貴方はサンタを知っていますか? サンタは人の子の夢によって存在するもの 故に、夢を見ぬ子どもが増えれば・・・・サンタもまた消えていくもの そう、はじめからなかったものとなりゆく、曖昧なもの 「まずいな・・・。」 サンタの国を治める盗一は考え込む。 サンタの国に少しずつ歪が生じ始め、このままでは消えてなくなってしまう。 「・・・まずは・・・。」 悪友に相談をしようかと書類を机に放り出し、立ち上がり、誰にもも見つからないようにと本来の入り口を遣わず窓から飛び出した。 サンタさんのおしまい 相変わらず外れた音程の鼻歌を歌いながら、街中を歩く新一。 昔ほどほえほえした幼さは減ったが、やはりまだまだ可愛いお子様に見える新一。 相変わらずその可愛さから変なのを寄せ付けるが、その度に変なのを退治する心強い味方がたくさんいる為、毎日が平和である。 そして、平和なこの日常の中で、明日の快斗の誕生日プレゼント喜んでくれるかなとか、志保達と料理何にするかの相談しようかと考えるのだった。 「あ、ベル姐〜。」 進行方向に、知り合いを発見し、笑顔で手を振って近寄る。新一に気付いたベルモットも、もちろん笑顔である。 「ご機嫌ね。」 「うん。明日快斗の誕生日なの。」 無邪気な笑顔でそう言われ、内心ピシッと何かにヒビが入ったのを感じるベルモット。 「そうなの。」 「うん。先月いっぱいお祝いしてもらったから、今度はいっぱいお祝いするんだ。」 「なら、私もお祝いしに行こうかしら?」 「本当?やった。じゃあ明日はきっと賑やかになるや。楽しみだな。」 もちろん邪魔しに行くのだが、ここまで素直に言われると、何故か罪悪感が生まれる。 きっとわかっていないのだろうけれども。だから面白いしつい気になるのだと自分に言い聞かせる。 そして、やはり独り占めはよくないのよと、また明日ねと手を振ってわかれた。明日は思い切り嫉妬深いサンタの邪魔をしてやろうと思いながら。 そんなご機嫌なベルモットの元へ、大柄な男が近づいていく。 「あ、ここにいやしたか。」 「あら、どうしたの?ジンは?」 いつも一緒にいて、ジンの後を金魚のふんのようについていくこの男が単独で来るなんて珍しいと思いながら、話の続きを要求する。 「それが、大変なことになったみたいで・・・。」 すっと顔がから表情が消え、大変なこと?とウォッカに聞き返すベルモット。 ひそひそっと、ベルモットの耳元で聞こえる程度の声で話す。その内容に驚き目を見開いてウォッカを見る。 嘘でしょうという口には出ない問い。しかし、ウォッカは事実ですと答える。 「そんな・・・。」 「どうしやす?」 「もちろん、国王は知ってるわけでしょう?」 「そりゃそうででしょうぜ。」 少し無言でベルモットは考え、明日が終わってから答えを出すわと言い、明日快斗の誕生日で新一が浮かれていることを告げ、立ち去った。 「確かに、楽しいことの後には残酷な・・・悲しむでしょうな・・・。」 ウォッカも新一の顔を思い出し、自分なら事実を告げられないと思った。 なんだかんだと言いながらも、一緒にいるあの二人を好きだからこそ、引き離すことになるのはどうしても言えない。 「どうして、こうなってしまったのか。」 その問いに答えてくれる者はここにはいない。 派手なクラッカーがはじける音が鳴り響き、人の声ががやがやと屋敷の外まで聞こえてくる。 「快斗、おめでとう。」 にっこり笑顔付でプレゼントを渡す新一に、可愛い〜と叫んで抱きつく光景はもう見慣れたもので、反対に割り込んで引き離そうとする輩もいればもっといけと囃し立てるものもいる。 そんな賑やかなパーティ。しかし、素直に楽しめない者もいた。そう、快斗の父と新一の父、そして真実を知るベルモット達であった。 だけど、楽しげな彼等の姿を見て、つい顔がほころんでしまう。現実を知っていても、まだ笑っていられるのだと、彼等は思った。それで、いいのかもしれない。そう思う事にして、その日一日を騒ぐのだった。 一晩騒ぎ、夜も更けた頃。バルコニーに盗一と優作がいた。 「とうとう・・・か。・・・逃げられぬ運命という奴だな。」 「さすがのお前でも相当余裕ないみたいだな。」 「当たり前だろう。私はこの国の責任者なのだからな。」 数日前、はっきりとしたこの世界の崩壊。子どもがサンタを信じるという夢が薄れ、国の存在も薄れはじめたのだ。 子どもの夢と想像でできているような不安定な国は、子どもの夢がなくなれば消えてなくなってしまうものなのだ。つまり、国が跡形もなくなるということは国民も全て最初からなかったものと同じように消えてなくなってしまうのだ。 数年前、結局何者かが分からなかった者が言い残した言葉が何度も過ぎる。 それが、国民が生き残る最後の道だとしたら、なんと残酷なことだろうか。しかも、それを新一が知ってしまっているということだ。 「今思うと、新一だけがサンタの一族ではなく『人間』だとあの日知られたのは偶然ではなく必然ではないかと思えてくるよ。」 「もしかしたら、『創られた国』には最初から偶然なんてなくて、あるのは必然だけなのかもしれないな。」 新一を見つけてサンタとして育てたことも、快斗と出あって仲良くなったことも、盗一と優作が仲よいのも、あの日血の繋がらないということを知られてしまったことも、崩壊しても皆が助かる方法を聞いてしまったことも全てが最初から作られたもののように思えてくる。 「ただ、夢を届けるだけなのにな・・・。」 「そうだな。」 夢を届ける仕事をしているだけなのに。夢を見なくなった子どもが増えたら消えてしまう存在でしかないなんて。なんて寂しいことだろうか。これでは存在しないと言われているのと同じではないか。そう、何度も思うのだった。 「私は・・・誰かを犠牲に助かるのなら助からなくていい。」 「私もだな。」 その道しかないといわれても、最後まで抵抗するのが自分達だなとお互い笑い合う。 「最後の抵抗をしようじゃないか。」 「そうだな。ただ消えるのを待つだけなのは嫌だからな。」 他にも何かできることがあるはずだと信じて。それが新たな力になると信じて。二人は部屋の中に戻った。 次の日。二人が思う以上に事態は悪化していた。 二人のサンタが外の世界に出て戻ってこなくなってしまったのだった。 探しに出た二人もまた、連絡を寄越さない。呼びかけても応じない、そんな状況に、四人は崩壊するということを知らしめるように侵食しはじめた闇に飲まれたのかもしれない。 それを知り、新一が家を飛び出した。 「新一っ!」 優作が気付いて止めようとしたがすでに遅く、すでに視界からも小さい後姿だけになった。 「優作っ!新一君は?」 「引きとめ損ねてしまった。」 「何?」 どうしようかと焦る二人に快斗は問いかける。 「新一は、どこにいったの?」 「それは・・・。」 「ねぇ!教えて!新一はどうなっちゃうの!」 問いかけても答えようとしない二人。だが、快斗の背後から答えが聞こえてきた。 「新一君は、自分の命を代償に、消えようとするこの国の人全員を人の世界へ移そうとしているのよ。」 振り返ると、そこにはベルモットがいた。いつも新一をとろうとする嫌いな相手。だが、真実を知っているのなら彼女が相手であっても構わない。このままでは、新一を失ってしまいそうだからだ。 「新一君は、私達サンタとは違い、人の子どもなの。」 「え・・・。」 「私達では何もできない。無理なの。この世界は人の子どもが見る夢からできている、存在が消えてしまってもおかしくない場所。」 それは考えた事もないことだった。消えても存在していないものだったとされるような場所だったなんて、知っていても知ろうとしなかっただろう。 「新一君だけは私達と違う。この世界を夢を願うだけで存続させる事も消す事もできる人の子どもなの。」 だから、彼が願えば助かるかもしれない。だが、世界を存続させるほどの力はない。人を違う場所で存在できるようにするまでしか願う力は足りていない。だが、新一一人でそれだけのことができるほど力があるのも事実。 「もう、私達には何もすることはできない。新一君が決めてしまったら・・・止める事すらもね。」 「そんなことはないっ!」 快斗はこのまま新一と別れるなんて嫌だった。だから、彼等を一度も振り返らずに新一がいるというあの丘を目指して走った。 ちょうどその頃からだった。街中に霧が発生し、次々と街の者達は倒れていった。そう、眠りにつかされたのだ。 これから起こる事を知らないままでいるように。盗一も優作も眠るまいとしたが、時はすでに遅く体はいう事をきかなくなっていた。 ただ、快斗だけは真っ直ぐ新一に向かって走っていった。まるで、新一の最後の見送人として選ばれたかのように、彼だけは動けた。 そして、前方に見つけた新一の姿。思わず名前を叫ぶ快斗。 「新一っ!」 「・・・快斗・・・・来ちゃったんだ。」 振り返った新一の顔は、できれば会いたくなかったという涙を堪えたそれを隠す為に笑おうとして失敗していた。 だが、今の快斗にはそんなことはどうでもいい。問題は、新一が自分の前から姿を消そうとしていることである。 ベルモットから話を聞かずとも、薄々気付いていた。気付かないふりをしていたけれど、自分の父親の話をたまに聞こえてしまっていたから、いつかこうなってしまうことぐらい。だけど、そうならないと願っていた。だが、現実は残酷な答えを出したのだ。 「どうして・・・どうしたなの、新一?」 「ごめんな。これは俺の我侭だから。」 「でもっ!」 しぃっと快斗の口に人指し指を添えて、泣きたいのか怒りたいのか情けないのかわからないめちゃくちゃな感情が渦巻いて混乱している快斗に、優しい声が届く。 「皆と一緒に、快斗ももうおやすみ・・・。」 「新一っ!俺は!」 快斗に腕を攫まれたが、首を横にふる。 「俺は我侭だから。だから、ごめん。」 口付けられたそれは、いつもの甘い時間ではなく、だけどいつもなら新一の力など振り切れるのに、何故か動けなかった。 そして、急激な眠気が襲う。そう、睡眠薬を飲まされたのだ。 「約束だよ。ずっと一緒だよ。」 「し・・・いち・・・。」 「・・・大丈夫。快斗とまた会えるようにおまじないかけたから。」 遠くなる意識の中で、その言葉を聞いた。 「ばいばい・・・。また会おうね。大好きだよ、快斗。」 快斗の頬に手をそっと触れ、意を決してその場に身体を寝転がせて先へと進む。 これで、今は一人きり。だけど、一人じゃないとわかってる。だから怖くない。 新一は高く国全体を見渡せる丘に立っていた。そこからじっくりと町を眺め、やはりなくなってしまうのは悲しいと思うのだった。いくら自分がこの国のものでなくても、この国で育ったのだ。 しかし、この国はもうなくなってしまう。一緒に過ごした仲間達も。だけど、皆いなくなってしまうのは嫌だった。だから、これは自分の我侭なのだ。 自己犠牲というのはただの我侭。残された人がどんな思いをするか、もし逆の立場ならと考えると嫌だった。だけど、これしか方法がないのら、迷わず選んでしまう。 だから、我侭。自己満足という名の我侭だ。 「我は願う。我等を生み出す創造の神よ。我の願いを聞き給え。」 皆と、ただ一緒にいられるだけでいい。 「滅びるサンタの国の住人達に新たな命を人間世界に与えたまえ。」 この命と引き換えに皆の笑顔が続くのならば差し出そう。 その言葉の直後に、足元にある石版の模様が光を空高く伸ばす。 「また、我等を同じ地でめぐり合えますように・・・快斗・・・。」 光に包まれ、その世界は、国は崩壊していく。支えていたものが崩れ、地下に吸い込まれていくように、崩れ落ちていく。 その日、子ども達は夜空に流れるたくさんの星を見た。何故か悲しくないのに涙が零れるその星を見上げる。 そして、人が忘れていった夢が一つ、姿を消したのだった。 時は流れる。 「新一―!」 「うっせぇ、バ快斗。」 抱きつこうとした快斗を避けて、さらにべしっとカバンで叩く新一。 痛いぃ〜と情けない声を出してカバンの当たった頭を撫でながら、おいていこうとする新一の後を追いかける。 「どうしてあんなにひねくれちゃったんだろうね?」 「それはお前の教育のたまものだろう?」 「失礼なことをいうね。」 あの時の記憶をそのままに、彼等は人の世界で人として生きる道を得た。ただ一人、新一だけは一切の記憶はなく、優作の過度の出来合いぶりからひねくれて可愛げもない子どもになってしまったけれども。 皆一緒にいる。その事実だけで今は充分だった。 「もう、待ってってば〜。新一〜。」 呼びかければ、立ち止まって振り返る。前とは違い、可愛い笑顔ではないけど、不機嫌ながらも気にしてくれる彼の優しさがうれしい。昔と変わらず照れ屋で優しい新一。 「はやくこいよ。今日はお前の誕生日だろ?」 皆待ってるのに主役が遅れて待たせてどうするんだよと呆れる新一。 「ごめん〜。でも、新一がおいてくんだもん。」 「お前は子どもか。」 「えへへ〜。子どもだよ。いつでもね。」 一緒に隣に立って笑い合える日々。 「ねぇ。新一はサンタって信じてる?」 何を突然そんなことをいうんだという目で見られたが、真剣に問いかける快斗の目に負けたのか、ふぅっと一息ついて一言答えた。 「いたらいたで、それはいいんじゃないか?」 空想や幻想でしか存在しない、親が作り出したモノだと子どもは思っているかもしれないけど、いたらそれはそれで楽しいし、現代の科学で実証されないようなことがあったとしても、それでいいのではないかと言う新一。 それを聞いて快斗はうれしくなるのだった。子どもが信じなくなったサンタをいてもいいのではないかと言ってくれた言葉。 たとえ記憶になくても、自分達サンタをいてもいいと言ってくれる人がいる。 「で、サンタがどうしたっていうんだよ?」 「えへへ。ありがとう、新一。」 「なんなんだよ。気持ち悪いな。」 ぎゅっと腕をつかんで、歩く。 「快斗おそ〜い。新一君もはやく〜。」 快斗の誕生日を祝う青子の自宅前にて、青子が手を振って二人を呼ぶ。 お互い顔を見て、走り出す。そして、家の中に入ってたくさんのクラッカーに迎えられるのだった。 「誕生日おめでとう、快斗。」 「ありがとう。」 今までのように、これからも祝い続けよう。そして、今度こそ一緒にいよう。 新一が覚えていなくても、僕らは覚えているから。 何度でも、君がいなくなるのなら探し出してみせるから。 物語の終わりは新たな物語のはじまり サンタの夢物語はもうおしまい。 でも、僕らは生き続け、新たな夢物語を繋げていく。 だから、まだ夢物語は終わらない。
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