まったく、自分とした事がとんだへまをしたものだ。 腹から滴り落ちる紅い命の水。 腕で押さえながら少しでも遠くへと移動する。 まだ、自分にも心と言うものが残っていたのだから驚きだ。 でも、もう二度と迷う事はないだろう。 迷ったことによるこの始末。 結局奪われたあの小さな命。 自分は闇を生きるもの。 闇の住人らしく生きて、闇の住人らしく去ればいいのだ。 そう思っていた。 彼と出会うまで。
蒼い瞳の天使と罪を犯した紅い堕天使
これ以上は動けない。相変わらず流れる紅い血を破った袖で止血するために縛る。 しばらくして、血は止まったが抜けすぎたらしく手足に力が入らない。 自分はここで終わりなのだろうかと。本気でそう思った。 「どうしたの…?」 「…?!」 突如聞こえた声に驚く男。 いくら油断していたとしても、すぐ近くに、それも声をかけられるまで気付かないなんておかしい。 それも、こんな小さな子供にだ。 「…お兄さん、怪我してるの?」 「…。」 「大丈夫?」 「…。」 「待ってて。治してあげるから。」 女か男かわからない子供は、綺麗ににっこりと微笑んで扇を取り出した。 自分には絶対に似つかわない、子供にこそ似合う美しいつくりのそれ。 子供は扇をゆっくりと広げて歌うように言葉を紡いだ。 『 傷つき疲れ果てたもの。優しく包み、癒しを与えよう。 』 吸い込まれるようなそれ。眼が離せなかった。 子供が、綺麗だと思った。 自分にはたまに見えるそれが、子供を守るように控え、子供の言葉に従って自分へと手を伸ばす。 「僕、まだまだだから。全部は治せないけど、休む場所をあげるから。寝た方がいいよ?」 「…。」 「ね?」 自然と、張っていた緊張をほぐされ、休みたいと思っていた身体は素直にそれに従った。
しばらくして眼が覚めた。 今の自分の状況がつかめずにぼおっとしていたら、急に声がかかった。 そして、すぐに現実に引き戻されたのだった。 「眼が覚めた?」 「…っ?!」 日が暮れているというのに、子供は自分の傍にいたのだ。 きっと、親が心配しているのではないかと思うのだが、子供は帰る気配すらない。 「…帰らなくていいのか?」 「大丈夫。今日は皆と一緒に過ごすって言ってるから。」 「…?」 子供がいう皆という言葉が理解できなかったが、突如現れた精霊に驚きながらも、だいたいつかめた。 子供がいう皆とは、子供を守るように傍にいる精霊達の事だった。 中には階級が高い聖霊もいたりして、子供がどれだけ好かれているのかや、どれだけの力を持っているのかがわかった。 「ねぇ。お兄さんは悪い人?」 「……。」 「質問が悪いね。僕は一般で言われる仕事で悪い人じゃなくて、心が悪い人なのかを聞きたいの。」 子供には見えない子供。質問も、されているこっちが驚くようなもの。 「…そうだな。それだけいたら、俺の仕事ぐらいわかるな。」 「わかってるよ。仕事人でしょ?裏と呼ばれる闇で暗躍する人。それも、一つではなく、全てにおいてやり遂げる。」 「…それだけわかってて、俺がどんな奴かわかってて、それを質問するのか?」 一般的にも人の感情的にも、殺しといったものは悪い事で得られるものは依頼人の利益だけ。 殺人に快楽を覚える奴もいるが、男はそんなものを感じるどころか、どんどん心が凍っていくものだった。 「…質問。必要なかったね。」 「だろ。俺は悪い人だ。お前もいいかげん家に帰れ。俺なんかにかまわずな。」 普通の子供なら自分みたいな人間がいただけでも腰を抜かしたり、間抜けにも悲鳴をあげて逃げるだろう。 この子供は例外だったけれども、懐く思いは同じだろう。 「…お兄さんはいい人だ。だって、あゆちゃんを助けようとしてくれたもの。」 「あれはたまたまだ。これ以降はきっとない。」 「でも、お兄さんはいい人だよ。もう動けるのに、持っているそれで僕を、目撃者を殺せるのに殺さないもの。」 指摘された事に返す言葉はない。 確かに、今はこの子供のおかげなのか動く事は可能である。 そして、しっかりと人の命を奪えるものも持っている。 闇の住人にとって、目撃者は身の破滅を呼ぶ。 出来れば消したいと思うのが真理である。だけど、男はそれをしなかったのである。 「だから、いい人。それに、みんなの事が見える人だもん。」 にっこりと微笑む子供が輝いて見えた。 背中に、見えないが光の翼があるようにみえた。 この子供こそ、情報で知った現代を生きる巫女の一族なのだと悟る。 蒼い瞳に自分が写っていると思うと、動けなくなる。 子供の瞳には深い何かがあり、そして力を持っていた。 「…おもしろい奴だな。」 「お兄さんも充分おもしろい人だよね。」 久しぶりに笑った気がした。 そして、はじめて大切にしたいと思った。 この笑顔を、この子供を守りたいと、思った。
完全に動けるようになった頃。 この森に身を隠す必要がなくなったために、仕事へ戻る事にした。 だから、しばらくあの子供とお別れとなる。 でもしょうがない事だ。 生きる為にはお金がどうしても必要であり、自分はずっと留まることが出来ない性分なのである。 「あ、お兄さん。」 「…また来たのか。」 「だって、お兄さんもう行くんでしょ?」 「…何故知っているかは愚問だな。」 えへへと笑っている子供。 知り合ってからいろいろあって、彼の名前は工藤家の当主の一人息子で、次期当主の新一だと話してくれた。 そして、思っていた通り、彼が巫女の一族の子孫だという事も知った。 「もし、何かあれば呼べ。俺はお前の声に応えてやるから。」 「うん。ありがとう。」 助けられた借りは返すという意味で使った言葉。 その裏では、守りたいと言う思いからの言葉。 「…お前に俺の名前を教えてやる。」 「お兄さんは紅でしょ?行く先々で、仕事の先で、紅い血が見られるから。」 「…よく知ってるな。ま、そんな俺をいい人だという奴も変わってるがな。」 「いいじゃない。いい人だし。人を見る目はしっかりしてるもん。」 「そうか。」 よしよしと頭をなでてやる。 「俺の名前は時矢だ。捨て子だからな。姓はない。」 「時矢…?」 「今では俺以外しかしらない名前。光栄に思え。」 「うん。」 名前を与えてくれた育て親は死んだ。 闇に生きる権力者の策略によって殺された。 そして、俺は敵討ちをし、闇の世界へと足を踏み入れた。 だから、誰も知らない。 あの時の俺が今の俺だとは誰も。 自分もまた、新一と同じ運命の中で動く駒の一つ。 前世の人間の醜く暗い、そしてほしくなかった力を得て転生した自分。 新一はきっと気付かない。 だけど、いつか気付く。 いつか出会う黒羽家の二人が巫女とであった二人であって、片方は一部落としてきた事を。 「じゃーな。」 「ばいばい。お兄…時矢兄さん。」 笑顔で見送られたのが、悪くないと思えた。 『…連れて行って。貴方の傍に置いて。』 新一の姿が見えなくなってしばらくした頃、たまに見かけた風の力を持つ精霊が近づいてきた。 彼女が言うには、一緒に連れて行ってほしいのだと言う。 新一の事や時矢に必要な情報を集める補佐をするから、一緒につれていってほしいと言う。 きっと、時矢の事を気に入ったのだろうが、それ以上に新一の事を思っているのだろうと思う。 新一が助けた自分を、迷わないようにするために。 「…いいかもな。お前なら。」 『なら。』 「ああ、連れて行ってやるよ。そのかわり、働けよ?」 『ありがとう。』 とんだことで出来た仲間。 いつしか仕事の相棒となっていた。
そしてしばらくしてからの事。 知った事件の事。 両親が奇妙な痕跡を残して行方不明となった可笑しな事件。 いなくなってしまった新一。 時がくれば自分は手を貸す。 今はまだその時ではない。自分でもわかること、精霊はしっかりとわかっている。 それまでは自分の仕事をこなすだけだ。 時矢や精霊を連れて、今日の獲物に狙いを定めた。 |