朝から寒いなと思えば、外は真っ白の世界に変わっていた。 「新一ー、雪だよ、雪っ!」 「そーだな。」 朝食を食べた後、温かくなったリビングで薄い毛布を被って、ぬくぬくと丸くなる新一ぺたぺたと近づく。 小さい手で頑張って新一を起こそうとするが、一向に毛布から出てきてはくれない。 やはり、10歳の快斗には、17歳の新一との体格差は大きい。だから、必死に毛布を剥ぎ取ろうとしても、無理であった。 それでも、構って欲しくて、雪で遊びたくて、新一を起こす。だが、返事は勝手に遊びにいってこいというもの。 いつもは構ってくれるが、今日のように寒い日と、夏の暑い日は構ってくれない。だけど、そんな新一を含めて快斗は好きだった。 年の差も、性別も関係なく、自分を引き取って育てようとしてくれた彼に多大な感謝の気持ちと同時に、愛しい気持ちもあった。出会ってから、ずっと片思い。その思いは言っても通じることはないけれど。 そういえば、出会った日も雪の日だったかもしれない。そんな事を思い出す。もう、5年が経ったなと。 雪 はらはらと舞い落ちる雪。久しぶりに降った雪ではしゃぐ子供。父と母は苦笑しながら、自分を追いかけてきた。 いつものように、母は笑顔で快斗を見て、父は大きな手で快斗を抱き上げた。こんな毎日はずっと続くと思っていた。 だけど、それはいとも簡単に壊されて、快斗の目の前から奪われた。 快斗はしばらく雪で遊んでいたのち、公園まで出かけた。そこは、いつもと違う世界だった。白い雪で覆われた、世界。 雪をたくさんあつめて、たくさん雪だるまやうさぎを作った。 そこへ、現れたのは一人の少年。快斗より年上の蒼い瞳が印象的な、綺麗な人。 「楽しい?」 「うん。お兄さんは?」 「寒いのは苦手だから、ちょっと困るな。」 「困るの?・・・」 なら、どうしてここに来たのかと思えば、近くに住んでいるはずの知人を尋ねて来たらしい。 そうなんだと快斗は答え、一度家に帰ることにした。 小さな持って帰れる大きさの雪兎を持って、快斗は二人に見せようとばいばいと少年に言って走って行った。少年が何か言おうとしたが、言う前に走って行った。 そして・・・。 「お父さん・・・?どうして、ねぇ、お母さん?」 家は静まり返っている。そして、リビングに入る前に臭う独特の臭い。その臭いが快斗の気分を悪くさせる。 怖いけれど、二人はどこだと、快斗はリビングの扉を開いた。 「嘘・・・。」 そこには、紅い水溜りの中で倒れる二人の姿があった。 「お父さん・・・?ねぇ、起きてよ。」 それが血だとわかっても、二人がまだ生きているかもしれないと近寄る。雪兎はとっくに紅い血の上に落ちて紅く染まってしまっている。まるで、今のこの二人のように。 快斗は必死に起こそうとする。そして、膝や手につく紅い血。二人が流した血。涙なんてこぼれない。泣きたいのかもわからない。 その時だった。 突然背後で音がしたかと思ったら、快斗の身体が宙に浮いた。 二人をこんなふうにした相手がいたのかと、抵抗する快斗に、優しくかけられる声。それは、先ほど出会った少年のもの。 振り返ると、そこには少年がいた。 「外へ出よう。」 これ以上、快斗が見ないように。そして、事態を通報する為に。 彼が、呆然として動かない快斗の代わりに警察を呼んで事情を説明してくれている。そして、聞いていると彼の訪問先は自分の家だったようだ。 「とにかく、彼にはショックが大きすぎるでしょうから。」 「そうだね。」 「今日は帰らせてもらいますね。」 「いいよ。」 行こうかと、手を差し出される。その手はとっていいのかと、しばらく考えていると、少年が快斗の手を攫んで歩き出した。それにつられるように、快斗も歩き出した。 その後、両親の葬儀が行われ、快斗を誰が引き取るかで問題になっていた。この場所に、あの少年もいたが、心が泣いていて、話しかける余裕も何もない。 皆、別に自分を引き取らなくていい。自分のような、頭のよすぎる子供は、実際の子供のストレスになる。何より、親戚達もそれほど家庭に余裕があるわけではないので、他所の子供を引き取るなんてことは出来なかった。 だから、施設にでもいれられるのかなと思っていた。 「そちらが引き取らないのでしたら、私に引き取らせて下さい。」 背後から聞こえた声。それは、快斗もよく知る人物。両親の友人だった優作。父親が言うには有名な推理小説家で、担当を泣かせてばかりの人。でも、お金はたくさんあるらしい。だからなのかと思った。 「大切な友人の形見だ。貴方方に盥回しになどさせたくないですからね。」 嫌味を一言。親戚一同が黙った。あまりの言葉に驚いたのかもしれない。 そして、一人が怒って言い返そうとしたときだった。 「今、一番辛いのは彼です。そんな彼の気持ちも分かろうとせずに他人に押し付けるような言葉を彼の前でする人に、どうして任せられるでしょうか?」 優作の隣に立つ、あの少年。大人にも負けないしっかりとした口調で、相手を見る。 「快斗。おいで。」 手を差し出された。それに、快斗は飛びついた。 この日から、快斗は新一と一緒。 葬儀の日もまた、外では雪が降っていた。まるで、雪が二人を連れて行ったみたいで、すぐには好きになれなかった雪。 今では新一と会うきっかけをくれた雪として、それなりには好き。新一が構ってくれなくなるから、その点では恨めしいけれど。 「なんだよ。寝てるじゃねーか。」 途中で本を読み出して、快斗を無視して本の世界にいた新一は読み終わって顔をあげて、そばにある重みに気付いた。 いつの間にか毛布の中に潜り込んで眠っている快斗。 「まったく。困った奴だな。」 両親は海外を点々と移動するから、日本に残る新一が快斗の面倒を見てきた。だから、兄のように慕ってくれているのだが。最近では、どうも違う感情も混じり始めていることに、新一は気づいている。 「まだ、早いよ。お前には。」 勘違いということだってあるから、気付かないふりをしておく。今は。 新一はあの日より大きくなったよなぁと思いながら、快斗を抱き上げる。このままここにいては風邪をひいてしまうだろうから、部屋へ寝かせるためだ。 「いい夢見ろよ。」 そのまま、出て行こうとしたら、服の裾を攫む手があった。それにはさすがに困ったが、しばらく側にいてやるよと、同じ布団の中に入って、一緒に眠る。 外でははらはらと雪が舞う。 二人の夢の中でも、雪は舞い落ちていた。 そう、あの日の夢を見ていた。 だから、快斗の目には涙が少し溜まっていた。 だけど、最後には笑みに変わっていた。
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