上から下された命令。
次の獲物はまだ幼い少年。 渡された書類を見て、いつものように仕事に取り掛かろうと思った。 それが、今自分がすべき事で、生きる為に必要なものを手に入れるための『仕事』だったから。
だけど、この時からこの仕事は無理だった。 添えられた写真を見て、一目で目を奪われたのだから。
相手と目が会った時、私は動けなかった。 今まで助けてくれなかった神様が遣わしてくれた天使のような、輝くばかりの光を持つ者。
光を与える天使と光を求める天使
急がないと怒られるといった感じで、ぶつぶつ言いながら急ぎ足で街の中を進んでいく少年がいた。 その少年が通り抜けようとするたびに、側にいたものが眼に留め、彼の持つものに囚われる。 そんな少年が向かう先は、町でも有名な遊郭のある方向。 彼が遊郭へ用事があるのなら、きっと客ではなく仕事をする方だと、彼を知らないものならそう思うほど、小柄で可愛い少年だった。 笑顔を崩すことなく急いで遊郭へと向かっていく少年。 それがつくられた笑みだと気づくものはいない。 誰にも気付かせない程、少年のそれは完璧だった。 「やべっ。哀に怒られるなぁ。」 そんな少年は内心どうしようとかなり困っていた。 それは、幼馴染と言うような結構付き合いの長い哀との約束があったからだ。 約束というのは、今日の正午に一緒に食事をしようというものだ。 少年はよく父親同様に事件に関わったり、謎を追いかけるのが好きであり、よく寝る事と食べる事といった欲求を忘れがちなのである。 それ故に、主治医代わりとして医学関係に詳しい哀が新一の体調管理をするようになった。 哀自身が、少年の役に立ちたいと思ったから、彼の父親に申し立てて許可をもらった。 少年も、哀の事が嫌いではないし、どちらかというと大切な人なので、邪険には出来ないし、心配してくれている事がわかるので、何も言わなかったし、何か言われた時もたいていは文句をいいつつも従っている。 そんな二人。 今日は少年の父親が経営をしている遊郭の中にある、一軒の遊女屋へと向かう。 そこに、哀もいるし、今度父親と代替わりをする人が来るのだ。 今日は、その自己紹介を兼ねたお食事会というわけだ。 だからといって、少年にとってはかなりどうでも良い事である。 自分が自由に出来たら他には興味がないからである。 唯一興味を持つといえば、同類と本、そして謎である。 だから、彼が文句をぶつぶつ周りには聞こえないように心の中で呟くのは致し方ないこと。 「ったく、あの野郎は何考えてやがる。」 そんな文句をいない相手へと言う。それも、父親に向かってあの野郎と言う少年。 他の者なら、決して彼を粗末には扱わないだろう。それだけの権力と対応する知恵と技量があるから、逆らえば何倍にもなって後で還ってくるので触らぬ神に祟りなしと言う状態を保っているのだ。 そんな事を、少年は気付きもしない。 確かに、自分の父親が狸のような表面からは中身を見せない化かす男だと理解している。それ以上に、少年もまた父親を反対に手玉に取るような事をするので、彼の中では別に恐ろしい事ではないのだ。 ただちょっと、父親が自分や妻にだけ弱いというのを利用してやれば、たまに勝つ事は出来るのだから。 そう。少年の父親は、母親と揃って親バカなのである。 それも、友人であり仕える屋敷の主とそろって、親バカぶりを発揮しているのだ。 それを知っているからこそか、そんな彼等だからこそか、息子達はそれを利用するのだ。 他の誰かには絶対出来ない部分を利用して。 息子と妻を溺愛する父にとって、そこが弱いところである。 とくに、少年と友人の息子達は賢い為に、毎回あらゆる手を使ってくるのだ。 親たちは困りながらも、構ってもらえるのがうれしいので、気にしていないらしい。 成長と供に、構ってもらえずに拗ねているのだから。 だけど、これはまるで昔話のようなもの。 そんな日常は壊れてしまったのだ。 仕えていた主であり、悪友というのが相応しいような良き友人であった彼と彼の妻は、突然他界したのだ。 気がつけば、二度と会えなくなり、彼等の笑顔を見る事が出来なくなっていたのだった。 家を継ぐ双子の片割れ。 父親が養子としてもう片割れを引きとろうと申し出た。 そして、月日は流れていったのだ。 幼い頃に一度だけあっただけの黒羽家の長男と、今日対面する。何年ぶりかの時を得て。 別に感心も何もないが、出席しないと後々うるさいだろう。 何より、彼が受け継ぐ場所には、哀がいるのだから。
着いた頃はちょうど約束の時間。 間に合ってよかったと、荒れた呼吸を整えていると、哀が何やってるのと少年の姿を見て呆れていた。 どうせまた、何かに熱中していて遅れそうになったので急いできたというところだろう。 それは、確かに間違っていなかった。 少年は、ぎりぎりまで家で読書を楽しんでいたのだ。 それ故に、今現在かなり慌てる羽目となり、余裕がない。 「まったく。また、いつものように本を読みふけっていた見たいね。」 「あ、哀…。」 着いたそうそう、自分を待っていた少女に困った人だと少し怒りを含めたその目を見て、背筋に寒気が走る。 いつも、何かを企んでいる時のものと同じだからだ。 「ほら。急ぐわよ。しっかりと、準備は整っているのだから。」 「…何処行くんだよ。」 「毛利料亭よ。彼女にも、会えるんじゃないかしら?」 「…。」 出来れば、いきたくない場所だったのだが、きっとわかっていながらあの男は選んだのだろうと思う。 やっぱり、あいつは一番近くにいる敵だ。 その時少年、新一は思った。 だが、それ以上に敵であり勝てない男がいる事には、鈍い彼は気付いていない。 それが後々、いろいろとあるのだが…。
「前に一度会っているが、彼がこれから私の後を継いであそこを率いる主、仕事名はキッド。名前も、このままでいいからな。『黒羽』はいろいろと付きまとうからな、危険というものが。」 確かにそうだ。家を継ぐ物がいなければ、別の物が乗っ取るなり何なりといいようにやってしまうだろう。 黒羽前当主を見ていれば息子の性格が予想でき、そんな事を許すはずもないと思う。 何より、聞いたところでは兄のキッド同様に、弟の快斗もまた、天才と呼ばれる者で、まだ未成年であっても、家を継いで繁栄させていく事は可能だろう。 それだけの実力を持っているのだから。 「こんにちは、新一。以後、よろしくお願いしますね。」 「よろしく。弟君はそのままだよな。第一、あった事もないし。」 「そのうち会えますよ。出会う運命なのですから。」 差し出された手に応え、握手して自分も挨拶をする。 哀は興味がないといった雰囲気で、何かの書類に目を通していた。 その間に、両親はここの責任者と話をしていた。 「今日は、場所の提供をありがとうございます。」 「いやいや。こちらこそ。気にしないで下さい。」 毛利家の当主である小五郎と今日たまたま家に戻ってきていた絵里と両親が挨拶を交わしている。 昔からいろいろと知り合いとしてあったのか、話が続きそうだが今はまだ別の話があるので珍しく話を区切る両親。 やはり、しっかりしているのだなと思う。 「さて。今日は楽しく食事をするのが目的だから、遠慮なく食べてくれ。」 「そうよ。貴方も遠慮なく食べていいのよ?なんてったって、私達の大事な息子なんだからぁ。」 二人はキッドに食事を勧め、酒も勧める。 新一も数杯飲んで、すでに酔いかけていた。いや、酔っていた。 哀は危ないかなと思っていたが、表面上は普通だったので気付かない。 キッドや両親もまた、気付かない。 「俺、眠いから家に帰るな。」 「あ、ちょっとっ!」 「哀は、両親の事頼むな。」 そう言って、返事を聞く前に店を出た。 話をしようと仕事を切り上げ、新一の側に以降とした蘭が少し寂しそうに出て行く彼の背中を見ていた。 それと同時に、ひっそりと潜んでいた闇が動く。
「ったく。何企んでやがるんだよ、あのぼけなす。」 酔っているので、文句を隠し切らずにぐちぐち言う新一。 あいつは何か企んでる。何かするつもりだ。どうせ、自分にとっては嬉しくないような事をするつもりだ。 などと、人が居ない立ち並ぶ家々の脇にある小道を歩く。 きっと、無意識だ。 何かの気配があったから。哀と良く似た、闇の匂いが。 だから、周りを巻き込まないようにと、わざわざ道を外れたのだ。 新一は、そういった事に対しては鋭い。 それ故に、親の思いや恋愛感情といったものに対して、鈍いのかもしれない。 この辺なら人は絶対に来ないだろうと踏んで、足を止めて、背後からずっとつけてくる気配の方を向いた。 気付いていたのかと、少し驚いたような感じがしたが、すぐにそれは掻き消された。 さすがは、仕事人といったところだろう。 「出来たら、話がしたいのですが…?」 「…。」 何か探るような視線が見られたが、気にしない。 きっと、安全を確認しているのだ。 仕事人にとって、姿や名前を知られる事は命に関わる。 何より、組織といった集団に属する場合、それから組織を追い詰める事にもなるので、うかつには姿をさらせないし、声でさえ残す事は許されない。 「大丈夫。ここ周辺は誰もいないから。」 「…わざわざ、選んだというわけね。書類通り、変わった子ね。」 周りの気配を確認して安全だとわかって出てきたのか、新一が挑発したから出てきたのか。 今まで隠れていた相手の女が、新一の前に現れた。 この国とは違う、西洋の血を濃く引いた女。 「何か、用ですか?」 「そうね。仕事で貴方に用があるのよ。」 その仕事の意味をすぐに理解する新一。 持っているそれが、状況を語っているようだ。 「あら?逃げないの?」 「逃げた方がいいですか?」 普通なら、怯えて動けなくなるか、必死に死にたくないと逃げるかのどちらかぐらいなのだが、この少年はそんな反応を見せず、反対に立ち向かってくる。 大きな獲物ねと、笑みを見せる。 獲物が大きければ大きいほど、仕留めがいがあるというもの。 何より、書類の写真を見たときから引かれるものを持つ少年だから余計にだろう。 「悪いけれど、仕事だからね。」 「…でも、僕は死なないよ?」 「それはどうかしらね?」 少し未練というものが心に引っかかっているのだが、仕事の失敗は危険を呼ぶ。 何より、自分が姿を見せて話した相手なら特にだ。 「Good bye…。」 「…。」 人の命を奪う黒いそれを新一に向け、少し残念そうにしながら撃った。 距離はそれ程離れているわけではないから、すぐに新一にそれは当たり、命を奪うだろう。 狙ったのは、確実に相手が死ぬ場所。 これで仕事は終わりだと思った時、ふわりと、何か見えないような薄い布が新一を取り巻くように見えた。 それは、弾丸をはじき、跡形もなく消してしまった。 まさに、ここで発砲されたという痕跡を残さないのだ。 銃弾は、どこにも当たることなく消えたから。 「What…?!」 目を疑うような光景。 そんな事がありえるのかと、目を疑う。 今、彼女には見えないはずのそれが見えていた。 何か、小人のような小さい人の姿を持つ者が、この国とは違う、西洋のような服を纏い、新一の側に浮いている。 重力に逆らって、いや、重力などそれには存在しない物であるかのように綺麗に無視されている。 見えたものは、新一を守る風の精霊。 見えた薄い布のようなものは、精霊が作り出した風であろう。 「はじめて、見たわ…。」 「どうやら、多少見る力がある人には、僕が加わる事で見えるようになるらしいから。」 新一の答えに納得する。 やはり、彼は只者ではない。 神から使わされた、神に愛された天使。 精霊でさえ無条件で守ろうとするぐらいの、気高く美しい天使。 自分では、到底手にかける事が出来ない存在。 何より、その蒼い瞳に囚われ、仕事を遂行する事は出来なくなったのだから。 「…任務は、失敗ね。始めた頃依頼よ。」 「…そうなんだ。でも、腕は悪くないよね。」 「あら?そう言ってくれるとうれしいけど、貴方に言われると複雑ね。」 神など信じていなかった。 何度も信じて助けてくれなかった神になど、今では祈る事もしない。 何より、神から天使が手を差し伸べるために来るといわれても、天使はいないのだと思い続けてきた。 だが、いるのかもしれないと思った。 神にも負けないほどの強い光を内に秘める目の前の少年。 臆すことなく、自分のような闇にも立ち向かう強さ。 いつも、ほしいと思った。 助けてくれる天使が。そして、光が。 自分を闇から救い上げる光が、ほしかった。 きっと、彼こそが光なのだと思う。 だからこそ、いろんなものから好かれるのだろう。 「…出直して来るわ。」 「…。」 「またね。機会があったら会いましょう。」 背を向ければやられるかもしれないと、闇の世界に生きる物なら知っている事。 だが、女は新一に簡単に背を向けて、せいぜい行き続けなさいと言って、去っていこうとする。 「…名前は…?」 ふと、言葉に出た新一。 相手のほうが驚いて振り返っていた。 普通、これ以上関わらない為に聞かないままか、関わっていても相手が名乗るわけがないとわかっていながら聞いているのかのどちらか。 「また会うのなら、名前が知らないと困るでしょ?」 確かに、そうだわと、苦笑する。 彼は、自分の考えや一般の常識が通用しない人。 やはり、人とは違う神様以上の光を持つ天使だ。 「私は、組織名で『ベルモット』というのよ。じゃぁね、『工藤新一』君。」 「…。」 今度こそ、立ち去る。 新一も、呼び止めることはしなかった。 新一は、彼女、ベルモットが新一に対して『人に光を与える天使』だと思っていたなんて、知る由もない。 そんな新一は、ベルモットを『何かを求める天使』と称した事もまた、彼女は知らない。 新一はすぐにわかった。彼女は何かを背負っているのだと。 そして、何かを求めているのだと。 その為に、手を汚し続けてきたのだと。 それが良い事ではないことは、この世界の法や常識では言われるが、そうせざる得ない人だっていることは事実。 結局は、善も悪も同じ場所にあり、紙一重でいつでも逆転できるものなのだから。 「そういえば。闇の人のわりには、少し気配が穏やかだったなぁ。」 そう思わないかと、側で自分を守ってくれた風の精霊に聞いて見る。 探し物の一部が見つかったのか。探し物の情報を手に入れられたのか。 それを知るのは彼女だけ。 新一は気付かない。 皆に好かれる理由。引き寄せる理由。 無意識のうちに、人に救いの手を差し出す事も。 「酔いが、醒めたな…。」 まだ少し明るい空に、白い月が見えた。 今日も、あのコソ泥が夜空を駆け巡る。 きっと今頃、準備をしているのだろうと思いつつ、少し現場を見に行こうかなと、進行方向を家ではなく現場に向けて、新一は歩き始めた。
その頃、組織に報告しに戻ったベルモットは、少し、驚いていた。 自分は、処分を覚悟して報告したのだ。 仕事を失敗したのだと、素直に告げて、何を自分に課せられるかと考えていたのだから。 それなのに、御方は言う。この任務はなしになったから、成功も失敗も必要は無い報告だと。 何より、相手を殺さない方が良かったいうぐらい。 きっと、自分が任務で少年の後をつけている間に何かわかったのだろう。 その内容を聞く事も、知る事もなかったが、自分は処罰される事なく、そしてあの蒼い瞳の天使も当分狙われる事はないと知り、少しほっとしたのだった。 だが、自分への仕事は終わる事はない。 新たな指令を出されたのだ。 「…もう、失敗はしないわ。」 失敗は、彼だけでいい。 彼だけは、殺せないとわかったから。 彼だけは、殺したくないとわかったから。 |