黒と白の服を着たものが大勢集まる。 今日、ここで五大財閥の一人、江藤和也の葬儀が行われていた。 五大財閥の中でも一番の権力を持つとされていた江藤家当主の突然の事故死。 多くの使用人や残りの四代財閥当主や他の財閥当主が参列した。 誰からも好かれる反面、それによって憎まれる当主。 今回の事故も、間違いなく何処かの財閥の手が回っていると言われている。 だが、真相は闇の中。 多くの者に悲しまれながら、彼の遺体は運ばれていった。 江藤家に代々仕えてきた執事の工藤家の子息と養子の娘は、運ばれていく車を最後まで見ていた。 最後まで涙を見せることなく、ただ、見ていた。 江藤家と工藤家は代々仲がよく、工藤家といえば、執事として有名な家で、仕事は完璧で、他の財閥の当主達がほしがったが、断り続けたという。 そんな工藤家の先代だった男が今回のように二年前に事故死。 工藤家はもう、子息だった彼一人となった。 そこを狙い、子息を手に入れようと動くものたちが多くいた・・・。 黒羽家の三人 先代から多くのことを学び、江藤家の当主からかなり自由にいろいろさせてもらってきた工藤家の最後、工藤新一は、容姿として先代が引き取った宮野志保と一緒にそこに立っていた。 今から屋敷に戻って普段通り、それ以上に、唯一この仕えてきた屋敷のわがまま息子が家を継ぐ事で忙しくなるだろう。 だが、今は何もする気にはなれない。自分や志保を本当の息子と娘のように側にいてくれた当主が亡くなった事に二人は見ため以上にショックを受けていたのだ。 母親の有希子が亡くなった時も、先代の優作が亡くなった時も泣く場所を与えてくれた人はいなくなってしまった。 人前で泣く事が出来ない新一にとっては、優作以上に近いと思える人だった。 「・・・どうすっかな・・・。」 「・・・そうね。あの我が侭には付き合う気はないわ。」 「無理をいって、仕事仲間が大量に辞めさせられそうだな。」 「そうね・・・。私達はどうするつもり?付き合わずに出て行くかしら?」 「そうだな・・・。」 そんなことを考えながら、屋敷へと向かう二人。戻りたくなくても、まだあの屋敷が自分達の家なのだ。 いくら好ましくない息子が当主となったとしても、しょうがない。 「・・・私の一番の心配は貴方よ。」 「俺は志保の方だけどな。」 「あら?気付いていないの?おめでたいわね。」 「何がだよ。」 志保は何か知っているようだが、あいにく新一にはわからなかった。 「執事としては完璧でも、そういったところはかけているみたいね。」 その方が有り難い時もあるけどねといいながら、志保は見えてきた屋敷を見上げた。 「あのおばか、間違いなく貴方に気があるわよ。」 「はぁ?俺の記憶が正しければ、あいつ・・・次期当主様は男だったと思いますが?」 屋敷が近づいたことから言葉を仕事用にする新一。 「だから、貴方には理解できないといっているのよ。一度、自分の魅力について考えた方が身のためよ。」 「そんなこと言うけれど、志保の方が危ないと思いますが?」 「あのおばかにはそう言ったものは通じないのよ。」 志保は屋敷の玄関の扉を開けて中に入る。新一は続いてきっちりと扉を閉めた。 「何にしても、何処かが動く可能性もあるけどね・・・。」 新一と志保は真っ直ぐ当主の部屋へ向かった。そこにはきっと、我が侭息子がいるはずだろうからだ。 二度軽くノックをして、二人は中へと入った。 「失礼します。」 二人が入ったとき、すでに来客がいたようだ。 「あ、お前等、今すぐそいつをたたき出せ!」 かなり新しく当主となる息子はご立腹のようだ。 「ですから、私はお願いではなく、取引に来ているのですよ。それに、これは先代が残されたもの。承認してもらいますよ。」 新一と志保は目の前にいる男を見て、どうしているのかわからなかった。 この男は五大財閥の一人で黒羽家の当主だった。 「『私が亡くなった時、工藤新一及び、宮野志保の身柄を渡す。』とね。」 「それは親父が勝手にしたことだ。あいつは俺のだから渡さない!」 「本当にわからない人ですね?それに、余分な金を減らす為に使用人達を減らすなど、愚かなものがすることですよ。」 二人の話を聞いていて、だいたいの事情を理解した新一はすっと一歩前に出て軽く会釈した。 そして、前で椅子に腰掛けている男を見て、言い放った。 「彼が言うとおりでしたら、私は先代当主様の命令にそわなければなりません。それに、私は彼女の事もありますので、出て行くことを考えておりました。」 「な、何?!」 新一の言葉に男は慌てた。彼は新一を手放すつもりはなかったのだ。それどころか、ずっと前から手に入れようと企んでいたぐらいだ。 「先代当主様には多くのことをして下さいました。全ての恩をお返しする間もなくいかれた為、これがもし、最後の先代当主様の願いであるのなら、それに従いたいと思います。ですので、今日限り、ここを出させていただきます。」 そういって、再び頭を下げた。そして、一歩下がり、志保に眼で用意の指示を出すと、黙って彼女は部屋を出た。 「黒羽桔斗様。本日よりそちらの使用人として働く許可をいただけませんでしょうか?」 「ええ、今日から引き取るつもりでしたので、構いませんよ。私としては、もっと前からこちらに引き取りたかったぐらいですしね。」 「ありがとうございます。それでは、用意をしてきますので、しばらくお待ち願います。」 「では、玄関でお待ちしていますよ。」 「申し訳ありません。」 そういって、新一は扉の前で再び一礼をし、部屋を出た。 「ということで、彼と彼女、そして貴方がはぶくといった人達はこちらで引き取らせていただきます。」 そういって、桔斗も部屋を出た。 二人が出て行ったあと、いきなり思い通りにいかない事に腹を立て、近くにあったものを蹴飛ばす姿があった。 使用人の多くは、江藤家もおしまいだなと思うものが多く、出来るだけ早く、新しい職を探さないといけないと、動き出したらしい。 五大財閥が支配する街。 江藤、黒羽、毛利、白馬、服部の五つが五大財閥。 それぞれの家には工藤、中森、目暮、白鳥、遠山が使用人として仕えている。 今回、江藤家の当主の死により、工藤家だった最後の一人は黒羽家に行く事になり、他の三大財閥達は没落する事を予想した。 それと同時に、どうやって黒羽から手に入れようかと企むものが出た。 「用意は終わったね?さぁ、乗ってくれ。」 桔斗は新一と志保の持っている小さめの旅行鞄を執事をしてくれている寺井に後ろに載せるように指示をした。 「あ、えっと、歩いて行きますから・・・。」 「駄目です。貴方はこちらのお客なのですから。」 「ですが。」 「好意は素直に受ける。そう、習いませんでしたか?」 はぁとため息をついて、新一は隣にいる志保を見た。 「今回限りでいいじゃない。それに、断ると乗るまでここで討論しないといけなかったら、時間の無駄でしょ?」 「それもそうだが・・・。」 「ほら、乗って。」 桔斗は志保が入った後もまだ戸惑っている新一を無理やり車の中に押し入れて、自分も乗って扉を閉めた。 「車を出して。うるさい者達が来る前に。」 桔斗は何にも言わずに隣に座っている新一を見て表情を隠しながらも、笑みを浮かべていた。 以前、大きな財閥の面々が集まるパーティで見かけた、一目ぼれの相手。 江藤先代当主と黒羽先代当主同士は確かに仲が良かった。工藤先代とも、仲が良かった。 そのこともあって、会う機会はそれなりにあったが、先代が亡くなってから、忙しさで会う事はほとんどなかった。 それに、新一は使用人としてのプライドが強いので、主人と馴れ合うという事が、必要以上ならば突き放す男だ。 優作に徹底的に教え込まれた彼。使用人としては大いに使える。そういったことと、その本人が無頓着な容姿と魅力で、ほしがる者は多かった。 「つきました。」 「さ、降りよう。そして、今後の話をしておきます。」 そういって、新一と志保は大人しく桔斗と寺井の後についていった。 屋敷の中から外を見ると、少し遠くの方で、たぶんこの男が引き取ろうと考えている江藤の使用人の数名だろう。 荷物を持って歩いてここへ向かっている。 それを見ると、どうして自分達だけこうやって来るまで連れてこられたのか。まったく何を考えているのかわからないので、油断することなく鋤を見せないように警戒心を強める新一だった。 ついた部屋はいたって江藤家と似ていた。ここが、当主である彼の部屋なのだろう。 「そこに適当に座って下さい。寺井、お茶を出して。」 「しばらくお待ちを。」 そういって、桔斗の指示にしたがって部屋を出た寺井。なんだか、待遇が使用人を迎えるにしてはおかしいと、新一は不審に思い始めた。 どこに、使用人にわざわざお茶を出したり席を勧めたりする当主がいるというのか。 しかも、いくら過去に何度か顔をあわせているとしても、待遇がおかしすぎると思っていた。 志保にいたっては、わかっていないのは本人だけよねと、新しく使える事になる男をちらりと見て、気に入らなければ渡さないでいようと決めていた。 彼女もまた、同じように新一の事が大切で、好きであったからだ。 「話をするが、知っての通り、ここの先代と江藤家と工藤家の先代は大変仲が良かった。まぁ、ここだけというわけでもなく、他の五大財閥と呼ばれるものの中にはこのように仲がよいものもいる。他にも、はみ出た五大財閥に次ぐとも言われている大きな財閥もあるぐらいだ。」 「それは知っています。こちらの先代とも、生前仲良くしていただきましたし。」 「それぞれの家に仕える家としても結構いろいろと有名だ。とくに、工藤家はね。」 「たいしたものではありませんよ。それに、私で最後ですしね。」 他は少し血が混じっても親族がいるが、工藤家はもう他にはいなかった。 「実はね、君には寺井同様に、私の執事としてここで働いてもらいたい。」 そういって、契約の書類を取り出した。 「そちらのお嬢さんの事は聴いている。たいそう激しい人見知りとか。そして、江藤家でもほとんど者が知らない事情もね・・・。」 「何がいいたい。」 「ただ、彼女にはこの家の主治医の補佐をしてもらいたいだですよ。」 「主治医?」 「結構年でね。危なっかしくて見ていられない。それに、その方が、下手にこちらの使用人に構われる事もないからちょうどいいと思うのですけどね。」 その代わり、足りない分は新一が働くという形になるとつけたした。この男の真意はわけがわからないと、一層一線を張って近づけないようにと構えてしまう。 そんなところへ、部屋のノックがして、扉が開いた。 先ほど寺井はお茶を用意して出て行ったきりなのだが、呼ぶまで来るなといわれているので、それを守ると考えられるので、ここへ誰が訪問してきたのかと見ると、見る前に何かが飛びついてきた。 「わぁ、本物だー。」 結構体格のいい、でかい何かが張り付いている。 「こら、快斗。離れなさい。」 「ヤダ。」 慌てて席からたって快斗を引き離そうとする桔斗だが、一向に離れようとしない。これにはさすがに、新一は困った。 「ズルイ。自分だけ会ってさ。」 「ですから、彼を連れてくる為に出かけていただけでしょう?」 なんだかよくわからないままに、部屋に案内される事になった新一。志保はわかっていても、黙っていた。気付かないのは当の本人ぐらいだけよと、ため息をつく始末。 後で聞いたのだが、これは今現在高等学科二年で桔斗の弟らしい。 部屋についた後も、離れない快斗と出て行こうとしない桔斗。 この二人はいったい何がしたいというのだ。新一にはまったくわからなかった。 志保の方は、寺井が案内してくれているので問題はなさそうだが、いい加減仕事をするとなったので寺井に簡単にこの家の勝手を聞いておこうと思うのだが、この主人と弟を放って置くのもいけない気がしてにっちもさっちもいかない。 「いいかげん離れたらどうですか、快斗。」 「やだね。俺が帰ってくるまで散々一緒にいたんだろ。」 そういって、離れようとしない快斗。一応この館の正当な血筋でもあるし、自分が働く主の一人でもあるので、どうすればいいのか困る。 だいたい、17歳の快斗と20歳の桔斗が同レベルに思えるのは気のせいだろうか。 お互い動かずに睨み合ってだいたい二十分たった頃、ばんっと勢いよく扉が開かれた。そこに立っていたのは、睨み合っていた二人と似た顔を持つ男が立っていた。 なんと、黒羽家は双子のような長男次男と少し違う三男の三兄弟だった。 長男で責任感が強く、誰よりも父を尊敬し、家を継いだ桔斗。長男に似て優しいが少々派手好きな次男の快斗。二人に少し年が離れているが負けないぐらい頭もよく運動能力もあり、お祭り騒ぎが好きな三男の月斗。 これから、自分が仕える三人の主達は目の前でなにやら言い争いを始めていた。 「今日、俺は新一と一緒に寝る。」 「何考えているのですか!駄目に決まっているでしょう?!」 「第一に、なんで今日連れてくるってこと黙っていたんですか。」 「あの馬鹿が家を継ぐとなっては、彼をそのままにしておくわけいかないでしょう。はやめに対処しなければ大変なことになっています。」 何やら新一には理解できない内容で言い争っている。その間も時間はどんどんと過ぎていく。 さすがの新一もぷつりと何かが切れた。 「・・・うるせぇ。」 その小さな言葉に止まる三人。さすが、耳はいいようだ。 「うるせぇんだよ、さっきから。だいたい、お前らそれでもここの屋敷の主だろ!そんな言い争いをする前に仕事しやがれ!」 そこまでいって、少々呆然としながらまだ張り付いていた快斗を離して、暴言失礼しましたといって、荷物から着替えを取り出した。これから寺井のもとへいって、説明を受けようと考えたのだ。 「あ、新一。着替えるなら手伝います。」 「お前は戻れ。書類整理あるだろ。」 「俺も手伝うー。」 また言い争いに発展しそうな三人をにらみつけて、結構ですと答え、さっさと着替える。 まだ、新一は気付くことはなかった。彼等三人がどのような思いをもっているかなど。 しかも、目の前で新一の着替えているところを見ては、さすがに理性が危ういところだ。 そんなことなど知りもしない新一はさっさと仕事着に着替え、三人のことをほおっておいてさっさと部屋を後にした。 我に返った三人の前にはもちろん、新一の姿はない。 「では、だいたいの流れはこれでいいのですね。」 「はい。問題ありませんよ。それに、私も最近年をとっている事を痛感していましてね、いやはや、新一様が来て下さってありがたく思っておりますよ。」 「いえ、こちらこそ雇っていただいたにもかかわらず、こうも親切にして下さってありがとうございます。」 好意的な寺井とすんなり仲良くなる新一。 「あと、寺井は勉学の方はあまり得意ではありませんので、出来れば快斗坊ちゃまとお仕え下さる中森家のお嬢さんの勉学の方を頼みたいのですが・・・。」 「いいですよ。それぐらいはしますよ。執事の仕事として、勉学も守衛も全て出来るように父に教育されてきましたから。お役に立てることこそ光栄ですので、やらせていただきます。」 今ではその仕事をする事が楽しいと思える新一にとっては、これぐらいの仕事ならばいくらでもいってほしいといったところ。 しかし、ここは守衛専門の中森家のいる家だ。 そもそも、五大財閥に仕えるそれぞれの家は主に主として扱う場所が違う。工藤家はほぼ全てにおいて難なくこなすので異例なのだが、中森家は守衛での眼、目暮家は守衛での指揮、遠山家は守衛での戦略、白鳥家は守衛での策士と同じ守衛でも得意とするものは違う。 工藤家は当主の補佐から書類、警備から全てにおいて対応できるようにしているので、何処の家もがほしがり、一時は可笑しな展開へともって行ったこともあった。 まぁ、今現在は結構落ち着いたものだけれども。 少し江藤家の事が気にならないという事は無いが、あの男は気に入らない。 「あ、志保。」 説明を受けた後、一度部屋に戻ることにした。その途中で、志保と会った。 「どうだ?」 「ええ、大丈夫よ。あの家に残ることよりも。」 「そうか。」 ちらほらと、かつて同じ場所で働いていた仲間もいて、声をかけてくる。 これから、この屋敷での生活が始まるんだなと思う。 「・・・まぁ、頑張って頂戴。」 「ああ。」 志保が言った本当の意味を新一が理解するのはまだ先だろうけれど。 とりあえず、新一の新しい生活が始まったのだった。 |