「生まれたか・・・。全てを変える力を持つ者達が」
そのつぶやきは、夜の闇に吸い込まれていった
「片方しか、翼がない・・・。」 この村で、有翼人であるなら本来持つのは一対の翼 しかし、生まれた赤子には片方しかない 小さな弱々しい、萎れた翼が片方だけ
同時刻、もう一つの家族にも同じ片方の翼しかない赤子が生まれた
「大きく、時の流れが変わる・・・。」
この夜空に舞散る幾千もの星の加護の元の導きか それとも、偉大なるこの大地や天空を創り出した髪の導きか
神が導く風に乗って
生まれたときからほとんど一緒。 記憶がある間も、ずっと隣には同じように片方の翼を持つ子と一緒。 有翼人達の住む村では珍しく、片方しか翼を持たない子供。一人は快斗。もう一人は新一。 いろいろと回りは煩いけれど、両親は溢れて零れてしまうほどの愛情を注ぎ、そして二人も友達として仲良く過ごすので、あまり気にせず過ごしている。 今日も、仲の良い両親は、仲がよくて困るほどの子供達を会わせるために相手の家へと来た。今回は快斗の家だった。 「あら。新ちゃんは寝ちゃったのね。」 「おばさん?」 小さな少年は現れた、今自分の膝の上に頭を乗せて丸くなって眠っている新一の母親を見た。 「帰っちゃうの?」 帰ってしまえば、たとえ近所だとしても新一と離れ離れになってしまう。 だから、ぎゅうっと新一の身体を抱きしめて、警戒する。 それを見て、困ったわねと苦笑しながらも、平和な日常を過ごして感情を見せてくれる子供達がいてくれてうれしい有希子だった。 「そうね。たまにはお泊りもいいかもしれないわ。」 それを聞いて、すぐに快斗がぱぁっと笑顔になる。まるで、蕾から花開いたかのように、満面の笑みで本当と聞きながら喜んでいた。 「寝ている新ちゃん起こして連れて帰るのは大変だから。新ちゃんの事、お願いできる?」 「うん。大丈夫。」 この時、二人は周りの噂や嫌がらせを知らなかったから、平和に過ごせたのかもしれない。 両親も真っ直ぐ育って欲しいと願い、何も告げず、隠して育てた。 だから、この幸せな時間が突如壊れたときは、頭の中が真っ白になって、目の前にいた奴等を、敵味方関係なく殺してしまいそうになった。 そう。あれは、14歳の誕生日。 同じ日に生まれたことから、二人は一緒にお祝いされる。 違っていても互いを祝うので、結局は同じ事なのだけど。 楽しい一日を過ごしたと覚えている。 それが、両親との最後の記憶だ。 次の日、眼が覚めれば両親はいなかった。家中を探してもいなかった。 そして、午後になって騒がしくなった村の中央にやってきてみれば、二度と動く事の無い両親がそこに横たわっていた。 駆け寄った時、周りからいろいろな声を聞いた。それが許せなくて快斗は怒りに任せて、持っている力をぶつけようとした。 気付いた魔女や長が止めようとしたが、そんな物が見えるほど余裕はない。 それを止めたのは、快斗が大切にしている新一の存在だった。 前から抱きついて、駄目と言った。 そんな事をしたら、盗一さんや薫さんが困るし、新一自信も困ると言った。 だから、怒りはその時静められ、これ以上聞きたくもないし顔も見たくないので、新一の体に腕を伸ばし、新一と二人合わせて一対となる翼で空に舞い上がった。 声をかけなくても、新一は快斗のしたい事がわかるし、快斗も新一が思う事はわかる。だから、出来る芸当。 ただその場では、飛んでいく彼等を見ている事しか出来ない。 彼等は知らなかったのだ。二人そろえば、空を飛ぶ事だって可能だということに。 そして、目の前にあった彼等の両親の遺体はしっかりと消えていた。 「長様。」 「大丈夫じゃ。埋葬は彼等がするじゃろう。我等が手を出すよりよいじゃろう。」 そう言って、全員にも元の生活の場へと戻るように言う。 止まっていた時は流れ始めたのか、興味はもう何もないのか。村人達はそれぞれの仕事を続けたり、家事をしたりし始めた。 その間、森の奥深くで、妖精達にも見送られながら、彼等が執り行う葬儀は進められていた。 風の妖精が風を運び、それに乗せるように、送るための花を花の妖精達が。 互いの涙を拭って、墓の前で手を合わせた。 二人を励ますように、木の妖精達が木々を揺らす。
月日は流れた。 両親亡き後も、二人で協力し、もとから家事やその他のいろいろな事は徹底的に教え込まれていたので、不自由はなかった。 今まで知らなかった、村での自分達の存在についての噂や差別。 だけど、互いがいれば、彼等にはちっとも苦ではなかった。 そんな彼等は、両親の死の真相を知った。 だけど、新一が望む限り快斗は何もするつもりはなかった。それに、今まで通り平和に過ごすのが一番だから。 そんな彼等の望を壊すのが、気に入らないと考える連中だった。 毎日の嫌がらせも気にせず、取り囲まれても彼等はそこいらの者達よりは強かったので、ある意味平和な日々を過ごせていた。 「風が、少しずつ汚れてる。」 悲しそうに、弱っていく妖精達を見る新一。 「争い・・・のせいだな。」 「だろうね。妖精は綺麗な、ありのままの自然を好み、なければ死んじゃうからね。」 争いは人の醜い汚れた心の思いが溢れ返っていて、その気に触れて妖精達は力を失っていく。 「相変わらず愚かだね。有翼人であっても。結局は同じ事をしているんだから。」 「・・・どうにかならないかな。」 「当分は無理だと思うよ。」 「そっか・・・。」 自分達みたいな小さな存在だけで、こんなに大きな争いは止めようにも出来ない。 かつて、両親たちも争いを止める為に力を使い果たし、結局止める事は出来ずに命を落とした。 それと同じ事を繰り返してはいけない。 必ず生き残れる方法で、より多くの命が守られる方法があるはずだから、それを探さないといけない。 「人が憎む気持ちはわかるけど、それを行動したらいけないって、わかっていてどうして行動してしまうんだろうな。」 それは、快斗にとってはとても痛く、心に響く言葉だった。
それから数日が経ったある日の事。 「快斗?」 久々に家に帰ってきて、玄関で待っているはずの快斗の姿が見えなくて、ひょこひょこと庭や周辺を歩く新一。 「何処いったんだろ?」 快斗の家の中には気配はないし、ただ読みたい本を取りに来ただけだから、いつものように玄関で待っていると思っていたのに。 その時、ふと風が新一に声と何かを運んだ。 それに慌てだす新一。 しっかりと、快斗の状況の映像を見て、その場所の声を聞き取ったからだ。 そして、風と共に流れて匂う血の香り。 新一は風が案内してくれるままに走った。その先に快斗がいると、本能でわかって、走った。 快斗がいなくなってしまったら、今度こそ本当に一人ぼっちになる。 それが嫌だから、新一は必死に走った。 快斗の無事を祈りながら。
着いた場所にいたのは、酷い怪我をした快斗。 悔しそうに、そしてまだ敵意を失わずに相手を見る目。 まだ生きているという安堵感と共に、どうにかしないとと、慌てて策を考える。 その時に、新一は気付いた。快斗が彼等に手を出さない理由が。 「あいつ等・・・っ!」 新一は快斗と同じように怒りを覚えた。 それと同時に、気付くのが遅くなってごめんと、快斗に心の中で謝る。 そして、新一は言葉を綴る。 その声を風に運ばせる。 風に乗って、新一の声は村中に、森中に、そしてさらに遠くまで運ばれた。 「な、なんだ?!」 突然変わる気配に気付き、慌てる者達。はっと、すぐ近くまで来ていた新一の存在に気付く。 「し・・・いち・・・。」 快斗も気付き、逃げるように言う。 だけど、ただ新一は微笑んで、一言言うだけ。 「お願い。大切な仲間とたった一人残った俺の家族を助けて。」 それに答えるように、風が、木々が、そして、少し遠くにある泉の水が。 全てがそこにいた者達に襲いかかった。 「言葉による束縛は無効・・・だよ。」 おいでと、手を差し出す。 「気付いて・・・。」 「快斗も無事で良かったよ。」 腕の中で安心しきった顔で眠る、まだ幼い妖精を抱いて近づく新一を見上げる快斗。 「契約は無効にしたから、きっと大丈夫。」 そして、木や草や花や風や水。自然にある者達が、少しずつ快斗の怪我を癒していく。 「また、無茶したんだ。」 あの者達がどうなったかなんて知らない。この妖精の事で、かなり怒っていたから、きっと容赦なくやられているだろう。 自業自得なので、いい薬になるだろう。 「快斗。もう、嫌だよ。独りにしないでよ。」 妖精を心配していた妖精が新一の腕から引き取り、空いた腕でぎゅうっと快斗に抱きついた。 「ごめん。妖精が気になって出来なかったから。」 「俺を呼んでくれたらいいだろ。」 「新一が傷つくのがいやだからね。」 いえなかったんだと言う。 顔を胸に押し付けて、涙を隠しながら泣く新一の頭をなでてやる。 「一人だけ、残していなくなったりしないよ。離れるのは嫌だからさ。」 ねっと、新一の頬に手を添えて、顔を上げさせる。 「もう、泣かないで。本当に大丈夫だから。・・・それに、疲れたでしょ?もう、休もう。」 あれだけ力を使ったのだから、いくら妖精の補佐があっても疲れているだろ。 それでなくても、新一は体力がない方だから、快斗にとっては心配なのだ。 快斗に抱き上げられて、ぎゅっと服を攫んだまま、その温もりに安心して、自然と瞼は閉じられた。 「おやすみ・・・。」 額にキスをし、快斗は手伝ってと、風の妖精に頼み、いつも寝泊りをする木の上へと運んでもらった。
新一が目を覚ました時、すでに日は高く上っていた。 「おはよう。」 「はよ・・・か・・・と・・・・・・。」 まだ眠たいらしいが、しっかりと快斗が側にいる事を確認する為か、手を顔へと伸ばす。 「大丈夫。側にいるからね。」 快斗の頬に触れる手をつかみ、ちゅっとキスを落とす。 「夢で、快斗がおいて・・・。」 「夢だから大丈夫。」 「この先も、何度も見そうだよ。」 「ごめんね、心配かけて。」 この先また見る時は、全部快斗のせいだといって、頬を膨らませてぷいっと反対側を向く。 そんな仕草を可愛いなと思いながら、ご飯を食べようと快斗は誘うのだった。
それから、月日が流れた。 「先日、せっかく妖精達の為に、全員から戦意奪ってやったのに。相変わらず馬鹿は多いみたいだな。」 やだやだと、再び争いの為にやってくる兵士を見て言う快斗。 「人から憎しみが完全になくなることはないから。」 「そうだけどさ。新一がいるなら、減るけどね、俺は。」 ちらりと快斗を見て睨む新一。 「大丈夫だって。それに、二度と新一の側を放れないって決めてるし、新ちゃんにもいわれたし。」 「・・・。」 「夢に見るたびに言うよ。側にいるってね。」 先日も見た同じ夢。 まだまだ繰り返される争い。終わりが見えない、ただ憎しみと悲しみが増えていく、争い。 「早く気付かないといけないだろうに。」 「新一のように、周りが見えないんだって。俺だって、新一がいないと見えないし。」 「快斗・・・。」 「で、どうするの?また止める?」 「・・・止める。」 相変わらず優しい新一は、誰であろうと救おうと考える。 こんなところで死を迎えるなんて、悲しいだけなんだからと言って。 「はいはい。お付き合いしますよ。」 空に舞い上がる二つの陰。
神がこの地に与えたもの 導く優しい風 その風の声に気づく者達が 神の代わりに風に乗って舞い上がる
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