まったりとした午後のお茶を楽しんでいた数日前。 今日が誕生日だという事実を知らされ、真っ青になった。 あのイベント好きの二人のことだ。絶対に何かしてくるにきまっている。しかも、ここ連日疲れていて、できれば夜の相手はしたくない。 というか、したらまた身体を壊すのに目にみえている。 なので、新一は昨日の晩からこの部屋に引き篭もったのであった。 まぁ、些細な抵抗でしかないのは事実だが。 「とりあえず、昼食は食べてちょうだい。」 「わかった。」 せっかく持ってきてくれたし、何も持たずに引き篭もりをしたため、とても暇だったりする。なので、食事も普段なら面倒くさいが、暇つぶしにはなる。 いただきますと手を合わせ、箸を持ってそれをつかむ。 今日はおいしそうな黄色い玉子焼きに魚の塩焼き。そしてわかめの味噌汁。本当は他にもあったのだろうが、生憎新一にはこれぐらいで十分だった。 そのあたり、志保もわかっているのだろう。 「そう言えば、時矢から何か連絡あったか?」 「あの人からの連絡なら、貴方の方が詳しいんじゃないの?」 「・・・そっか。」 「音信不通なの?」 「いや。ただ、本当に『元気』でいるのかなと思ってな。」 その新一の言葉に、志保苦笑するしかない。 あの男も、新一に惚れているのだ。しかも、たとえ深手を負うことになっても、決して口にはせずに黙っているだろう。 だから、新一はいつも心配になるのだ。 「大丈夫よ。連絡があるうちは間違いなく『元気』でしょうから。」 「そうだな。」 変なことを聞いて悪かったという新一に、次見かけたら一発殴っておかなきゃと思う志保だった。 そこでふと、志保は思い出す。今日が新一の誕生日であることに。 次見かけたらではなく、今日見かけたらになりそうだと、快斗曰く何かを企む笑みを浮かべるのだった。 「志保・・・?」 「何でもないわ。とにかく、それ、残したら駄目よ。」 「うっ・・・。」 微妙に残っているおかず。いくら新一に合わせて数を減らしているといっても、基本的に外へ出かけることがない新一はそれほどお腹はすかない。 何より、おやつとして寺井が作るお菓子がおいしくて、毎日いただいているので、余計にいらなかったりする。 「とにかく、私はもう行くわ。今日は仕事が入っているから。」 「そうか。じゃあ、後でな。」 「引き篭もるのも、今日までにしておきなさいよ。」 「・・・わかってる。」 あまり長く引き篭もると、あの二人は怒るのだ。とくに、今日が何かわかっているから余計に怖い。けれど、休みもほしいのでつい逃げたのだが、今からもっと遠くへ逃げたい気分である。 こんな時、事件が起こってそれどころではない状態になればいいのになと、無責任にもそんなことを考えてしまう。 「せっかく晴れてるから、出かけたいな。」 あの二人は、望めば叶えてくれるが、あまり外へ連れて行きたがらない。 理由は簡単だ。新一が他人の目にふれるのが勿体無いとかいう理由だ。 新一としては阿呆らしいし、何より人目につくという点ではあの二人だって格好いいという部類に入る。 だから、新一も結構やきもちを焼いてしまうのだが、わざわざ教えてやることはしない。 そんなことをすれば、また二、三日寝込む羽目になることは経験済みだからだ。 「そう言えば・・・。」 よく考えたら、明日は歩けば目にアレが必ず入る。 自分の誕生日がそんな時期だったことを思い出し、どうして家から最近出たがらないのか新一はよく理解でき、笑みがこぼれる。 「楽しそうだね、お姫様。」 「っ!時矢・・・?」 そんな、気が緩んだところへ、声をかけられてビクっと反応して振り返る。 すると、そこには見知った男の姿があった。しかも、閉鎖されているはずのこの部屋に簡単に気配もなく足を踏み入れている。 「時矢・・・今日は何の用だよ。」 「今日はお姫様の生まれた日。せっかくだからお祝いをしようかと思ってね。」 お空のお散歩はいかがですかと、差し出される手。 少し考え、どうせ二人は仕事でしばらく戻らないし、暇である。新一はその手をとり、さっさと連れて行けと命令する。 すると、笑みを浮かべて、時矢は仰せのままにと跪いて、手の甲に口付けをおとす。 「・・・やっぱり、お前もある意味キッドと同類だな。」 「そうか?」 「間違いない。・・・で、怪我とかしてないだろうな?」 「大丈夫。最近仕事は順調だからね。」 ふわりと新一の身体を抱き上げ、いつも時矢に付き添う妖精が姿を見せれば一瞬で視界は室内から街外れへと変わる。 そのまま、時矢は新一を連れて歩き出し、目的の場所についた。 「・・・これは何かの嫌がらせか?」 「そんなことはないよ。」 そこには、何故か木々が生い茂る林の中で、優雅にテーブルを囲んでお茶をしている優作と有希子と盗一と薫の姿があった。 姿は見えないが、気配で智明がいることもわかる。 「しばらくぶりだね、息子よ。」 「いったいいきなり何の用だよ。」 「それはもちろん、息子の誕生日を祝う為だよ。」 数時間前、彼に偶然会ってねと、拉致って来てと頼んだ旨をご丁寧に話してくれた。 何ていう親だろうか。 というより、自分は空の散歩に誘われたのであって、森のお茶会に誘われたわけではない。 「ほらほら、座って。新ちゃんの好きなお菓子も用意したのよ。」 「息子達が迷惑かけているみたいだから、たまには生き抜きも必要だと思って。今日は思い切り騒いで帰りなさい。」 新一の母と快斗とキッドの母がその場を仕切り、進めていく。 さすがに、新一も逆らえずに従うことになる。 昔のこと。今のこと。これからのこと。 いろんなことを話し、たまにはこんな時間もいいかなと思えた。 しかも、気づけば日はとっくに暮れていて、空に月が昇っていた。 何だかんだと言っても、やはりこの人達には適わないし、親なんだと思う。 「そろそろ帰らないと息子達が暴走しそうだね。」 「まったく、うちの息子を使い物にならないようにしてくれて・・・。」 「優作。だめよ。新ちゃんはもう、あの二人のものなんだから。」 「近々、新一君の花嫁衣裳を見たいわね。」 好き勝手言って、またおいでと言う四人に、機会があればとだけ答え、水入らずを邪魔せずどこかにいっていた時矢が迎えに来た。 「今度こそ、お散歩しようか。」 「もう夜だ。」 「星空もいいものだよ?」 抱き上げ、何もないそこにまるで階段があるかのように登って行く時矢。 新一はしっかりと時矢に捕まり、夜の空を見上げた。 そこには、久々にみた満天の星空があった。 今度、快斗とキッドと一緒に見たいなと思った。 「お気に召しましたか、お姫様。」 「なぁ、いい加減姫って呼ぶのやめないか?」 「新一は出会ったときから俺のお姫様だからな。それに、あまり名前を呼ぶと嫉妬して暴走する獣が二匹いるだろう?」 「・・・そうだな。」 わかってしまうがために、それ以上何も言えない。 そもそも、元は一つだったのが二つに分裂して、さらに強烈になったのがあの二人だ。 別にそれが悪くはないと思っているが、今もまだ二股しているようで複雑なのである。 「何か物を渡してもうるさいからな。これが俺からのプレゼントだ。」 「ああ。これで十分だ。」 「では、そろそろ帰りますか?」 「・・・そうだな。帰らないとやばいことになる。」 少しだけどうしようと思う。そんな新一の様子に笑っている時矢を一発殴り、黙る新一。 少しだけ遠回りして、夜空を楽しみながら新一が引き篭もっていた部屋に戻った。 扉の外には気配がいくつかある。 快斗とキッド、そして志保と紅子だろう。 本当に、彼等は心配性だ。 「じゃーな。そろそろ、引き篭もるのも終わりにする。」 「なら、気をつけなよ。身体を壊さないように。」 「・・・。」 そう言って、最初から誰もいなかったかのように消えた時矢を見送り、部屋の鍵を開ける。 すると、勢いよく開け放たれ、がばりと飛びついてくる二つの温もり。 「どこにいっていたのですか。」 「いなくなっちゃったのかと思った。」 「ばーか。んなわけないだろ。」 少し心配させてしまったなと苦笑しながら、二人をあやすようにぽんぽんと背中を叩く。 二人の先に視線を向けると、そこには同じように心配したという顔をしている志保と紅子の姿があった。 「ただいま。」 「もう、勝手にどこか行かないで下さいよ。」 「出かけるなら置手紙ぐらいおいておいてよね。」 部屋に鍵がかかっていても、彼等は入ることができる。 けれど、望まないから勝手には入らない。けれど、何も残されていなかったら、本当にいなくなったのかと不安になる。 「本当に、いなくなったりはしませんか?」 「どこかいくつもりだったら、とっくにいなくなってるよ。」 「本当に?俺とキッドを受け入れたこと、後悔してる?」 「いいや。してない。・・・それとも、俺の気持ち、疑ってるのか?」 「そんなことありません。」 「そんなことない。」 ただ、捕まえてもこの腕からすり抜けてしまう。 いつか、本当にいなくなってしまいそうで不安になるだけ。 それ以上に、彼が無茶をして、気づかないところで傷ついていないかと、心配になるだけ。 彼の気持ちを疑ったことはない。 けれど、それ以上に周囲が彼の存在を放っておいてくれないから問題なのだ。 「そう言えば、まだ言ってなかったですね。」 「そうだ。日付変わったら言うつもりだったのに新ちゃん引き篭もっちゃうから。」 そう言えば、今日は自分の誕生日。 「おめでとう、新一。」 「おめでとう。生まれてきたこの日に感謝を。」 「・・・ありがとう。」 少し照れながら返したその言葉に、可愛いとかほざきながら抱きつく二人に、今日は何故か怒る気にはなれなかった。 こうやって甘やかすからいけないのだと思っても。 「今日の仕事はもう終わったのか?」 「ええ、全て終わらせました。・・・明日の分も大半は。」 「大分片付けてきたよ。」 「そうか。なら、三人で川の字で寝るか。」 「・・・。」 「せっかくだから、今日は川の字だ。」 つまり、お預けというやつだ。けれど、二人はそれ以上何も言わなかった。 部屋に行くぞと言えば、すぐさま移動開始する二人。 何だか、ひよこを連れてる親鳥の気分である。 「志保、紅子。おやすみ。はやく寝ろよ。」 「ええ。良い夢を。」 「おやすみ・・・二人とも、手を出したら明日覚悟しておきなさい。」 「・・・。」 志保の言葉もあるから、手は出してこないだろう。 それに、今日は二人のぬくもりを感じて、のんびり眠りたい。それに気づいているのか、二人は文句は何も言わなかった。 「おやすみ。」 「おやすみ、新一。」 「おやすみ、眼が覚めたらいなかった、なんてやめてよね。」 「誰かに拉致されない限りない。」 「では、そんな無粋な輩は排除しなくてはいけませんね。」 そんな会話を交わしながら、三人で仲良く眠りにつく。 これが、新一にとっての一番のプレゼントだった。 大切な人と過ごす、変わりない日々を過ごすこと。こうやって、ただ一緒に夜を過ごすこと。 きっと、明日一日送れの、盛大なお祝いをしてくれるだろう。 それもうれしいけれど、新一にとっては、今のようなただ一緒に過ごす夜もうれしいのだ。 自分にとって、こんな夜を過ごすことはできないと思っていたから。 「また、仕事で遠出か。」 男は一人、夜の街並を見下ろしながら、明日からの予定を考えていた。 『ずっと、側にいる。それじゃ、だめ?』 「そんなことないよ。」 『よかった。』 「ありがとう。君がいるから、夜も好きだよ。」 かつての自分は、新一同様に夜が好きではなかった。 夜は、光を飲み込む闇だから。 「さて、行こうか。」 男は夜の闇に消えた。 |