さぁ、いらっしゃい

血のように紅い月が、空高く昇った

月を繋ぐように空の海に橋がかかった

紅い月は扉が開く合図

 

はじまるよ、宴が

合言葉を言えば、誰でも参加の出来る宴が

 

でも、合言葉がないと入れないよ

合言葉が宴の参加者の証明書

なかったら、仲間になれないよ

でも、大丈夫

合言葉はいつも貴方の中にあるから

 

けれど、忘れてはいけない

一度足を踏み入れたら、二度と今までのように戻ることはできない

 

さぁ、いらっしゃい

月夜の宴がはじまるよ

 

合言葉はなに?

 

 

 

月夜の宴

 

 

 

転寝していたらしい。

先ほどまで見ていたはずの夢はもう思い出せない。

「灰原・・・来たのか・・・。」

探偵というものをしている為に人の気配には敏感な方だが、お隣さんに関しては安心しているので気付かない。

だが、それは時として命取りともなるのだが。

苦笑しながら、起き上がって読んでいたはずの本がどこにあるかを探す。

読んでいた本はしおりを挟んでテーブルの上に置かれている。

それと一緒に夕食と薬も添えられている。間違いなく、自分が寝ている間にお隣の少女が来た。

「やば・・・。」

いつも温かい格好をして、疲れているのならさっさと寝ろと言われていたのだ。

それにもかかわらず、こんなところでブランケットも何もかけずに寝ていた。

きっと、明日会ったらいろいろと言われてしまうだろう。少しどんよりとしてしまう。

けれど、今は用意されたコレを食べてさっさと寝るに限る。

今も、彼女は隣からこの部屋の電気が消えるのをずっと見ているに違いないから。

「結構寝てたのか・・・。」

用意されていた夕食はすでに冷めていた。せっかく用意してくれたのに少し申し訳ないなと思いながら、ラップを取る。

一口つまみ、冷めた夕食をどうするか少し考えてからレンジで温めた。本当はこのまま休んでしまいたいが、何も食べずに薬だけを飲んでも彼女は怒るし、用意されたものをむげには出来ない。

あまり職は進まないが、食べれるだけ食べてからグラスに水を入れ、薬を飲んだ。

片付けは明日にしようと、グラスや夕食の食器を流しに出したまま、新しいカップに珈琲を入れて部屋へと戻る。

もう日は暮れて、携帯も呼び出しが鳴る気配はないので、寝れる時に寝ようとベッドに腰掛けた。

ここ最近忙しかったから、きっと今夜あたりしっかり寝ておかないとしばらく外出禁止を哀から言い渡されてしまう。

そうなったら、携帯も没収されて、一日中監視されて本も読めなくなってしまう。

それだけはなんとしてでも回避しないといけない。

「さみっ・・・。」

最近は冷え込んできていると天気予報が言うとおり、確かに肌寒い。

これははやく布団の中に逃げるのが一番だ。

新一は珈琲を飲み、眠くなくても寒いので布団の中にもぐった。

どうやら、眠くはなくても身体は相当疲れていたらしく、深い眠りに陥った。

その時、窓が開き、月の灯りと共に風がふわりとカーテンを揺らし、何者かが入ってきたが、新一が気づく事はなかった。

 

 

 

 

 

記憶が正しければ、自分は布団の中で寝たはずだ。

その割には、どうしてか自分は森の入り口にいるではないか。

頬をつねっても痛いので夢ではないような気もするが、どうしてこの場所にいるのかわからない現在、夢と思うほうがいい気もする。

つまり、少々現実逃避をしたいわけで・・・。

「さて。どうしたものか・・・。」

本気で、どうしようか悩む。何せ、どうすれば自分の知っている場所、もしくは家にたどり着けるかさえ、わからないのだ。まず、第一にここはどこなのかがわからない状況だ。背後も左右も、ただ広い野原や丘が続くだけ。目の前にはいかにも妖しい森があるだけ。

それ以外は何もないような場所。

何故か服が寝る時に着ていたものではなく制服であるし、履いた覚えのない靴もしっかり履いている。まぁ、こんな場所に立っていて靴を履いていないのは何だか嫌なのでそれいいのだが。

まさか、夢遊病の気があったのだろうか。そんなことを一瞬思ったが、あったらとっくにお隣の少女が気付いていることだろう。しかも、冷めた目で冷めた口調ではっきりと余計な不安をあおるような言葉付きで教えてくれていただろう。つまり、夢遊病ではない。と、思いたい。

とにかく、誰か人はいないかと新一は少し歩き出した。ここにいたからといって、解決するような気がまったくしなかったからである。

元々、謎があれば追いかけたくなるのが新一だ。好奇心も働き、森に足を踏み入れた。

そんな新一の姿を見送る影が、すっと姿を見せた。

「来てしまったか。・・・どうしたものか。」

黒いシルクハットに黒いマントで身体を覆ったその影は、困ったように呟いているが一切表情に出ることはなかった。

「いつか、この日が来るとは思っていましたが・・・本当に彼は謎に好かれているようだ。」

誰にも聞かれることのない言葉。

そして、影もすっと現れた時のように消えた。

その頃の新一は、ただひたすら道になっていない森の中を歩いていた。

足場が悪く何度か躓いて転びそうになりながら、とにかく真っ直ぐ歩き続けた。

けれど、あまりに歩いても木々が広がるばかりで、出られないのではないかという不安がこみ上げてくる。

その時、ガサガサッと大きな葉が揺れ、擦れる音が耳に届いた。同時に、何かがくる気配を感じ、新一ははっと後ろを振り返った。

すると、紅い影が木々の間から飛び出してきた。

それは、立派な紅い毛並みを靡かせてしっかりと立つ獣。

新一の目の前に優雅に立ち、じっと何の色にも染まらない漆黒の瞳でじっと見ていた。

「何なんだよ、これ・・・。」

さすがに獣相手に戦っても、勝てる気がしない。そもそも、何故こんな大きな獣がこの森にいるのかさえ謎であるし、地球にこんな生物がいるようなところだとどこだろうかといろいろ頭の中でめぐる。

しかし、何一つ答えは出てこない。

『人の子・・・光を持つ魔人。やっと、来たのね。』

獣は新一がわかる言葉で呟き、漆黒の瞳を閉じた。すると、見る見る獣の姿は小さくなり、人の形をとった。

そして、目の前に一人の紅黒い長い髪を持った女が立っていた。

『はじめまして。私は月の守護を得る紅の魔女。貴方が来るのを待っていたわ。』

差し出される手。真っ直ぐ新一を見る目。

もう、何が何だかわからない。

そして、急に遠のいていく意識の中で、女の笑みが最後に残った。

 

 

 

 

気がつけば、周囲は木々で溢れた森ではなく、どこかの洞窟のような場所にいた。

周囲は薄暗く、岩肌が見えている。

「目が覚めたようですね。気分はいかがですか?」

突如聞こえてきた声に振り返る新一。そこには全身黒で多い尽くした男が立っていた。

「そんなに警戒しないで下さい。少し傷つきます。」

そう言って、男は新一のすぐ側まできてしゃがみ、水の入った器を差し出してきた。

「お前、誰だ。」

「そう言えば、名乗ってませんね。すみません。私はこの場所の管理者、キッドです。」

「キッド・・・だって?」

キッドというのには、新一は聞き覚えがあった。

世間を騒がせる今時予告状を出すレトロな怪盗である。しかも、夜に目立つ白のシルクハットに白いスーツを着た何者かで、今目の前にいる男のように正反対の黒を着てはいない。

『キッドと名乗るのはどうかと思うわよ?』

突如、増えた別の声。それは、新一が森の中で最後に聴いた女の声だった。

「お前等・・・。」

「ほら・・・急に現れるからさらに警戒してしまったじゃないですか。」

どうするんですか?と、キッドと名乗った男は立ち上がり、入り口の側に立っている女に話しかける。

『あら。私はただ忠告しただけよ。それに、彼のお迎えに行っただけ。それ以上は何もしてないわ。だからそんな事を言われる筋合いはないわ。』

せいぜい、嫌われないようにしなさい。そう女は言い、二人に背を向ける。

そして、首だけで少しこちらの方を向き、一言残して姿を消した。

『全ては光の者次第。』という、意味深な言葉を残して。

「まったく、彼女にも困ったものですね。」

協力的なのか非協力的なのか。ふぅと少し困ってしまったかのように一息つき、男は再び視界に新一を入れた。

「まずはゆっくり休んでください。その合間でいいので、私の話を聞いていただけませんか?」

男は丁寧に、けれど目は本当に真剣になってお伺いをたてるように言う。

どの道、今の新一には家に帰る方法もわからないし、ここがどこなのかもわからない。

ならば、まずすることは情報を集めて処理することだ。

だから、新一は男のお伺いに応じたのだった。

「まず、この場所のことですが、薄々感じておられると思いますが、貴方の知っているものとは異なります。」

「なら、ここはどこなんだ?」

「ここは、閉鎖された行き止まりの森。ここへ足を踏み入れれば、外へ出ることは叶いません。」

「なっ・・・それじゃあ!」

「少し落ち着いて下さい。」

外に出ることが出来ないということに、どういうことだとキッドに掴みかかろうとする新一。それを優しく宥めながら、キッドは話を続けた。

「しかし、二度と出られないというわけではありません。閉鎖されていますが、現に貴方はこの場所に足を踏み入れた。つまり、条件さえクリアすれば、『外』への橋がかかり、出入りが可能なんです。」

それが、今晩のように、紅い月が昇った日だとキッドは新一に告げた。

「貴方にわかりやすく日時を言うのなら、この場所で紅い月が昇るのは七夕の夜だけ。それも一時的に数分だけなのです。」

外でも七夕は年に一度織姫と彦星が会える日であり、会うための橋がかかる。

この場所も、そのような感じで、条件を満たした時のみ行き来ができるのだ。ただし、それは本人の意思に決定権はなく、偶然こちら側に落ちてくることもあれば、気がつけば外に出られていることもあるといった、偶然によって左右されることが多い。

正確には、偶然というよりもこの場所が『決めている』のだ。

つまり、中からは故意に外に出ようとしても出られない。そして、知らない間にこの場所へ落とされることもあるのだ。

全てはこの場所に宿る『力』が引き起こす気まぐれ。

しかし、例外も確かにあった。

「この場所の管理者は管理者の意思で出入りが可能なのです。ただし、この場所に捕らわれている事実は変わりありませんが・・・なので、出入りが出来ても私自身制限があり、自由ではありません。けれど、これが出入りの例外の一つです。」

今聞いたことを整理すれば、キッドは出入りできるが、自由ではない。つまり、結局ここに捕らわれて閉じ込められているのと変わりがないということだ。

「しかし、例外はもう一つあります。」

「もう一つあるのか。」

真剣なキッドの表情に、自然と新一も真剣に話を聞く。今は、目の前の相手が世間を騒がす怪盗かどうかはどうでもいい。

「はい。そのもう一つが貴方なのですよ、新一。」

「はぁ、俺?!」

何を言ってるんだと正気かと相手を見るが、真剣なその目で見られると、本当のように思えてくる。というよりも、誘導されているような気がしてならないが、嘘をついているようには見えなかった。

これでも、探偵として活動する中で相手の嘘を見破るのには長けている方だ。その探偵の勘を信じるのならば、キッドは嘘を言ってない。

けれど、世間では彼は犯罪者だ。全てを鵜呑みするのは危険だとわかっている。それでも、嘘を言っているようには思えない探偵の勘から最後には新一が諦めた。

そもそも、現在話が通じる相手がキッドしかいない状況なのだ。しかも、話を聞けば聞くほど一人であの森の中を彷徨ったとしても誰かに遭遇できる確率は限りなくゼロに近い程低いのだ。

「だが、俺だってその、何だかわからない力とやらに連れてこられたんだろ?」

まずは、それが疑問だった。

管理者だと名乗るのだから、キッドが多少この場所で自由に動けるのはわかる。

しかし、ここへはじめてきた自分が、何故出入りが自由にできるというのか。

「新一は光が閉ざされたこの場所にあちらから光の橋をかけられる者。つまり、数少ない光の力を持つ人間なのです。反対にこの場所の管理者に選ばれるのは闇の力・・・いえ、少し違いますね。光によって違う光を差す月ですね。つまり、光の影に潜む月の力を持つ者なのです。」

「月・・・。」

月はキッドとイメージが重なる。

きっと、月をバックにして宝石を翳す怪盗の姿をみたことがあるからだろう。

「しかし、光の者と違い、月の者は簡単に出入りは出来ません。しかも一度管理者としてこの場所に選ばれてしまうと、魂の半分をこの世界を支えているという神殿の奥に封じられて出入りは出来ても自由にはなれないのです。」

それはつまり、管理人として選ばれてしまったため、身動きがとれなくなったということだろうか。

その言葉は呟きとして声に出ていたようで、そうなのですよと困ったようにキッドが答えた。

「管理者の任を降りる方法も二つあります。一つは新しい管理者と代替わりをすること。」

「普通に考えればそうなるよな。」

「もう一つは、出入りを許された光の者からの祝福を受けること。」

「・・・それって、俺からってことか?」

「はい。」

何だか、話が可笑しな方向に進みつつあったが、ここにきてまた光の者の話題。そもそも、いつの間にかこの場所に来た自分がどうやって出ればいいのかわからないのに、本当に出入りが自由なのか。それに、光の者と言われても自身にそんな実感はないし、本当にそうなら今頃自分の家に帰れているのではないだろうか。

「そもそも、何故光の者が出入り可能なのか。それは、管理者を外へ解放できる唯一の者だからです。同時に、この場所を眠りにつかせ、空間をしばらく閉じることもできる。そうすれば、目覚めるまでは管理者は必要なくなる。」

「何か変な方向にいきだしてないか?」

「そんなことはないかと・・・。あと、今は言わなくてもきっと名探偵の貴方なら隠していることに気付いてしまうかもしれないから言っておかないといけないことがもう一つあります。」

「なら、最初から言えよ。」

「すいません。」

先に同列して話を進めるとややこしくなるかもしれないと思いましたのでと、キッドは先に詫びを入れ、話を続けた。

「出入りが可能なのは、光の者だけ。制限されながらも管理者も可能。しかし、極まれにさらなる例外が訪れるのです。」

「例外・・・。」

「闇の力を持つ者。つまり、新一と正反対に位置する力を持つ者です。管理者が管理をするため、闇の者がこの場所に立ち入ることはできなくなっています。しかし、時々ですが、この世界を創っている空間にほころびが出来、そこから招かれざる客の侵入を許してしまうこともあるんです。」

そもそも、管理者とは闇の者がこの場所を訪れないように見張るのが役目なのだと、キッドは新一に言った。

また、管理者が光の者に呼びかけ、この場所を眠らせることによって闇の者の侵入を完全に拒む壁を作る。それも仕事の一つだ。

「闇の者がこの場所を訪れれば、光の者同様に管理者に祝福を与えることができます。しかし、光の者の祝福は自由と開放ですが、闇の者の祝福は絶望と永遠の眠りを与えるのです。つまり、この場所で死を向かえることになるのです。」

「なっ・・・!?」

「さらに、闇の者がこの場所を眠らせると、夢として暴走を始めてしまいます。そうすれば、あちらの世界に侵食していき、飲み込んでしまう。そうすれば、世界は闇に覆われ、全てが眠りにつく世界へと変えられてしまう。」

それを防ぐ為に管理者がいて、その危険を回避するために管理者は光の者に呼びかける。

それが何度も繰りかえされ、今があるのだとキッドは言った。

「ですから、協力していただけませんか?」

すでに、新一はこの世界に選ばれた。そして、同時に闇の者もこちらへ足を踏み入れたことに管理者であるが故に気付いている。

もう、時間がないのだ。

「ああ、俺が出来る範囲のことなら協力はしてやるよ。このままというのも、嫌だからな。」

何より、本が何もない。それが一番許せなかった。

そんな新一に、相変わらずですねとクスクス笑うキッドに文句を言ってそっぽを向く。

自然と、新一はキッドのことを受け入れていた。いつもならば、あまり人を寄せ付けないというのに、不思議だ。

「では、話も終わりましたし、行きましょうか。」

差し出された手を新一はとる。

この時、キッドのことを、悪い奴じゃないと信用してしまったことが、取り返しのつかない事態を招くことになるとは、まだ新一は知らない。

 

 

 

孤立したその場所をつなげる橋がかかる日。

合図は空に高く昇った紅い月。

宴のお誘いを受けるなら、気をつけておいきなさい。

今までと同じままではいることはできないのだから。

もう戻れない。

そうならないように気をつけなさい。

決して向こう側の者に隙を見せてはいけないよ。

たとえ、管理者であっても、優しく話しかけられても。

常にその相手が同じ相手だとは限らない。そういう場所なのだから。

 





あとがき
今年で勢いのまま別館としてサイトを立ち上げて3年。長いようであっという間でした。
去年は何もできなかったので今年こそはと思いましたが、結局物語は解決せずに続くというような展開のまま。しかも、また設定が原作じゃない(汗
この後、何かが起こるような展開にしてありますが、続きはありません。
こう、続くように見せかけて終わる話を書きたいなと思いまして。
この先何が起こって新一取り返しのつかないことに陥るのか、読み手の方の想像により楽しんでもらえたらいいなと思っています。