今夜こそはっ! よしっと勢いをつけて、夜の闇に映える白い衣を身に纏った者がとある屋敷へと侵入する 「名探偵っ!」 がらっと窓を開けて中にいるはずの人物を呼ぶ が・・・ 「うるせぇ。」 げしっ 「痛い・・・(涙)」 見事に腹に目の前の人物の足蹴りがヒットしたのだった 甘い夜を過ごしましょう とりあえずめそめそと泣き崩しをして、なんとかそれ以上蹴られることも追い出されることもなくなった白い奴こと怪盗キッドはリビングで机を挟んで、本来なら天敵であるはずの探偵と珈琲を頂いていた。 それも、探偵こと工藤新一が嫌そうに見ているかなり白くて砂糖が多量に入った甘い珈琲を飲まれ、少し胸焼けがしてくるのであるが・・・。 「で、いったい何の用だ。このば・か・い・と・う。」 「そんな、いちいち区切らなくても・・・。それに馬鹿じゃありません。」 「そんなことはどうでもいい。」 「どうでもって・・・。そもそも名前が・・・。」 「こそ泥には名前なんかいらん。」 「うわ、ひでー。」 いつものようにまったく無意味に続く会話をしばらくしたのち、やっと本題へ。 「いったいお前は探偵の家に何しに来たんだ?」 「あ、それ。もちろん、新一と一緒に過ごそうと思ってね。」 シャンパンと手作りケーキを用意しましたと、どこからか出した。 相変わらず種はわからず、いろんな意味で器用な奴だなと思っていた。 とりあえず、少し小腹も空いた気がするので、(夕食は警視庁行って面倒になり、食べてなかったりするので)せっかく出してくれたので食べることにした。 新一の好みに合わせて、この怪盗はいつも甘すぎないお菓子を持ってくるので、戸惑いもなくケーキを口にするのだった。 ある意味、餌付け? 一通り、食べて飲んだ後。 「それで、本当の本題は何だ?」 少しとろんとした目で怪盗を見る新一。 その少し眠そうにとろんとした目で見られて、少しぐっときて危ういが、ここは我慢とお塩留めて、何のことですかと答える。 「だいたい、いつも変だが、どうしてこう探偵の家に入り浸ってこんなもん用意して・・・。何が目的だ?」 お前が求めるような情報なんて何にもねーぞと言われても、もともとそんなことをするつもりはないし、新一と一緒にクリスマスという日に会って人並みに騒ぎたかっただけなのである。 「別に、新一と一緒にいたかっただけですよ?」 「・・・どうだかな。」 何度も訪問している間に受け入れてくれているのかと思っていたが、今夜は少し突き放すように冷たい新一の様子に、少し不安になるキッド。 「しかし、突然どうしたのですか?」 「・・・別に。」 ふいっとキッドから視線をはずして、窓の外を眺めながらシャンパンを口にする。 なんだか、様子が可笑しい。いったいどうしたのだろうか。 キッドにはどうしたらいいのかまったくわからず、とりあえず新一が何か言うまで大人しくそこで座って待っていた。 「・・・お前。」 呼ばれたので何ですかと答えると、帰らなくていいのかと言われた。 「これといって予定はありませんが?」 いてはいけないのだろうかと思ったが、なんだかこのまま新一を置いていくのもいけない気がした。 「どうして、突然そんなことを言われるのですか?」 「・・・。」 「黙っていられても、わかりませんよ?」 新一が持っていたシャンパンのグラスを奪い取り、視線を合わせて様子を伺う。 どこか、不安定で、そして寂しそうで、悲しそうで、見ているだけで少し辛いように見える新一を見て、いったい何があったのかと本気で心配する。 「お前の帰りを待っていて、心配している人。・・・いるだろ?」 「・・・確かにそうですね。名探偵も知っての通り、協力者がいますからね。しかし、連絡は入れてあります。」 そんなことかと思ったが、どうやらそれとは違うらしい。 「それ飲み終わったら、帰れよ。」 「・・・名探偵。」 これ以上何を聞こうとも口を開きそうになかったので、キッドは黙って自分のシャンパンを飲んだ。 そして、新一のグラスは机の上に置き、片付けて行こうかと思ったが、自分で片付けるといい、態度で今すぐ帰れと言う新一に、今夜は帰った方がいいのかもしれないと、また次の機会にと一言残して去った。 本当は、今夜は側にいたかったし、何より今の新一は儚く幻のように消えてしまいそうだったので、立ち去るのに戸惑った。 しかし拒絶されれば、今は引くしかない。そう思い、キッドは帰る事にしたのだ。 跡形もなくキッドの姿がなくなった後、新一はグラスに残ったシャンパンを人口飲んだ。 「・・・どうして、だろうな。」 いつの間にか、自分は怪盗のことを好きになっていたことに気付いた。 だけど、それは知られてはいけないものだとわかった。 だから、クリスマスに会えて嬉しくて舞い上がっていたけれど、素直になんてなれないし、何より自分よりも彼には大切にしている人がいる。 気に入られているとしても、ただ気が会うだけで、きっと心は違う。 親に内緒ごとをして楽しむ子供と同じだ。誰にも知られることのないこの時間を、ただ対極で決して交わることのない探偵と怪盗の関係を楽しんでいるだけだろう。 優しいから、いつも気遣ってくれるから誤解してしまいそうだ。 「どうして。・・・俺はお前を好きになったんだろうな・・・。」 明日、あいつは大切な人とクラスメイト達を交えてパーティをすることだろう。 今日、あいつは用事が会って無理だからと言い、もう日付は変わった今日にパーティをするらしい。 仕事もあるだろうが、寄らずにさっさと帰れば最後には間に合うのに。 彼女と過ごす時間だって出来るのに。 本当に、暇なお人よしだなと思う。 自分はいつ事件が起こるかわからないからと、なかったら行くということで蘭や園子に言ってある。 この調子だと、行く気力はなさそうだなと想いながら、最後のケーキの一口を口にする。 店に売っているもののようにしっかりと飾られたケーキ。だけど、見た目ほど甘くはない。 甘い物が苦手な自分に合わせて作られたであろうケーキ。 おいしいけど、なんだか本命に渡す前の実験用みたいにも思えた。 だけど、うれしかったのは事実。 帰り際に置いていったらしい、白い薔薇の花一輪。 カードもあって、律儀だなと思う。 こんな自分に構ってるより彼女との時間を大切にしたらいいのに。 街中で見かけるあいつは、いつも笑っている。どこか作っている自分に向けられているものとは違う。 あいつは気付いていないだろうが、自分はしっかり彼の昼の姿を知っている。 そして何より目的も、二代目だということも。 シャンパンを飲み干して、後片付けをしようと立ち上がったが、片付けてしまったら過ごした時間までも消えてしまいそうで、結局流しに出すだけで花とカードを持って部屋へと戻る。 部屋に戻って、いつも送られてきては、行けずにいる予告状の束が入っている引き出しを開ける。 結構な量になり、そろそろ別の場所に移そうかなと考えた。 それにしても、警視庁とは別にわざわざ送られてきているこれを、丁寧に残しているなんて。 知られたら馬鹿にされるだろうか。 それに、自分だけではなく、クラスメイトらしい、キッド専門の探偵にも同じ物を送っているだろうから、決して特別ではないだろう。 はぁとため息。考えてもしょうがないのに。 密かにもらった花は出来るものは押し花にしたり、お隣に頼んでドライフラワーにしたりしておいてある。 もらったものを、一つでも失いたくなくて。なんだか女々しい気もしたが、捨てるなんてできなかった。 ドライフラワーの件で、もしかしたらお隣にはばれているかもしれないけれど、何も言わないだろうからその点は安心している。 もし嫌われてあえなくなるのは、今の自分にはもっと堪えるだろうから。 「それにしても・・・。憎たらしいほど、月が明るいよな。」 窓から覗く夜空にしっかりと輝く月。少しかけているが、存在をはっきり示すように輝き満ちている。 まるで、何事にも自身に満ち溢れて存在を示す怪盗と似ている。 しばらく新一は、窓から月を眺めていた。 何も考えずにぼんやりと。 そして、気づいた時には布団も何も着ずにベッドの上で寝ていた。 おかげで、寒さで目を覚ました。 「だるい・・・。」 どうやら寒さで風邪気味になったのかもしれない。身体がだるい。 黙っていてもお隣にはばれるだろうから、熱だけ測って寝ていようと思った。 だが、階段でふっとめまいを起こし、ふらついた拍子に下へと落ちた。 なんとか受身を取ったが、少し手首を捻ったかもしれない。 まぁ、それほど痛くもないのであとで言おうと、とりあえずリビングへと向かった。 ふらふらとしながら、危ない足取りで体温計を持ち出してソファに腰掛ける。 だんだんと身体は重くなっていくし、寒い。 熱を測ってみて、温度を確認する余裕もなく、机の上に置いて、ソファの上に寝転がる。 寒いので、身体を丸くして自分の手で擦る。 今は冬だ。それもクリスマスという冬真っ盛りだ。 そんな中に寒さの苦手な新一が温かくしてない部屋にいたら、熱があっても寒いものは寒い。 これはまずいなぁとどこか他人事のように思いながら、怒られるだろうなと考えつつ、なんとか電話に手を伸ばしてお隣の番号をかける。 「・・・どうしたの、工藤君。」 「悪いけど・・・今、来て・・・くれね・・・か。」 少し息が荒いままでの伝えられた言葉。さすがに様子が可笑しいとすぐに行くわという答えで電話は切られた。 しばらくする間もなく、玄関の扉が開く音がした。 もう、任せても大丈夫かなと思いながら、少し意識が遠のいていく。 「ちょっと、何してるの、工藤君っ!」 リビングに来た哀が叫ぶ。 「こんなに身体を冷やして。」 「悪ぃ・・・灰ば・・・ら・・・。」 結構遅くまで起きていたのも事実なので、とても眠い。 「ちょっとっ!・・・・・・何これ。大人しく寝てないと駄目じゃない。」 哀は机の上に置かれた体温計の温度を見て唇を噛み締める。 こんなになるまで何をしていたのと怒っても、相手はすでに意識はない。 「・・・もしもし、博士?ちょっと出かける前に悪いのだけど・・・。」 博士を呼んで、部屋まで運んでもらう。 その後は出かける予定があるために、任せておいてと送り出した。 心配そうにして今日はやめると言うが、お願いだから行ってと哀が強く言い、わかったと博士はしぶしぶ出かけたのだった。 「まったく。何をしていたのよ。」 頭を冷やす為の水とタオルを用意する時に流しで見つけた二つのお皿とグラス。 昨晩も、あの怪盗が来たのだと哀にはすぐにわかった。 だが、どうして新一がこうなるのかはわからなかった。 どう見ても、あの二人は互いを思う両思いだったからだ。 昼間は会わずとも、とっくに恋人なんてものになっていると思っていた。 「何かあったのなら、容赦しないわよ。」 だが、彼がこんなことになっても気付かない、もしくは原因だとすれば、次来たら容赦などしない。徹底的に排除してやるわと決める。 哀にとって、新一はとても大切な人だからだ。笑顔を奪い苦しみを与えるのなら、排除してやる。 どうせ、朝は食べれないだろうが、昼は食べないと体力が持たないだろう。 お粥でも作ろうと哀は下へと降りた。 いったい、どうしたのだろうか。 帰ってきてからずっとキッドこと快斗は考えていた。 あの顔がどうしても離れない。 おかげで、あまりゆっくり寝られなかった。疲れていたのに気になると眠れない。 「快斗―。手伝ってー。」 下から呼ぶ幼馴染の声。 面倒だなと思うが、幼馴染として大切な彼女のいう事を無下には出来ない。 「わーったよ。」 昨日は無理だと言って、どうしても一緒に皆でやりたいからと今日になったクリスマスパーティ。 「遅いじゃないですか、黒羽君。女性方に任せるなんて、いけませんよ。」 相変わらずフェミニストで嫌味で鬱陶しい奴だなと機嫌が下がる。 「ほら、快斗。飾りつけっ!」 青子はケーキと料理してるから頼むねと部屋から出て行った。 「それにしても、やはり眠いですか。昨晩の仕事で。」 「何の事だよ、白馬鹿。」 「必ず君が怪盗キッドだと証明してみせます。」 「へいへい。勝手にしてろ。」 うるさいのは流しておく。 絶対にこいつには無理だ。暴けるのは彼ただ一人だけ。 考えたら、また昨日のといっても今日だったが、彼の様子が気になる。 今夜もこれが終わったら様子を見に行こうかと考えていた。 夕方からぞくぞくと青子が呼んだ招待客達がやってくる。 もちろん、苦手な紅子もいる。 「黒羽君。」 にっこりと笑顔で呼ばれても、快斗には何かを企んでいる、裏が見えるような笑顔にしか見えない。 「何だよ。」 「ちょっとね。可笑しな予言があったものだから気になってね。」 「だから、何だよ。」 「・・・気をつけなさい。大切なものはしっかりと攫んでおかないと。簡単にすり抜けてしまって、戻ってこないわよ。」 じゃぁねと、青子に呼ばれた紅子は快斗から離れていった。 その時だった。 「どちら様〜?」 チャイムが鳴った。 まだ来ていないメンバーはいただろうかと考えながら、青子が玄関に出る。 すると、そこには小学生の女の子がいた。 「えっと、誰かな?」 「悪いけど、ここに黒羽快斗って人、いないかしら?」 「快斗?いるよ。快斗―、お客さんだよー!」 とりあえず、ごった返しているけど上がってと、寒いだろうから中へ入れる。 「何だよアホ子。俺に客って・・・。」 こちらへやって来た快斗が哀の姿を確認して少し驚く。 「あら。わかるのね。やっぱり、彼の身辺はしっかりとチェックしているみたいね。それにしても、貴方はとても楽しそうね。」 「とにかく、青子は中に・・・。」 「二度と、彼の前に来ないでくれないかしら?」 「何で初対面の君にそんなわけのわからないこと・・・。」 「あら。わからない?迷惑だと言っているのよ。それに、私は知っているわよ。貴方のこと。」 彼の身辺を知っているのは貴方だけじゃないのよと言う哀。 なんだか険悪のムードを漂わせて、抜けようにも抜けられなくなった青子。 中では皆が騒いでいるので気付かれていないだろうが、なんだか居づらい。 「新一が言ったの?」 快斗は諦めて、自分の正体を知っている哀に聞く。 「いいえ。彼は何も言ってないわ。何も言わないから困っているのよ。」 とにかく青子はと、そろりと中へと戻った。 少し気になるけれど、聞いてはいけないような気がしたし、みんなのことも気になっていたから。 さて、邪魔者も消えてずばずばと言えるわと思う哀は聞く。 「貴方、工藤君とはどういう関係なのかしら?」 「・・・どうして哀ちゃんがそんなことを聞くの?」 「とても重要だから。」 「そう。・・・好きだけど、まだ何もない関係。探偵と怪盗のままだよ。」 それで、哀ちゃんは何の用でここまで来たのと聞けば、恋人にはなってなかったのねと言われ、ぴしりと固まる。 「あの、哀ちゃん?」 「あら。わからないとでも思ったの?貴方達、見ているこっちが恥ずかしいぐらいいちゃついていたくせに。」 貴方も恋愛音痴なのかしらと言われて、ぐさりとくる。 だが、すぐに復活する。貴方達と哀は言ったのだ。つまり、自分だけではなく新一もということだ。 そういうところはしっかりと聞き逃さない快斗。 「え、新一が?」 「・・・そうね。見ていて面白いぐらい反応してくれたわよ。」 それでと話が戻される。 「ここまで馬鹿だとは思わなかったけれど、本当に迷惑だから、二度と来ないで頂戴。」 「だから、どうして哀ちゃんにそんなこと。」 「昨晩、貴方家に来ていたのでしょう?」 「・・・行ったね。」 それが原因なのかと聞けば首を振る。 「貴方なら、工藤君の様子に気付けたんじゃないの?」 「確かに、どこか様子がおかしかったですが・・・。まさか彼に何かっ?」 「ええ、あったわ。どうやら何も着ずに寝たのが原因らしいけれど、高熱でうなされながらも、今は落ち着いて寝ているわ。」 そんなと、快斗は慌てて家を出ようとした。 だが、それを哀が入り口に立ちふさがって止めた。 「どいて。」 「嫌よ。まだ、私は貴方に話を聞いていないもの。」 「何を。」 今すぐ新一のもとへ行きたいのに、どうしても哀は行かせようとはしない。 キッドの時のような冷えたそれをまとい、哀を睨んでも快斗に睨み返す哀。 どちらも引き下がらない。 「知らないとはいえ、さぞかし楽しくクリスマスを過ごしたことでしょうね。彼のことなんて忘れて。」 気になってしょうがなかったが、気にしすぎてもしょうがないと、確かに記憶から飛ばしていたのは事実。だが、今は状況が違う。 「どうして、はっきりとしなかったの。」 「何がですか。」 「彼の風邪の原因は間違いなく貴方よ。本当に迷惑だわ。」 「だからどうして。」 「貴方の態度が悪いのよ。」 しっかり考えて答えを出すまで、来ないで頂戴と釘を刺して哀は立ち去った。 それにしても、まだくっついていなかったなんて、予想外だ。 あれだけわかりやすい反応を見せて、彼からもらったのであろう花を大事にしている彼。 ポストに届けられた予告状をうれしそうに見ている彼。 態度からしてわかりきっていた。 あの怪盗もまた態度が全て好きだと言っていたからわかっていた。 だからこそ、すでにくっついた二人が何かけんかでもして後悔して悩みすぎた結果風邪を引いたのかと思っていた。 それがどうやら違うようだ。 なら、くっつけてやってもいい。彼がそれを望むから。 たまに見る寂しそうで辛そうな顔の先には、必ず彼と幼馴染がいた。 昼間は会えない関係だからこそ、夜しか会えない事が辛いのかと思っていた。 「どっちも馬鹿よ。」 まったくと、急いで家に帰って、新一の眠る部屋へと向かう。 細心の注意を払って部屋に入ってきた灰原だったが、新一はどうやら起きているようだった。 「灰原・・・。」 「あら。起きていたの。」 「扉の音がして・・・。」 「そう。ごめんなさい。」 なんだかいろいろ言いたそうな顔をしている新一に、まだ寝てなさいとだけ言う。 「ごめん。」 「そう思うのなら、温かい格好をして、温かくして寝て頂戴。」 「・・・ごめん。」 「謝られても困るわ。」 「・・・。」 とうとう無言になる新一。 「それにしても、もうくっついているのかと思っていたわ。」 「・・・なっ、灰原っ!」 「ほら。起きないで。」 顔を紅くして布団の中にもぐってしまった新一。 「・・・やっぱり、お前。」 「ええ。あれだけ幸せオーラを出されたら嫌でも気付くわ。」 「・・・そっか。・・・・・・なぁ。」 「何?」 「・・・何でもない。」 哀が気付くのなら、聡いキッドなら気付いていただろうかと聞こうと思ったが、言えなかった。 「今日はこのまま、大人しく寝ていて頂戴。」 「ああ。悪いな、いつも。」 「呼び出されて疲労で倒れるよりはいいわね。」 目の届く範囲にいるのだものと言われて、もう少し要請に応じる量を減らさないと、そのうち外出禁止令が出そうだなと苦笑する新一。 「もう、帰ってもいいぞ?」 「でも。」 「お前も寝ないと、身体壊すだろ。」 「でも、工藤君。」 「俺の主治医だろ?お前倒れたらどうしようもないだろ。」 「・・・そうね。」 だけど、ここの客間を借りるわといわれた。 もしも、何かあったときにすぐに対処できるようにと。 「そうそう。蘭さんには風邪で寝込んでますからと連絡入れておいてあげたわよ。」 「ああ。サンキュ。」 「どういたしまして。・・・おやすみなさい。」 「おやすみ。」 部屋から出る哀。まったく、無理しているのがばればれである。 「怪盗さんはどうするつもりなのかしらね。」 どうせ、今夜中に心配になってくるだろうから、自分は大人しく寝ていようかと部屋に引っ込んだ。 それでも、まだ新一のことは心配で気になるが。 ふと、静まり返った夜の闇が濃い中、新一は目を覚ました。 「・・・大分ましになったかな?」 朝ほどのだるさはない。机の上にはいつでも食べられるようにと置かれたお粥と水。そして、ずっと頭を冷やす為におかれた桶とその中に入っている水。 今は自分が寝ろといったから哀も眠っているだろうが、また迷惑かけてしまったなと思う。 弱い自分がいけないのだけどと、考えていたとき。 カタン 窓から物音がした。 なんだろうかとそちらに視線を向けると、窓が開き、白い何かが入ってきた。 それは、見間違える事などない、あの怪盗だった。 「お前・・・。・・・何しに来たんだよ。」 今夜は予告日じゃねーだろと言っても、あまり反応は見られない。 ただ、怪盗はそこに立っていて動かなかった。 「用なんかないはずだろ。さっさと帰れよ。」 だが、怪盗は帰ろうとはせずに新一の方へと近づいてきた。 「お前、帰らねーなら追い出すぞ。」 「その風邪で弱った体調で出来るのなら、どうぞ。」 知られていることで、うっと言葉がつまる。 「まったく、風邪をひくようなこと。お隣にも身体は冷やさないようにといつも言われていたはずでしょう?」 「・・・お前には関係ない。」 「関係あります。」 「ない。さっさと帰れよ。」 立ち上がって窓から追い出そうとしたが、さすがに立つのはまだ無理だったのか、ふらりとよろける。 そこをすかさず伸びてきた腕が支え、その腕がすぐにキッドのものだと理解する。 「離せ。」 「嫌です。・・・お願いですから、話を聞いて下さい。ほんの少しだけでいいですから。」 さっきまでの勢いがないのか、どうも犬や猫の耳でもあればしなびてるような状態。 いったいどうしたのかと、怪盗が見せた表情に戸惑う新一。 「新一。・・・私が新一のもとへ訪れるのは、気になってしょうがないのです。そして、私に興味をもってほしかったのです。」 いつの間にかベッドの上に座らされて、キッドは腰をおろして新一の前にいた。 「新一のことが、好きなんです。出合った時から、ずっと。」 「お前、何言って・・・。」 「確かに探偵と怪盗という敵同士です。そして、本来は向けるべき異性ではなく同姓だということもわかっています。しかし、工藤新一という人間を好きになってしまったのです。」 どうか、クリスマスという奇跡の魔法の力を借りた私の告白を、断るにしても忘れないで下さい。 そして、彼女がいう事が本当ならば、貴方の気持ちを教えて下さい。 「・・・キッド。」 「いいえ。違いますよ、新一。・・・俺は、黒羽快斗っていうんだ。」 すっと、モノクルもシルクハットもとって、衣装も脱いでしまった。 そして、姿を見せたのは新一とそっくりの、同じくらいの年の少年だった。 「・・・馬鹿か。」 探偵に正体見せるなんて。知っていても、自らばらすなんて。 「馬鹿じゃないよ。新一にはずっと知ってもらいたかったんだ。」 それで、新一の返事はもらってもいいと聞かれて、いまいち状況に頭と心がついていかないのでどうしたらよいのかとあたふたする。 好きになってはいけないのだと押し殺していた気持ち。 それを簡単に覆してきた怪盗。 「今日、哀ちゃんが来たんだ。」 「灰原が?」 「そして言われちゃった。まだ新一とくっついていなかったのかって。そして、新一を傷つけるから。・・・二度と新一の前に姿を見せないでって。」 風邪引いたって聞いてすぐに行こうと思ったのに立ちふさがって止められた。 だけどやっぱり気になってしょうがなかった。新一が好きでしょうがない気持ちは変わらないから。 「まだ、熱いけど・・・。ひどくなさそうで良かった。」 朝は酷かったのだとはわざわざ言う必要はなさそうなので黙る新一。 それにしてもまだ信じられない。昼間の姿の彼が目の前にいて、しかも自分の事が好きだと言うのだ。嘘でからかっているのじゃないかと、最後まで疑いは晴れない。 「何か言いたそうだね。」 「お前、本気か?」 「本気だってば。信じてくれないの?」 「だって。」 好きだと言った瞬間に本当は違うのだと言葉を投げつけられたら、立ち直れない気がする。それに、ソレが目的なのかもしれないし。 ちらりと快斗を見る。 「用心深いね。でも、それぐらい用心深い方が、変な虫もつかないだろうけどねぇ。」 「変な虫って・・・。」 「新一に言い寄る迷惑な者のこと。」 どうせ気付いていないだろうし。 「それで、返事は?嫌いなら嫌いってはっきり言って。顔も見たくないんなら、もう来ないから。」 それを言われては、会えなくなるのは嫌だと答えていた。 「俺は新一の事が好きでしょうがないんだ。新一は、俺のことどう思ってるの?」 「それは・・・。」 本当に言ってもいいのだろうか。言って馬鹿にされて来なくなるなんてことはないのだろうかと、まだ用心深くぐるぐると考えていた。 でも、もしかしたら最後のチャンスなのかもしれないと、思い切っていう事にした。 「俺は・・・・・・快斗の事が・・・・・・・・・・すき。」 とっても小さな声だが、快斗にはしっかりと届いた。 「ありがと。俺、新一のこと好きだから。絶対に離さないから覚悟しておいてね。」 ぎゅうっと、抱きしめられた。 どうやら、どこかへ行ってしまうことはないようだ。 だからか、妙に緊張していたらしい新一の身体は解けたと同時に限界で、ぐったりとする。 「ちょ、新一っ?!」 さすがに突如ぐったりされれば快斗も焦る。 だが、離れようとした快斗をしっかりと攫む新一。 今は逃がしたくない。逃げないのなら、側にいてほしい。 何よりこのぬくもりが、気持ちいい。少し寒かったから、ちょうどよかった。 「あの、新一さん?」 少し色付く白い肌と、とろんとしたなんともいえない焦点がぼやけているような瞳で見上げられて、手が出そうになるのですが・・・。 昨晩も我慢したのだ。今日も我慢したいが、かなり辛かったりする。 「眠い。」 「あ、ごめん。風邪だったもんね。」 窓は閉めてもやっぱりまだ寒い冬である。 新一を布団の中に入れて、今日は帰ろうかなと考えていた快斗だが、どうやら新一は帰してくれないようだ。 しっかりと袖を攫む手があった。 「帰るのか・・・?」 「だって、突然だったし・・・。」 「遅いし、泊まるのは駄目か?」 親御さん心配すると、言う半面で行かないでと訴える目。そんな目で見ないでと快斗は泣きそうだが、置いていくなんてことがやっぱりできるわけもなくて。 「母さんには言ってあるから、大丈夫だよ。」 「そっか。」 にっこりと笑顔を見せられた。だけど、今の自分にはその笑顔がとても眩しい。 あー、悲しいかな。病人には手を出せないし、我慢しているのに。 両思いになれたからといって、すぐに手を出せるような相手じゃないのも事実だが。 辛すぎる。健全な男子高校生には、新一のそのお誘いのような色気が辛い。 やっぱり、男なんて新一みたいな例外以外はきっと飢えた狼だ。 しかも寒そうに布団の中でもぞもぞと動く新一が、さっき抱きしめた時に温かいといっていたことで、なんとなく目が訴えられて、それが言いたい事が理解できてしまって、かなり迷った。 「なぁ、快斗。」 「な、何かな?」 「一緒に寝ないか?」 どうせ、寝てないし、これから寝るつもりだろと言われて、確かに寝るけどとしか答えられなかった。 その一種のお誘いが、彼にはとんでもないことだと理解しているのだろうか。 きっとしていないのだろうなぁ。 「快斗?」 一人心の中で涙を流しつつ、思考の中に旅立っている快斗。 反応がなくなってどうしたんだろうときょとんとした目がじーっと快斗を見つめていた。 ぐいっと袖をひっぱっても反応はない。 だが、じーっと見つめ続けていたら、はっと我に帰ってきたらしい快斗が、がちがちになりながら新一の方を見た。 視線を感じ取ってがちがちなのだろうが、わかってない新一は少し寂しそうに、布団の中にもぐった。 「嫌ならいい。」 「あ、そんなことないよ。本当、そんなことはないから。ただね、あまりにも可愛くて、じゃなくてだね、いろいろとその・・・。」 「・・・。」 「新一?」 「嫌なら帰れ。」 「あ、嫌じゃない。一緒に寝るんだよね。寝よ。湯たんぽでもなんでもいいからさ。ね、寒そうだし。」 あたふたとしながら布団を少しずらして、もぐった新一の顔を覗き込む。 「でも、いいの?」 「よくなかったら誘わない。」 「それもそうだね。」 新一はそういう性格だったねと改めて思う。 「とにかく、起きてたら哀ちゃんにも怒られるし。寝ようか。」 新一に言うと、もぞもぞと動いてベッドの隅へ移動する。つまり、入って来いというお誘いなのだろうが、うれしいようで悲しい複雑なところである。 だが、ご機嫌を損ねるまえに、そおっとあまり布団をめくらないようにして中へと潜り込んだ。 そしたら新一は寒かったのか、ぎゅうっと快斗に腕を回して抱きついてきた。 やっぱり素直に求めてくれるのはうれしいので、快斗は新一に腕を回して抱きしめた。 どうやら温かくて満足らしく、すぐにすやすやと眠り始めた。 「・・・試されてるのだろうか。」 本気で快斗はそう思い、寝ようと思ってもなかなか眠れない夜を過ごすのだった。 次の日の朝。 「・・・不法侵入者。泊まっていったの。」 「あ、はい。」 気配がして気付けば扉のところに哀がいた。 新一はまだ寝ているし、病気の時はしっかりと休むのが必要だと起こそうとは思わなかったが、とっても怖くて、味方として起きて欲しいという思いがあった。 「ま、別にいいわよ。彼が許可したのならね。」 しっかりと快斗の背中に回された腕を見て、朝食は用意しているから、大人しく横になっていてちょうだいと言って出て行った。 「・・・なんだか怖い。」 もしかして自分の分だけ何か得体の知れないものを混ぜられていないかどうかと、不安になる快斗。 だが、自分の名前を寝言で呼びながら擦り寄ってくる恋人になった彼が目の前にいれば、すぐに頭から飛んで行く。 これから側にいられるように、同居の件を頼もうかなと考える快斗だったが、それは新一が起きたらすぐに叶うことになるのだった。
|