何かを感じ、上を見た
「・・・あれって・・・。」
現在は夜の11時。ほとんど人の気配はないその場所で感じた気配 そして、空から落ちてくる四角いもの 布が少しはだけて、一部が見える それは、間違いなく絵画というもので、新一はそれを受け止めて確認する 先ほど、警視庁で盗まれたと言われた絵画と同じものだった
闇に紛れる迷い猫
ヒュンッ―――
絵が堕ちたきた空から、聞こえてきた通常ではあまり馴染まないその音。 だが、生憎非日常な生活を送っている新一にとっては、聞きなれた音。 「何処だっ?!」 もしかしたら、残党がいたのかもしれないと、自分の身を物陰に隠して様子を伺うと、一人の人間がスタッと降り立ち、道を走っていく。 それを追うように、今新一が隠れているビルの階段を駆け下りてくる複数の足音が聞こえた。 どうやら、あの先に逃げていった何者かを、この明らかに妖しい人達が追っているのだとわかった。 「・・・なら、これは最初の奴が落としたものかな?」 だが、落として拾いに来ないということは、それだけあの方達は物騒な相手なのだろう。 これを狙って追われているのなら、持っていると思わせてあとで回収した方がいい。 「さて、どうしたものか。」 しっかりと、癖ともいうか、尾行出来るように物騒な方々の一人にあるものをくっつけておいた。 そして、まさか役に立つとはなと思いながら、ポケットからかつて使用していた便利な眼鏡を取り出した。 「・・・ここより北北東に向かっているようだな・・・。お約束の港の使用されていない倉庫か。」 どうしてこう、下っ端のような犯罪者の方々はお約束の展開をしてくれるのだろうか。 「気になるのは、最初の奴だけどな。」 いかにも、後を追っているのはそれ程プロではなさそうだ。 まずはじめに逃げていった方はたぶん自分に気付いているが、彼等は気付いていない。それで、どちらの方が上かよくわかる。 「ま、放っておくにしても、これについては聞いておくべきだろうからな。」 害があるないにしても、盗む理由くらい聞いてやるつもりだ。 だって、この絵は偽物だから。それに気付くのは、本当にいい目を持つ者ぐらい。 もしかしたら、あの気障なこそ泥同様に、何か理由があるのかもしれないから。 少し、興味を引かれ、新一はその人気のない倉庫へと向かうのだった。
ついてみれば、人気が無い事を良い事に、多少無茶しても大丈夫だという判断をしたのだろう。 物騒な奴等はいくら音を抑えていても、崩れる物がある。それを気にせずに、相手へと銃を撃つ。 それを、軽やかに避けるその様は、まるでダンスを踊る猫のよう。 それで、なるほどと納得した。 夜、つまりは闇が濃くなる時間に、舞い降りた一匹の猫。だから、闇猫と呼ばれるのだと。 そう、あの人物こそ、絵画泥棒として名を知られる闇猫だ。 納得できたら、やはり今まで同様に偽物の絵を盗んでいるのだと考えた。 以前、父に連れられていった美術館の絵が一つ、偽物が混じっているのに気付いた。 だが、それが本物だと言われている中、別に言うような事なんてしなかった。 だけど、その後新聞で『闇猫』がその『偽物』を盗んだ事を知った。 だから、今回も以前と同様に偽物をわざわざ盗んだのだろう。 それなら、理由を話さなかったとしても、まずは助けようと考えた。 この状態は誰が見てもあの連中が悪いだろうし、生憎新一には闇猫から悪意のような物を感じなかったし、このまま殺人に発展するかもしれないものを見過ごすわけにはいかなかったのだ。 すぐさま、馴染みの刑事に連絡をしてすぐに来てくれるように頼んだ。 ここに、妖しい男達がいますと。 そして、新一は行動に出た。 新一だってかつて犯罪組織に立ち向かった事がある。 これぐらいの危険は乗り越えられる。 これ以上の危険を乗り越えて今を過ごしているのだから、乗り越えられなければ、この先はないのと同じ。 物陰から良く狙って、いつも護身用に持ち歩いている銃を取り出す。 これは実弾ではなく、お隣の博士と科学者が作り出した特製の弾が入っている。 麻酔針と同じ効果を持つものと、身体の動きを封じる痺れ薬のもの。 「さぁて、ゲームに混じろうか。」 にやりと見せる笑みは、探偵のものとはまた違い、犯罪組織を追っていた時や普段の生活の彼の笑みとはまた違う。 それは、何か面白いものを見つけた子供・・・怪盗キッドと呼ばれる泥棒と似ていた。 だが、本人が気付くわけもないが。 狙いを定めて撃つ。続けて、隣にいる男にも撃つ。 二人が倒れた事で、異変を感じで意識が闇猫からそれた。 その隙に、新一は闇猫の気配のする方向へと飛び出し、続けて奴等を撃つ。 「とにかく、来て下さい。逃げるにしても、これが必要でしょう?」 ちらりと絵画を見せて、腕を攫んだ。 ここから、離れるためだ。 奴等は追うために足止めとして撃ってくるが、それを二人が受ける事はなく、交わす。 最後だと言わんばかりに、残っていた奴等にも全員その特殊な弾をお見舞いしてやる。 「さぁ、警察とドライブだぜ?」 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。まさに、グッドタイミングだった。 その間、携帯で電話して、急ぎの用事が入ったので、今日は帰る旨を伝え、中に奴等がいる事をいい、電話を切った。 その間もずっと、闇猫の腕をつかんで走った。 向かった先は工藤邸。 相手が怪我をしている事はわかっていたので、手当てをするためだ。 お隣の彼女はとても心配性で、いつも救急箱には一般家庭にはないようなものでさえそろえてある。 とくに、毒薬や銃器関係の処置するためのものなど。 家の中に入って、いつの間にか、顔を覆っていたものが取り外されている事に気付き、そして、闇猫が女性である事に気付くのだった。
まず、手当てをして温かい珈琲を入れて渡した。 どうやら、すぐに絵画を持って出て行くことはないようだ。 そうなっても別に良かったのだが、彼女は違っていた様子。 「・・・どうして、私に関わろうとしたのかしら。どうせ、男に見せてもわかっているんでしょう?ねぇ、探偵さん?」 「関わるといいましても、ただ目の前の殺人だけは止めようと思っただけですから。女性に対して少々乱暴だった事に関しては誤りますよ。」 二人とも目を合わせずに珈琲を飲みながら会話を続ける。 新一は彼女が目を合わせられるのを嫌がっているとわかったので、なるべくあわせないようにしているのだ。 きっと、微妙に目の色が両方とでは違う事を気にしているので、それが理由なのではないかと思った。 「何も、聞かないのかしら?それとも、警察に連れて行くつもり?」 「聞かれたくないようなので聞きませんし、警察には連れて行っても証拠がないのでどうしようもありません。」 「その絵が証拠になるんじゃないの?それに、私がそうだと言えば・・・。」 「それでも、泥棒は現行犯逮捕が原則だとよく言うでしょう?絵画が証拠だとしても、これには工藤新一という人物の手が触れていますし、あまり指紋はつけないほうがいいと、先ほど拭きましたから、きっと残っていませんよ?」 「そう・・・。」 いったい何を考えているのか。それはお互いわかっていない。 新一は彼女が何を考え、何の為に偽物を盗むのかなんて知らない。 彼女は彼女で、新一は探偵と言う立場でありながら自分を助け、そこまではわかってもどうして其の後こうしてのんびりと一緒に珈琲を飲んでいるのだろうと、自分自身でも不思議な気持ちだった。 「じゃぁ、貴方はどうして私をここに置いておいて、それも私が盗んだとわかりきっている絵を机の上に放り出して。何がしたいの?」 「さぁ。貴方がこのままその絵を持って帰っても構わないし、貴方が話をしていても構わないし。ただ、ここで疲れた身体を休める為に座って、珈琲を飲んで一息ついているだけですけど?」 つまり、好きなようにしているから、好きなようにすればいいというのだ。 「なら、少し話し相手になってもらおうかしら。」 「いいですよ。今は暇がありますから。」 「そう。・・・そうね、私は誰かに聞いてほしいのかもしれない。」 そう言って、話しはじめた。 まずは、彼女は闇猫という名ではなく、本名を・・・土田雅魅だと名乗って。 その名前は聞いた事があった。六年ほど前の事件で、事故死したと思われる人の名前。 遺体がなかったので、時の流れで死亡したものだと処理されたのだ。 そこでわかったのが、彼女は死んだとされながら生きていた。 それは、その事件に関わっていた事が関係しているのだろう。 ある美術館の館長が裏で、偽物の絵だと知りながら、本物と代わりがないほどそっくりなその絵を裏で売っていたという事が摘発された事件。 その事件の際に、車が交通事故を起こしている。 その車はブレーキオイルがなく、ガードレールを突き破って海に落ちた。 その後、乗っていた人物は三人。その中の一人、土田雅魅と言う名の、両親を失って一人身となった彼女。 彼女が、その偽物の絵を描かされていたとされ、口封じされたのだと警察関係者は言う。 その事件を思い出したのだ。 そして、彼女から聞かされる事実。 両親はただの事故で死んだのではなく、故意に自分の絵を書く力が欲しいが為に殺し、利用されていた事。 あの事故で自分の世話をしてくれていた人も殺す事を知り、助けようとしたが結局助けられず一人助かった事。 助かったのは、最初から知っていたから、海に落ちても大丈夫なように備えていた。 だけど、その人は死を選んだ。 その人もまた、彼等に脅されていたが両親を殺す手助けをしてしまった事を知った。 だけど、その人の事を恨むことは出来なかった。 優しくしてくれて、両親のように自分に接してくれた人。 その人の娘を人質に取られていた事。結局両親が殺された後、約束はすでに破られ、二度と会うことは出来なかった事。 私に最後に渡してくれた日記帳に全て描かれていた。 その後、意を決して自分の書いた絵を全て取り戻そうと思った。 あの絵を残したままにしておくつもりはない。偽者は結局偽物。 それも、何も思いも込められていないものは、ただそこに描かれただけのもの。 そんなものを見ても、何も心は動かない。せっかく見てくれる人に、そんなものは見せたくはない。 だから、全部を回収すると決めた。 中には両親が描いた、偽者とは違うものもあるが。 それは絵を描くのが純粋に好きな自分への、結局送られる事のなかった贈り物。 だからその贈り物を、全て取り戻したいと思った。 話を聞いていて、やはり彼女はキッド同様に何かを抱えているんだとよくわかった。 キッドと同じように、盗むたびに増える罪悪感。それに耐えながら、心を傷つけて闇夜を駆け巡る。 「・・・そっか。」 「だから、私はまだ捕まるわけにはいかないのよ。探偵さん。」 今夜の事はお礼を言っておくわと言う。 そんなところもキッドとそっくりだなと思う。 つい先日、落ちてきた怪盗を拾ったところで、彼女同様に身の上話をして帰っていった。 話を聞くことで、少しでも彼等の気が、彼等の心に圧し掛かる重りが減るのならいくらでも聞いてやるつもりだ。 だって、彼等は自分のそれが終われば自首するつもりでいるから。 今捕まえても、彼等は絶対に脱獄するだろう。目的を果たすために。 「じゃぁね。」 すでに窓のところにいる闇猫の顔になった彼女を見る。 「・・・ねぇ。」 もう行くのかと思ったら、振り向いてそこに留まっている彼女。 「また、ここに来てもいいかしら?」 「別に。いいんじゃねーの?たまに変なのも来る事だし。」 「良かった。貴方がいれた珈琲。おいしかったから、またご馳走して頂戴。」 勝手にいって、勝手に闇夜に戻っていった。 「あいつと本当に、同じだよな・・・。」 勝手に言って去っていくところもまた同じ。 「鉢合わせたら面白いかもなぁ。」 そんな事をいいながら、新一はもういっぱい珈琲を飲もうと、キッチンへと行くのだった。
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