「ねぇ。明日は家で大人しくしててね。」

いきなり言う快斗の言葉になんでだと質問を返せば、明日は一緒に出かけたいからだと。


その為に迎えに来るまで、大人しく家にいておけという事らしい。


まったく、出かけるのが好きな男だ。


そんな事を考えている新一は気づいていなかった。


正確には明日が何の日かだなんて、すっかり忘れていいたのだ。


去年もあれだけ大変な思いをしたと言うのに…。











 
 ヴァレンタインのチョコはいかが?










 
せっかく新刊を買って、快斗が作ってくれる夕食を食べた後に読もうとおもっていたのに。

ご機嫌だった新一はかなりご機嫌斜め丸出しの顔で部屋にこもっていた。


さっきからうるさい迷惑な携帯の電話やメールのせいだった。


それも、事件の要請とは関係のないもので、何度もご機嫌に読んでいた本の邪魔をされてかなりご機嫌斜めになっていた。


下では、その相手を知って怒っていたりもするが、それ以上に新一の機嫌が悪いことに困っていた。これでは、明日出かけてくれるという約束をしたが、出かけられないかもしれないなという思いがあったのだ。


電話は出なかったが、メールは一応読んだ。内容は、『明日会えるか』という事。相手はもちろん白馬と服部。中には蘭のもあり、蘭のものに対してはきちんと返事を返しておいた。


出かけるので、明日は無理だと断りを入れて、明後日なら開いているがという連絡も入れておいた。


これが、幼馴染と恋人、そして気を許した相手以外との差。


これでも、快斗と新一はつい先日恋人同士になったところだった。


鈍い新一が快斗の告白に気付いてくれるのに数ヶ月、返事を貰うのに数ヶ月。


見ていてわかるほど甘ったるい雰囲気を漂わせつつも、恋人同士と新一が自覚したのは最近。


お隣の新一の主治医でもある最強の小学生も呆れるものだった。


そんな新一は、服部や白馬の事を嫌いではないが、かなりの誤解を持っていた為に、嫌いなものと認識してしまっていた。

その理由を快斗は知らないが、新一から警戒して近づかないことには越した事がないので、それはよしとして気にしない事にしていた。


「あら。珍しいわね。」


片手に本を持って工藤邸に入って来たのは、主治医でもあり、妖しげな科学者でもある最強の小学生の哀。


「何が?」


哀がいう珍しいという事に理解できなかった快斗が聞き返せば、ため息をつかれた。いったい何がなんだというのだと、かなり大げさな反応を示す快斗にさらにため息を見せる哀。


「まったく、どうして彼はあなたの手をとったのか、知りたいわ。」


「そりゃぁ、愛があるからに決まってるでしょ。」


「その自信は何処から来るのかしらね?一度その頭を解剖してみたいものだわ。」


「う、それは遠慮しておくよ。」


遠慮なんかしなくてもいいのにと小さくいいながら、哀はなおしてくるわと、この家の書斎から借りて行ったと思われるその本を持って部屋を出て行った。


「新一だからなぁ。たぶん、忘れているんだろうなぁ。」


つまり、今年はもらえないという思いから、トホホと肩を落とす快斗。


はじめから期待はしていなかったが、やっと自覚してくれたので、せっかくの行事でもあるし、もらえたらいいなと少しは思っていたのだ。


しかし、彼の態度を見ていれば、頭にヴァレンタインのヴの字もないだろうと思われる。


「ま、明日の約束は取り付けたし。他に取られる事もなさそうだし。」


甲斐甲斐しくも毎日家政夫のごとく通う快斗。彼としては、新一から同居の許可がもらえたらいいなぁと思うが、言っていないので気付いていないだろうと思われる。


健気な高校生だなぁとたまに思う。健全な高校生なので、もっとという欲はもちろんある。だが、新一が嫌なのならやらないし、無理はさせたくないからということで、ずるずると来ている。まぁ、自覚してくれたのが最近と言う事もあるのだが。


今はこの幸せを楽しみますかと、夕食の用意をして、上にいる新一を呼びに言った。










 
 
次の日。白い雲が風に流れ、ちょうど良い感じで気持ちがいい。雨が降る確率もなく、降る気配もないぐらいの晴れ。

これなら、お出かけ日和だし、新一が文句をいうようなじめじめしたものにはならない。


ルンルンと鼻歌を歌いながら、快斗は工藤邸へとやって来た。


だが、家の前まで来て足を止め、機嫌はかなり急降下した。


なんと、家の前に自分のうっとうしい敵ともいう黒い奴がいたのだ。


どうやら、昨日断られてもこりずにやって来たようだ。まったく、迷惑な奴だ。


昨晩、もしものためにと、新一をお隣で寝るようにしていおいて正解だったかもしれないと思う。まったく、しつこい奴だなと快斗は思う。


しっかり、新一との関係を彼ともう一人のお邪魔虫には言っておいたのだ。これ以上付きまとうのは無駄で迷惑だからとしっかり言って。それでも、近づくのだ。


さらに、視界の先にバラの花束を持ってやってくる男が見えた。それを見て、さらに機嫌が悪くなる快斗。


まったく、新一に会う前にこんなのではいけない。先に排除すべきかと考えたが、あまりうるさくするとお隣に怒られてしまうし、待たせると新一が文句を言うだろうし、まずはお隣へ行く事にした。


お隣の門を開けて中へ入ろうとしたとき、気付いた黒い奴はこちらを向いて、工藤かと聞いてくる。すぐに、違うなとわかったらしいが、一発で見抜けないなんて、まだまだだなと思う。


「おい、工藤知らんか?」


「さぁ?」


「隠したんとちゃうか?」


「さぁね。知っていたとしても、俺がお前に教える義理なんてないし?」


「お、知ってるんやな?」


「もう、こっちは急いでるの!ばいばい。」


攫んでくる腕を振り切って、お隣のチャイムを鳴らす。その間、背後には奴がまだいる。


「開いているわ。勝手に入りなさい。」


その哀の許可を得、快斗は扉を開ける。黒い奴は入ろうとしたが、何を見てか動きが止まり、門から出て行った。


さすがは、哀だろう。不敵な笑みを中から見せたのだろう。奴は哀の裏を少しは知っているので、下手に逆らおうとはしないのだ。


まぁ、それは賢い選択だと思う。










 
 

さて。中に入って様子を伺う。すると・・・。


「あ、来たのか。」


とてもご機嫌な様子の新一がいた。何やらエプロンをつけているし、甘い匂いがする。


面倒くさがりなので、一体全体何事だと新一に問いかける。


すると、答えはあっさりしたものだった。


「あのな、昨日蘭からメールがあってさ。」


それはなんとなく知っている。


「今日がヴァレンタインだろ。明後日義理を届けてやるからと言われてさ、思い出したんだ。」


ほらっと、これから包むらしい、箱に詰められたチョコレート。


とてもおいしそうなそれを見て、驚きと同時に喜びで幸せいっぱいだ。


「新一〜ありがと〜〜。」


快斗君うれしい〜〜とぎゅーっと勢いよく抱きついた為に、少々新一がバランスを崩して危うく落としそうになった。


「ったく、落とすだろ。」


「ごめんごめん。でも、ありがと。」


あ、っと快斗は思い出して、マジックでぽんっと綺麗にラッピングされた包みを取り出した。


「はい。」


新一へ用意した、手作りの甘さ控えめのチョコレート。


しっかりといつものお礼もかねて哀の分も用意してあるが、新一のが特別。


「それにしても、もらえると思ってなかったよ。」


「・・・それは・・・。」


実は、こっちに来て哀に言われるまで気付かなかったのだ。


しかも、その後に蘭からも用件がヴァレンタインの事で、やばいと思ったのだ。


だから、あの後少し寝てからチョコ作りをはじめたのだ。哀指導のもと。


一応、味見もしておかしな薬品を混ぜられて形跡もないし、安全だろう。・・・たぶん。


さて、そんな時だった。






 
ぴんぽーん





 

チャイムが鳴った。誰だろうと、思っていると、哀がすぐに外のカメラを見て開けるのをやめたことから、どうでもいい奴なんだと判断して気にしない新一。


そして、快斗からもらったチョコレートと入れたての珈琲を飲みながら食べる。


快斗も、新一から手作りでもらったチョコを食べながら幸せを噛み締めていた。


すっかり快斗の頭の中にはあの二人の存在はない。だが、外の二人にはしっかりと快斗の声で新一という名を聞き、諦めずに外にいた。


まぁ、面倒なので哀も無視する事に決めた。


しかし・・・






 
ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん・・・





 

連続でならされるチャイム。


さすがの哀も、せっかくそれなりに気に入っている快斗のチョコと珈琲を飲んでいるというのに。


「・・・一度、死にたいのかしら?」


邪悪なオーラが見えた気がした。


「うん。気のせいだな。」


「そうだね。」


「やっぱり、快斗は上手いよな。俺のなんて・・・。」


「そんなことないよ。おいしいよ?」


ここはあまり気にしてなかった。


夕方から外で食べに行こうと予定しているので、それまでに哀が片付けてくれるだろうから、出かけるのはやめてごろごろ過ごすことにした。


やっぱり、外に出たいが、新一に視線が集まる事が許せないのである。新一もまた、快斗に視線が集まる事をよしとしない。


お互い独占欲が強かったりする。まぁ、新一は無意識なので少し性質が悪いのだが。


その後、しばらくして悲鳴が聞こえ、哀が一度こちらを覗いてゆっくりしていきなさいと一言かけて地下へ降りていくのが聞こえたが、気にしない。


・・・死にはしないだろう。丈夫らしいし。


その後は夕食を食べに出かけ、いつも以上に、チョコ以上に甘いようなバカップルは、幸せオーラを放ちながら一日を過ごしたのだった。



その後、あの二人の行方はしばらく誰も知らなかったが、どうやら無事に家に帰ったらしいという情報がどこからか流れてきた。

しかし、結局のところは確かめてもいないし、確かめる気もないので快斗と新一は知らないが。







     あとがき

 ハッピーヴァレンタインです。ということで、ヴァレンタインのフリー物語です。
 今回珍しく、ファンタジーじゃない、パラレルな設定じゃないんですよ。びっくりだ。

 現在はフリーではないので、お持ち帰りしないで下さいね。