夢を喰らうものがこの世には存在する。 人はそれを夢魔だとかバクだとか言うけれど、それとはまったく違うものもまた、夢を喰らう。 夢喰い 「もう、快斗。聞いてるの?!」 「聞いてるよ。ってことで、俺は早退な。」 もうっと、青子が投げる鞄を避けて、とっとと教室から立ち去る快斗。 今夜は予告の日。それも魔女がいらぬ予言もくれて、寺井も何か悪い予感がするという事まで言われて、しょうがなく事前にもう一度チェックをする事にしたのだ。 だから、早退して目的地へと向かう。 つけば、すでに夕暮れ。結構遠出だったからしょうがない。しかし、まだ予告時間ではない。 それにもかかわらず、そこはすでに警察で溢れ返っていた。だが、快斗には侵入は簡単。 近くにいた刑事を眠らせて、変装して中へと入る。 しかし、なんだか今日は妙だ。先ほどから完璧だと思っているのに、すぐに見つかってしまう。変装も見事にばれて追われている。 しかも、逃げた先がお見通しであるかのような、何者かが今回の現場に関わっているのは間違いない。 「くそっ。」 逃げても追い詰められてしまう。 だが、こんな茶番ももう終わりだ。やっと、目的のモノを手にした。そして、逃げる準備も整った。 「誰だかしらねーが、邪魔はさせねー。」 見えない敵に苦戦されつつ、なんとか寺井と合流し、近くにある隠れ家へと身を潜めた。 今日は疲れた。寺井は明日も店があるので帰ってもらい、自分はここに泊まる事にした。 母親にはちゃんと連絡を入れた。 気を張り詰めていたのが途絶えると、精神的に疲れた体が意識を奪おうとする。 そして、快斗は眠りについた。 「快斗。忘れるなよ。」 父親がいる。自分に何かを言っている。 これは夢だ。だって、父親はもうこの世にはいないのだから。 だけど、手を伸ばしてしまう。父親の背後から現れた炎が身体を覆い尽くして命を奪ったあの光景に変わっても。 助けようと手を伸ばす。小さい頃とは違うその手を伸ばして。だけど、届かない。 そして・・・。 キッドの姿になって、父親を殺したという男が現れた。 本気で殺したい。だけど、してはいけない。 夢なら・・・。夢ならば、あの男の息の根を止めてもいいだろうか。 そんな事を考えていた。 『・・・止めな。たとえ、夢であろうとも、それはいつしか現実になってしまう。』 凛とした綺麗な声が聞こえた。背後には、印象的な、引き込まれそうな蒼がこちらを見ていた。 「誰?」 「誰。・・・そうだな。夢を喰らうモノだな。」 目を覚ませと彼は言う。そうしたら、二度と同じことにはならないから。この夢はもうすぐ喰らわれてなくなるからと、彼は言う。 ふっと、意識が浮上した。 「あれ?」 起きれば、夢は覚えていなかった。だけど、あの印象的な蒼は覚えていた。 「夢を喰らうモノ。」 彼はそう言っていた。なら、今見ていた自分の夢を喰らったのだろうか。 「・・・また、会えるかな。」 もう、知らないときではいられない。あの蒼に惹かれてしまったから。また、会いたいと思った。 今度は、ゆっくりと話をしたいと、快斗は思うのだった。 あの『蒼』と『夢』で出会ってから一週間が経った。 現実では会える事がないであろうことは、彼の言葉でわかる。 よく母が昔に話してくれた『夢を喰らうモノ』であるとわかっていたから、夢でしか会えないことはわかっていた。 夢を喰らうモノは一般ではバクや夢魔だとかいろいろ言われているが、あれは別物。 母の話に出てくるそれは、もともとは別のものでありながら、その姿を持ち、夢を喰らう為に夢の中を彷徨うモノなのだと知った。 それは、独りという孤独を背負うものなのだと幼い心に感じた。 見せられた一冊の本。それは母が作ったものであるが、その主人公である『夢を喰らうモノ』はとても寂しそうだったのだ。 後で聞けば、これは父が死ぬ一年前に見たという夢をもとにして作られたものらしい。夢の内容は忘れたが『彼』の存在は忘れなかったらしい。 快斗も忘れなかった、あの印象的な蒼。そして、黒い髪。夢の中でだけ会う事が出来るという存在。 だから、会いたくても合えない状況から、毎日が憂鬱である。 そもそも、どういった内容の夢の時に現れるのかさえ、記憶がなくなるからわからないのだ。 本来、夢と言う不安定なものは起きれば忘れてしまう事が多いけれど、印象的な夢を見たという記憶はあるが、内容は思い出せないというもの。 それだけ印象的であれば、誰だって覚えている。それなのに、綺麗さっぱり消されているのだ。 『彼』が言ったように、その夢が喰われてしまったかのように。 ぼんやりと、放課後の街中を歩いていた。青子が一緒に帰ろうと言っていたけれど、断って先に出てきた。 「どうやったら、会えるんだろう。」 自分の父親の方が先に会っていたという事実を理解してからは、かなりむかつくのだが、今はそんなことよりも会う手段がないというのが辛い。 だけど、再会は唐突にやってくるのだ。 ぼんやりと歩いていた快斗。いつもならば避けられるしそんなことにもならないのに、危うく電信柱にぶつかりそうになり、慌てて避ければ道路に入ってしまい、前方から車が突っ込んでくる。 突然の事で運転手も驚いてブレーキを踏むが間に合わない。 さすがに仕事以外で「やべっ」と思った快斗。 次の瞬間・・・ 『ったく、バカかお前は。』 自分が会いたいと思っていた主の声が聞こえる。 背後を振り返ると、そこには確かにいる。今度はあやふやな夢の中でではなく、目の前にはっきりといる。だから、姿もしっかりと見る事が出来る。 夢の中ではわからなかったが、歳は自分と同じくらいだと思う。そして、どこか自分に似ている。 「・・・っ、あの!名前。名前なんていうの?!」 「夢を喰らうモノ。」 「違う。ちゃんと名前ぐらいあるでしょ?・・・それともないの?」 少し困った顔をしながら、『彼』は『シンイチ』だと答えた。 「シンイチ・・・?・・・良かった。会いたかったんだよ。」 と、がばりと抱きついた。それによろけながらもなんとかその場で崩れなかったシンイチは何するんだと怒鳴る。 「落ちるところだっただろうが。」 その言葉に落ちるとはどういうことだろうと、今更思い、状況を把握せざるえなかった。出来れば信じたくなかったとも。 「・・・空?」 そう。紛れもなく自分達は町の上空にいた。 「はぁぁぁっ?!」 驚きのあまり、大きな声があがった。本当にびっくりだ。 「・・・違和感なくいたお前はある意味すごいのかもな。」 「でも、・・・あ、俺って確か轢かれそうになって・・・って、ええぇ?!」 状況がわかってないようだ。 「前後の記憶をあの場所から消して、危ないお前をここへ回収した。わかったか?」 「あ、・・・はぁ。」 そんなに簡単でいいのだろうか。しかも、今ここにることを考えると、死んだのかと思ってしまうのだが。 「とりあえず、お前は生きてる。・・・それに、俺はお前を見守ると約束したからな。」 とにかく降りようかと、その約束の事を聞く前に目の前の光景が別の場所に移動したのだった。 とりあえず、移動された場所は、知らない家のリビングだった。 何処だと聞くと、俺の家だと答えられ、そうなんだと普通に聞き返し・・・。 「ええー?!」 そんな叫び声をあげていた。 珈琲を受け取り、苦さで飲めないという事で笑われたりしていたりしつつ、落ち着いてから話が再開された。 「俺は約束があって、お前を見守り、危なければ手を貸すと誓った。その通りに、今日危なかったお前を助けた。ここまではわかったか?」 「ああ。だけど、約束って、誰とのだ?」 「・・・言えない。」 「言って貰わないと、困るんだけど。」 お願いといえば、少し考えたのちに、新一は答えてくれた。 だが、それは快斗にとって予想外の人だった。 「嘘だろ。」 「本当。会ったのは、夢で一回と、死んだ後に一回。その二回だけどな。」 結局、助けられなかったんだよな。夢で予言をしたのに、それを受け入れると言った人。・・・黒羽盗一。 快斗の父親であり、最後まで心配して自分に頼んできた約束の相手。 「あんまり、危ない事してんじゃねーぞ。」 ずっと心配して、手の出せない場所から見続けているだろう。 だから、動ける自分に頼んだのだろうけれど。 ま、個人的に変わった人間である盗一のことは気にいっていたし、快斗に関しても実は現実世界で、見えないはずの自分を見つけて手を伸ばした子供という事で覚えているし、少しその日は落ち込んでいたので、救われた事もあるために、その約束を了承したのだ。 それは、新一以外は知らない事情だけれど。 「そっか。父さんが。」 心配させるような行動ばっかりして、親不幸者だと苦笑する快斗に、確かに親不孝者だなと、新一に突っ込まれた。 「で、ここは新一の家なんだよね?」 「おう。」 「・・・現実にあるの?」 「そうだな。・・・普段人として過ごしてるし。」 「あの、出来ればあたってほしくないんだけど・・・。」 「たぶん、お前の考えは間違ってないぞ。」 夢でははっきりと覚えていなかったけれど、今は顔がはっきりしているのだ。 ずっと、思っていた疑問。 それが当たっているのかと思うと、はぁっとため息が出てしまう。 「どうして、夢喰いなんて、御伽噺のような新一が、あの探偵の『工藤新一』なんてやってるの?」 「そりゃ、趣味だ。」 趣味で殺人事件に関わっているのですかと言うと、現場の方が、悪夢が多いからなと言われて、はっと気付く。 新一は、夢を喰らう者。悪夢のような、望まない恐ろしい夢、うなされたり、悲しみで溢れたり、憎しみを持った夢を食べれるのだ。 前々から、探偵は事件の後にどこか、他の探偵とは違うなと思うものがあった。 そして、向けられた言葉や真相に傷ついている事に気付いた。 まさか、夢喰いだとは思わなかったけれども。 「・・・そうやって、悲しみや憎しみを抜き取って、一人傷ついているのか?」 「・・・。」 答えないところを見ると、そうなのだろう。 まったく、なんというお人よしだ。 「・・・そろそろ、帰れ。おばさんが心配するだろ。」 そう言って、パチンと指で音を立てれば、気付けば快斗は自宅前にいた。 どうやら、送ってくれたようだ。 「・・・やっと見つけたんだ。」 これで終わりなんて思ってない。あの優しくて危ない夢喰い探偵ともっとお近づきになってやると、決意する。 そして、仲良くなっていつかはっ!という希望も忘れずに。 なんだか少し変わり始めた日常の中へと入り込む快斗だった。 |