「もうすぐだ・・・。」 薄暗い部屋の中で、不気味な笑みを浮かべるものが、立ち上がる。 全てが動き出し、始まろうとしていた。 サンタさんの思い出 それは突然だった。たまたま寝付けずに起きてきた夜のこと。 偶然その話を聞いてしまったのだ。 「ボクは父さんと母さんの子どもじゃないの?」 はっと、言葉を聞いてふりかえり、驚いた顔をしていた二人をしっかり覚えている。 決して、言わないつもりだった。二人にとって、新一はもう我子も同然だったし、わざわざ不安を与えることをしたくなかったのだ。 しかし、聞かれてしまった後では、下手に隠しても知られるのは時間の問題だろう。 二人は真っ直ぐ新一の目を見てうなずいた。そうだと、それで肯定した。 「どうして・・・。」 「お前だけは違うんだ。空想という世界で成り立つサンタの一族とは。」 それは、新一にとっては衝撃的な事実で、どうしてということが何度も頭を過ぎる。 優作は新一の肩をつかみ、新一の目を見てはっきりと言う。 「たとえ、私たちはお前と違うものだとしても、私はお前の家族で父だと思っている。」 すぐには納得できなくても、そんな優作の真剣な目を見て、言葉を聞いて。我が侭を言うように二人を罵ったり、どうしてと叫ぶことなんてできなかった。 何かに塞き止められたかのように、声は外へはでなかった。 「子どもができなかった私達は、人の世でクリスマスのプレゼントを配っている最中に、泣き声を聞いたの。」 初めて聞かされる、過去。 少しずつ、信じていた何かが崩れるのをどこかで感じていた。同時に、何かしらぬ不安と恐怖が心に溢れ出す。それでも、今は聞かなくてはいけない。そう思った。 「最初は空耳かと思ったわ。」 今でも、鮮明に思い出せるあの出会い。 あの日もいつものようにプレゼントを配る最中だった。次の目的地へ移ろうと優作に声をかけた有希子は、ふと子どもの泣き声を聞いた。空耳かもしれないと思い、気にも留めなかったが、進むにつれて一層大きくなる泣き声に優作も気付き、ソリから降りた。そして、二人は泣き声がする場所に向かってソリをひいて歩いた。 すると、そこには籠の中で布にくるまれたまだ生まれて間もない赤子がいた。それが今の新一だ。 このままではその赤子は寒さで凍え死んでしまう。放っておけなくなり、有希子は抱き上げてソリに乗った。もちろん、そのまま仕事を放棄することなどできなかったから、上着を着せて有希子が腕に抱いたまま急いで仕事を終わらせた。 仕事を追え、家に赤子を連れ帰り、二人は自分の子どもとして育てることに決めた。 きっと、これも何かの縁。 サンタなんて、人が夢見る心から生み出された世界の住人で、御伽話に過ぎない。そんな自分達だが、見殺しにはできないし、どこかで人の子に興味を持っていたのかもしれない。 自分達の仕事は、年に一回人の子に贈り物を届ける夢幻のようなもの。決して、人の子の前に姿を見せてはいけない。大人にも同じ。 会う時は人として接し、決して『サンタ』として知られてはいけない。 知られたとしても、自分が国に戻った際にその人間はサンタと関わった間の記憶は一切消えるようにされている。それがいつ誰がどうやって組み込んだシステムなのかはわからないが、サンタはそうやって生きてきた。 疑問に思いながらも、これが仕事なのだと。 だから、遠くから見ているだけで、交わることがない人の子。 自分達の世界を生み出した夢をつくる者がどんなものなのか興味があった。 だが、次第にそんなことはどうでもよくなって、本当の我子のように育ててきた。 自分達には子どもがいない。だから、余計に神が与えてくれた宝なのだと思った。 しかし、次第に時が流れると共に不安は再び姿を現す。サンタはサンタとして一生を過ごす。だが、新一はサンタなのではない。夢幻でいつ消えてもおかしくないような危うい存在ではない。 だから、もし何かあった際に、巻き込んでしまうのではないかと思うようになった。 最近、世界が時々不安定に揺れているのを知っているから尚更だ。 子どもが夢をみなくなった。それが原因。 いつまでも、夢を見続ける。そんなことはない。必ず終わりがくるものだ。終わりがくると同時に新しい始まりもくる。だから、いつもと同じように過ごしていればそのいつか物語のがこようとも構わないと思っていた。それが、サンタであるのならと。 そもそも物語のように終わりを迎えても、もう一度始まる物語があるため、全てが消えてなくなるわけではないのだ。だから、サンタであることを恨んだり悔やんだりすることもなく、受け入れていた。だが、今いる『自分達』は消えてなくなるだろう。それに、新一を巻き込んでしまうかもしれないということにより、はじめて恐れが心に現れた。 人とのかかわりの中でサンタの顔や名前を忘れられるという、誰が作ったのかわからないシステムによってなのか、自分達はいつ消えてもおかしくない『夢』という存在だとわかっていたし、消えてもそこまでだと思っていた。しかし、新一はサンタではないのだ。この子だけは、その夢を生み出す人の子なのだ。 もしこの世界が壊れてしまった時、彼は一人になってしまうかもしれない。もしかしたら、自分達の消滅とは違い、この世界によって殺されてしまうかもしれない。 もし、自分達はこの世界が作ったモノなのなら、消滅する時に痛みや悲しみなどないかもしれない。だけど、この世界に属しない新一は違う。だから、最近は言おうか言わないか迷っていた。 その矢先に、聞かれてしまった真実。なんだか、知られてしまう前よりも不安になってしまう。 「新ちゃんだけは、人間の子なの。でも、私達にとっては大切な息子だってことは忘れないで。」 「新一のことは、私達と盗一しか知らないこと。だから、今は黙ってるんだよ?」 優作の言葉に頷くことしかできない新一。すぐに、状況を飲み込めなかった。 「新一。きっとあそこにいたことには意味があるのだと私は思っている。誰だって、望まれて生まれてくるのだから。それに、私達は新一に会えて良かったと思っている。大事な息子だと思っている。そのことは忘れないでほしい。」 もう、遅いからお休みと、頭をなでる大きな手に少しだけほっとする。有希子に連れられて部屋まで戻り、知らないままでいようと今日のことは忘れることにした。 しかし、この時すでに止まっていた崩壊へのカウントダウンをするように、運命の歯車が動き出していたのに誰も気付かなかった。 仕事の下準備をし、何度も問題はないかと確認し、新一は快斗と共に仕事へと出かけるため、夜の空にとんだ。 何度も繰りかえす、サンタである自分達が誇る仕事。だけど、今年は少し素直に楽しめずにいた。 それは、自分がサンタではなく、サンタから贈り物を受け取る人間の子どもだという事実を知ったからだ。快斗が様子のおかしい新一に気付いて、心配そうにしているのはわかっている。それでも、なんでもないと言うしかなかった。 本当に、何でもないのだ。ただ、サンタとして真っ直ぐ進む快斗の側に人間である自分がいてもよいのかと思うだけ。そんなこと、快斗に聞くことなんてできない。 そうやって、考えていて、仕事に集中していなかったため、ガタンとソリが大きく揺れた際に、バランスを崩した。 「新一っ!?」 気付いた快斗が手綱を離して新一に手を伸ばす。しかし、その手は届くことがなく、新一の身体は夜の雪山へと吸い込まれるように落ちていった。 すぐにソリで急降下して追いかけるが、新一が落ちていく方がはやかった。 ソリから降り、周囲に向かって何度も新一の名前を呼ぶ。そして、落ちたと思われる周囲を探したが、見つからない。 新一を失う。その言葉が快斗の脳裏に浮かび、寒気がした。そんなこと、ありえない。だけど、現実に見つからない。 どうしてこんなことになるんだ。自分がもっと気をつけていれば良かったのに。 くそっと舌打ちをしながら、探し続け、帰ってこない快斗を探しにきた鈴と月斗は事情を聞き、驚きながらも、一度戻ろうと快斗の手を引いた。 すぐに優作や盗一に報告をした。そのことを知った優作と有希子はお互い顔を見合わせ、あの日ばれてしまったことを思い出していた。 まるで、あのことがばれると新一はサンタの世界から人の世へ戻ったかのように、サンタと人が交わらないようにできている何らかのシステムが動いたようだ。 だが、そんな簡単に手放せるものではない。新一はもう、自分達にとっては大事な息子なのだ。 快斗が落ち着くように家にいさせ、月斗と鈴には外へ出ないように見張りをさせ、優作と有希子は雪山へ、盗一は他に行方不明がいないか確認した後、数名に新一の捜索をするように命じた。 「ここって・・・新ちゃんを見つけた場所ね。」 「そうだな。」 何のめぐり合わせなのだろうか。嫌な予感しかしない。まるで、もう手元には戻ってこないような最悪の結果が脳裏によぎる。 「探そう。」 「ええ。」 はらはらと、雪が降り始めた。 気がつけば、そこは暗い場所だった。 だけど、知っている気がした。それが何故なのかはわからなかったけれども。 「・・・快斗?」 落ちたのは自分だけだったことを思い出したが、快斗も巻き込まれたのではないかと、慌てて周囲を見渡す。 いないことで心細いが、どこかでほっとする。 「それにしても・・・ここはどこだろう?」 雪山の上におちたはずなのに、ここには雪はない。光もないただ暗闇があるだけ。 暖かいわけではないし、寒いわけでもない。だから凍えることはないのだが、変なところだと思った。それでも、知っている気がするのだ。そう、懐かしい感じがするのだ。 「そっか・・・拾われたんだっけ。雪が降ってる夜に・・・きっとこんな感じだったのかな。」 運がよくて自分は見つけられた。運が悪かったら、父さんと母さんに会えなかっただろうし、何より快斗に会えなかっただろう。 あの日、見つけられなかったら、自分はサンタの世界に存在することはなかった。 そんなことを考えていた時だった。誰かに呼ばれた気がした。やはり、快斗がこっちにきてしまっているのだろうか。そんなことを思ってすぐに声がした方へ名を呼ぶ。 しかし、快斗の声がかえってくることはなかった。空耳だったのだろうかと思い、その場に座り込む。やることがないし、ここからどうやって帰るのかもわからないし、立っているのも疲れたからだ。 「これから、どうしよう。」 快斗に心配させて、探し回っていたらどうしよう。そんなことを思う。しかし、同時にもう自分のことは忘れられているかもしれない。そんなことを思った。 自分は人間で、サンタではない。どうあってもサンタになることはできない。あの世界では人とサンタが関わることは許されない。何より、人から出会ってもサンタの記憶は失われるように、何かのシステムが働いている。そして、サンタも寂しくないように、記憶に霧がかかったように曖昧にしか思い出せないようになるそうだ。そう、学校で何度も言い聞かされるようにならった。だから、バレても多少は問題ないよと茶目っ気に笑いながら言っていた教師を思い出す。あの時はただ笑っていたが、今はどんどん不安になる。 自分が人であるのが事実ならば、サンタである快斗達からは外に出れば忘れられてしまうのではないかと。何より、自分も快斗達を忘れてしまうのではないだろうかと不安になってしまうのだ。 ここは何もない。ここのように、自分の記憶も何もなくなってしまうのではないかと不安になる。 その時だった。 「会いたかったですよ。シン。」 突然聞こえた声。はっと振り返ると、いつの間にかそこには頭からしっかりとかぶった布で顔を隠した人物がそこに立っていた。 「・・・だ・・・れ?」 「私は『預言者』ということにしておきましょうか。」 「預言者?」 「ええ。これからサンタの世界で起こること。そして、貴方がサンタに拾われた理由。・・・貴方にしかできないことを教えてあげますから。だから、預言者です。」 とてもフレンドリーに話しかけてくるが、この場所では新一にとっては不審者にしか思えなかった。この場所がどこなのかわからない。相手もも何者なのかわからない。わからないことばかりだ。 「シン、貴方はやっと自分がサンタではないことを知らされた。それによって、私はやっと貴方に接触することができた。」 「何でそのことっ!」 優作と有希子と盗一しか知らない。そう優作は言った。なのにこの男は知っている。 「過去を知っている。だから、未来も知っている。・・・私は預言者。ある意味、貴方もですがね。シン。今の貴方では何もできないかもしれませんけどね。」 ふふふと笑う相手がとても薄気味悪く感じられる。 「ちょっと、僕はシンじゃないよっ!人違いじゃないの。」 「いいえ。人違いはしていませんよ。貴方はシンだ。いや、正確にはシンの分身、欠片といったところですね。」 「何それ・・・。」 もう、何がなんだかわからない。サンタではないことを知って混乱しているのに、それ以上に何かを知ろうと、知らされようとしている。 「いつまでも、逃げられはしませんよ。貴方が『シン』である限りは、ね。だから、予言を残してあげようという私の優しい心遣いです。何せ、貴方はサンタ同様に世界とともに消滅することもできる人間。『シン』である限り、人間であるのは違いますね。」 人間ではない。その言葉が深く心に突き刺さる。ならば、自分は一体何だというのか。サンタでも人間でもないのなら。 「サンタは・・・そうですね、あと十年もしない間に消滅するでしょう。しかし、またサンタは復活する。けれど、貴方達はその世界にサンタとしては存在しない。でも、シンが望めばシンも他のサンタ同様に人間の世界へ生まれ直しすることはできる。これは、シンにしかできないことだよ。」 「どういうこと?」 「サンタは消滅しても気にはしないだろう。だけど、シンは同じように世界と共に消えるできるけれど、消えることができないこともある。」 「一人・・・?」 「そう。それによって、シンを大切に思う人達がシンを思って本来はないはずなのに、痛い思いをして消えるかもしれない。」 「そんなっ!」 自分一人、違う者が混ざることで誰かを苦しめることになる。そんなの、嫌にきまっている。 「なら、どうして君はサンタの世界に入ることが許されたと思う?あそこに人の子は入れない。確かに君は人ではない。けれど、今はただの人の子に過ぎない。」 「・・・。」 「君はここでサンタを待っていた。だから、あの場所で待って呼んだんだ。」 そんなこと、覚えていない。記憶すらないそんな時期に、自分が呼んだなんて、ありえるのだろうか。 「そもそも、君がサンタの世界を創った。いや、子どもが夢見る世界を順番に創りだした。けれど、それでは満足できず、君自身がその世界の住人になろうと思った。けれど、その世界はあまりにも不安定だ。人の思いは変わりやすいからだ。君が場所を離れ、サンタの世界に入ってから、君の力で保っていた安定した世界は傾いた。」 思い出してごらんと、今まで全身を覆うようなコートの中にあった手が前に現れ、目を覆い隠すように触れる。 その途端、頭に痛みが走る。そして、塞がれているはずの視界にたくさんのモノが映った。 それは、確かに自分が知っているものだった。しかし、それはすでに自分の記憶ではないのだ。 一度、自分はサンタと同じ住人になるために自らの命を投げ出したのだから。 あの日まで、自分はただ人の子が見る夢を見て、その夢を具現化させていた。それが仕事だったからだ。サンタが何の疑いもなく人の子にプレゼントを配るように、自分もそれが仕事だった。隊k通でしょうがないが、それが仕事だからしょうがないと諦めていた。 それでも、その生活が嫌いではなかった。なぜなら『快斗』がいたからだ。快斗は自分を好きだと言ってくれた。自分も彼が好きだった。それだけで良かった。 だから、退屈でも毎日人の子の夢を見て、夢世界を創っていった。だけど、そんなある日終わりを告げることとなる。 この、目の前の男が、今回のように現れたのだ。そして、あの時と同じように預言者と名乗り、告げたのだ。『貴方は神様の心の一部で、神様の分身。だから、分身である間は決して彼と共にあり続けることはできない。』と。 だから、側にいられなくなるのならと、逃げた。自分が今までしてきたことは何だったのか。全部、その神様とやらに人形のように使われていただけなのではないか。 そして、この気持ちは神様のもので、自分のものではないのか。もう、わからなくなった。 だから、逃げた。あのサンタの世界に。そして、その身を投げ出した。 最後に見たのは、快斗が必死に手を伸ばして名前を叫ぶ、泣きそうな顔。 「快・・・斗・・・。」 「前回は言い方が悪かったようですね。だから、今回は補足しようと思いましてね。」 「な・・・に?」 「貴方は神様の分身だと言いました。けれど、神様自身でもあるのですよ。そして、彼は貴方をとても大切にしていた。けれど、神様と彼は共にあることはできない。神は常に一人なのです。それが嫌で、貴方のように神様は逃げたのです。夢の中へ。ですが、彼はわかっていても貴方が大切で、あとを追いかけた。貴方は何度も逃げた。けれど、彼は何度も追いかけた。そうやって、神様の『夢』は繰り返されてきました。」 「逃げた・・・?」 「神様は夢に逃げる際、神であった時の記憶は持っていかなかった。正確には、神様の涙がこぼれ、彼への思いの心の欠片だけが夢、つまり地上へと来た。本当はただ眠り続けるだけだった。それが、神様は強い力を持つ故に神様の夢、つまり地上と呼ばれる人の世へ生まれ直し、戻れなくなった。しかも、こぼれた涙は彼への思いであふれていた。その為、彼への思いは結局どうあっても忘れられない。それでも、彼は何度も追いかけて、貴方を見つけては側にいる。神と共にあった記憶がなくとも、どこかでわかるのでしょうね。だから、今度はできれば幸せになってほしいのですよ。これ以上涙を流さなくていいように。」 もし、涙を流しすぎれば、どんどん神は力を失い、本当に戻れなくなってしまう。そもそも、逃げたのは幸せが何かわからなくなったからだ。神にとって幸せとは皆と共にあること。それができないのなら、神でいたくない。 そうやって、逃げた結果が何度も繰り返される逃れられぬ悪夢になってしまった。 「だから、再び予言にきたのですよ。このままでは、貴方は一つ前の貴方のように、彼の前で命を投げ出してしまう。彼にとっては、それは一番辛いこと。なぜなら、神の涙に気付いた時には、同じようにその身を夢に投げ出す瞬間だったからです。あまり、彼にあの時と同じ悪夢を植え付けるようなことはしないで下さい。後始末が大変なんですよ。彼は神を守護する者なのですから。」 「じゃあ、僕はどうしたらいいの・・・?」 逃げた結果、『快斗』を傷つけたというのなら、また同じ事をして傷つけたくない。はじめてあの日であって、一緒にサンタの仕事をするようになった。幼馴染や口うるさい友人や、一緒に過ごす時間はとても楽しいもので、毎日続けばいいなと思った。 前の記憶を戻された今となっては、どっちも絵本の中のお話に過ぎないように、自分と一線引いている世界にしか見えないけれど。 他に何か方法があるのなら、知りたかった。 「神様は逃げた。この前の僕も逃げた。なら、今度は逃げ場はなくても、今の僕なら逃げることは可能なのかもしれない。でも、快斗のあんな顔、見たくない。・・・どうしたら、いいの?」 「そのための、預言者だよ。サンタの世界は崩壊する。君があの場から出たせいでね。けれど、君なら願えばサンタの世界が崩壊して消えたとしても、皆を人の世に移せる。」 「願う・・・?」 「そう、『神様』に願えばいいんだよ。君は神様の分身だけど、『神様』に願うのさ。そうすれば別れなくてすむよ。ただ、君は生まれ直しになるから、皆は君を知っていても君は皆を知らないだろうけどね。」 そうすれば、別れの際に彼の涙を見ることになるだろうが、すぐに出会える。彼等は人の世に移るだけだから、記憶を持ったまま帰りを待てる。 失うことと帰りを待つことでは違う。 「彼の前で命を投げ出すのではなく、帰りを待ってもらう。守れずに失った気持ちは彼は何度も経験しているから、今度は待たせればいい。どうせ、彼は戻ってくるまで追いかけてくるのだから。・・・君から迎えにいくのも悪くはないと思うが?」 「本当に、それでいいの?」 「ああ。それに、君だって目の前で彼の命が失われるのを見ていたくはないだろう?今の君は前の記憶しかない。けれど、君はすでに何度も彼より先に・・・彼の死を見届けたことはない。だから、そんなことにんったら、『神様』は自分を保てなくなるかもしれない。だから、これが一番いいと私は思うのだよ。もし、サンタの世界が崩壊したら君は彼の消える・・・死を見届けてからになる。」 いつだって、彼より先に逃げるのも命を失うのも『新一』だったのだから。 預言者と名乗る彼にとっても、それは避けたかった。いつも、彼が自分を庇って傷ついた時、心を痛めていたからだ。けれど、同時に彼を庇って命を失った際に彼も同じように思っているのだと彼にもわかってもらいたいが・・・。 「なら、また、前の自分の記憶消してくれないかな?その日まで僕は僕のままでいたいから。」 「いいよ。『サンタの世界は崩壊する。その為には君の命を代償に神に祈って皆が人の世へ生まれ直せる。』っていう言葉だけ覚えていられるようにしてあげるよ。」 「・・・ねぇ、貴方は結局、『誰』なの?」 自分の周囲には神様が大切に思っていた人達がいる。ならば、突然現れるこの者はいったい神様の何なのか。 「私、ですか?そうですね。彼が貴方の愛する人なら私は貴方達を見守る者でしょうかね。」 再び、視界が彼の手で塞がれる。そして、少しずつ記憶に白い靄がかかるように薄れて消えていく。 「はやく、戻ってきて下さいよ。皆待っているんですから。思い出して、シン。」 眠りにつき、意識を失った新一を抱き上げる。 「確かに、何度も繰りかえされていますが、貴方が繰りかえすのは、同じ世界でいて同じ世界でない場所で彼等を探していることなんですよ。」 すっと、周囲から闇が消え、吹雪のやんだ雪山の上に立っていた。 「新一―!」 そこへ、二つの足跡がこちらへと向かってくる。 「・・・誰だ?」 「新一っ!」 その場にやってきたのは優作と盗一。こんな場所に人はいない。だから、不信に思って声をかけてみれば、彼の腕には眠っている新一の姿があった。 「これは、サンタの権力者の二人がおそろいとは・・・本当に貴方達はいつまでたっても過保護ですね。」 「・・・何?」 ザクッと歩けば雪を歩く音が響く。近づいて眠る新一を優作にそっと渡し、言った。 「彼は知ってしまった。サンタの世界の崩壊のことを。」 「っ!何故それをっ・・・。」 「そして、世界を・・・いや、貴方達を守る方法も知った。・・・人の子が己の命を代償に神に願うこと。」 「そんなことっ!させるわけがない!」 そんな助かり方はしたくはない。 「今はまだ、何も言わないでおきましょう。けれど、すぐにわかります。貴方達が『何』なのか。」 「どういうことですか?」 「お元気で。また、会いましょう。」 そう言って、そいつは姿を消した。一瞬の瞬きの間にだ。そんなこと、ありえないと思っても、雪の上に足跡すら残されていない。 「盗一・・・。」 「とにかく帰ろう。息子もきっとうるさいだろうからな。」 「そうだな。」 考えるのは帰ってからにしよう。ここにこのままいては、新一の体が冷えてしまうから。 帰れば、新一が見つかったことで家まで時間が時間であるにも関わらず、押しかけてきた快斗。そんな彼に苦笑はしたが、今は眠っているから静かにといえば、それに従う。 「どこに、いたの?」 「私達にはわからないんだ。」 「どういうこと?」 「彼を見つけた人がいてね。」 結局、何ものだったのかはわからないが、新一に害をなすものではないだろう。そう信じたい。 ただ、気がかりなのは彼が最後に残した言葉だった。 「でも、良かった。・・・もう、会えないかと思ったから。」 「ほら、目の下にクマ作って明日新一君にあったら反対に泣かれてしまうよ?」 「あ、そっか。じゃあ、明日朝一でまたくる。」 そう言って、快斗は家へと帰っていった。 「どうすれば、いいんだろうな。」 「私にもわからない。だが、数年前からこの世界が不安定なのは事実だ。」 もし、その日が来てしまったら、新一がとる行動なんてわかってしまう。だけど、そんなことは絶対にさせない。 「とにかく、あの者が何ものなのか調べないといけないな。」 「ああ。」 その日から、何らかわりない日々が続いた。新一もあの日のことはほとんど覚えておらず、もしかしたら崩壊のことと皆を助ける方法を知らないのかと思うぐらい、変わりなかった。けれど、はっきりとわからないが何かしらの変化があるのはわかった。それが何なのかはわからないが、もしかしたらあの者が最後に残した言葉を知っているのかもしれないという予想ができてしまう。 「できれば、このまま何事もなくサンタとして生きていられたらいいのだが・・・。」 「今の状況では、崩壊の方がはやいと思うがな。」 「・・・新一。」 今日も、快斗や仲間達と出かけて家にいない新一。今はただ、何事も起きないことを祈ることしかできない。 そんなサンタの様子を伺う一人の人物がいた。あの『預言者』だった。 「夢の中では、皆本当の現実を忘れてしまう。・・・シン、貴方はいつになったら戻ってくるのですか?」 眠ったまま戻らぬここの主に問いかける。返事は一度も返ってこないけれど。 少しずつ繰りかえされる中で変わっていけばいい。そうすれば、また戻ってくるのではないかとどこか期待して。 |